『海の仙人』 絲山秋子 (新潮社) - 2004年09月30日(木)
絲山さんの作品は『イッツ・オンリー・トーク』に続き2作目であるが本作も芥川賞の候補作となった話題作である。 いきなり“ファンタジー”という名の正体不明の謎の人物(?)が登場して驚いたのであるが、少し展開的にどうかなと言う気がした。 唐突な感は否めないかな。 あいかわらず登場人物が個性的でユニークなんであるが、主人公の河野に引きつけられる魅力がなかったような気がする。 作者はきっと彼にまとわりつく孤独感・閉塞感を描きたかったのであろうが正直拍子抜けした。 彼に惚れる二人の女性(かりんと片桐)の気持ちが理解できないのである。 だから後半の展開はページをめくりつつも感情移入が追いついていない読書になってしまった。消化不良ですね。 もちろん河野の過去(姉とのトラウマ)によって恋人とセックス出来なくなったと言う点が一番彼の人生に影響を及ぼしたのはわかるのであるが、やはり魅力に乏しい為に感情移入しにくかったな。残念! 純文学って本当にむずかしい。 なぜなら、一歩間違うと切ない話も陳腐な話に変わってしまうからだ。 ひとつの結論を導き出した作品といえそうです。 まだまだ読み込み不足だな(苦笑) 評価6点 2004年87冊目 ... 『ため息の時間』 唯川恵 (新潮文庫) - 2004年09月29日(水)
唯川さんの作品だから女性が主人公だと当然の如く思われるだろうが、本作は男性が主人公の恋愛短編集である。 どの篇もほぼ“自業自得”的な男性が次々に登場。 唯川さんの“恋愛フルコース”が堪能出来る。 ひどい仕打ちを受ける男性主人公が滑稽と言えば滑稽だし、哀れとも捉えることが出来る。 やはり女性のしたたかさが随所に現れているのが唯川さんらしいかな。 個人的にはどの篇にも“別れ”が描かれているので、少ししんみりしてしまったような気もする。 出会いがあって、別れがある。だから、人生ってドラマティックだ。 どれか一篇を選べと言われたら最初の「口紅」かラストの「父が帰る日」を上げたい。 「口紅」は従来の唯川ワールドが炸裂しており女性の本性が剥き出しにされていて素晴らしい。 少し唯川節を引用しますね。 結婚するなら見合いだと最初から決めていた。遊ぶ女と結婚する女はまったく切り離して考えていた。結婚は生活だ。その中に甘っちょろい感傷など持ち込むつもりはさらさらなかった。 対照的に「父が帰る日」は父と息子の三十年ぶりに対面する姿を描く名作である。 唯一恋愛小説のジャンルに入らない毛色の違った作品であるが、感動度は高い。 唯川さんの場合、文章が読みやすくて万人受けするのだから、恋愛以外の作品を書かれても面白いのかもしれない。 いずれにしても男性を主人公に据え、視点を変えることによってより唯川さんの作風が広がったとは確実に言えそうですね。 話自体はドロドロして少しひとりよがりに陥ってるきらいはあるのですが、男性が主人公の為に悲壮感は漂っているが悲惨さはないのである。 読後感はさっぱりしているような気がするので“息抜きの読書”には最適だと言えそうですね。 ちなみに私はあんまり“ため息”は出ませんでした(笑) 評価7点 2004年86冊目 ... 『夜のピクニック』 恩田陸 (新潮社) - 2004年09月27日(月)
やっぱり恩田陸は凄かった。 近年、いろんなジャンルの作品を書いて、ますます成長振りを読者に披露してくれている恩田さんであるが、ズバリ本作のような青春小説が一番彼女によく似合う。 並の作家であればただ単にああ懐かしいなあと思うだけかもしれない。 しかしながら恩田陸が描くと1ランク上の世界に読者を引きずり込んでくれる。 読者も自分の実年齢を忘れて読み耽る必要があるのである(笑) 物語はいたって単純である。高校生活最後の一大イベント"歩行祭"・・・たった一晩だけの話である。高校生の男女の主人公2人を機軸として展開している。 主人公の名は融と貴子。 ところがこの2人がとっても読者のハートを射止めてくれるのであるから恐れ入ったものだ。 2人の関係は異母兄弟にあたる。それも同じ年である。 とっても繊細で多感な時期に直面している2人。 はたしてお互いの気持ちは分かり合えるのであろうか・・・ 人間って“年を取る事だけが平等かな”と思うときもある。 でも恩田さんの作品を読めば本当に読者が主人公(男性読者であれば融、女性読者であれば貴子)になりきれるから凄いものだ。 凄く貴重な体験をさせてもらった。 あの頃が懐かしいとかそういうレベルではなく、まさしくというか年甲斐もなく理想の少年像(少女像)を主人公の2人に見出している自分がいるのである。 融(貴子)の足が痛めば自分の足が痛んだかのごとく感じられるのである。 きっと主人公2人に年甲斐もなく教えられる点がかなり多かったと思うのは私だけであろうか。 歩行祭が終わる。 本作を読めば否応なしに“あの頃の彼(彼女)はどうしてるのだろう?”“元気でやってるのかな?”と遠い自分の過去を振り返ってしまう。 自分の学生時代の友達を忍や美和子に見出してる方もいらっしゃるだろう。 いずれにしても、真っ直ぐに物事を捉えて見据えることの重要さを教えてくれたな。 恩田さんに感謝したく思う。 人生も長〜い“ピクニック”のようだ。 少しでもリラックスして乗り切るお供に恩田作品って最適かもしれない。 彼女の作品はある時は湿布薬の役目もある時は缶コーヒーの役目も出来る事請け合いであろう・・・ 評価9点。オススメ 2004年85冊目 ... 『キッドナップ・ツアー』 角田光代 (新潮文庫) - 2004年09月23日(木)
重松清さんが文庫本解説を書かれてるので手にとってみた。 当の重松清さんが書いたらこんな話になるであろうと片隅において読み進めて行くと物語りは私の予想をはるかに違った結末を迎えた。 角田さんの本領発揮といえそうだ。 角田さんって少しさめた視点が特徴かな。 子どもならではの瑞々しい感性だけでなく、ありふれた現実ではなく心の奥底に潜んでいる本音をあぶり出しているところが魅力である。 しかしながら、大いなる感動を期待して読まれた方は少し肩透かしを喰らうかもしれない。 そういう意味においては常識を覆した斬新な作品であると言えそうだ。 夏休みに2ヶ月ぶりにあったお父さんに誘拐されあちこちに連れて行かれる小5のハルという女の子の視点から語られている。 お父さんの優柔不断さというかいい加減さに慣れていく過程がやはり読ませどころであろう。 ただ、少しというか敢えて曖昧模糊な設定というか展開と言えばそんな感じもする。 重松清さんが解説で書かれているのと同意見で、本作はジャンル的には児童文学のジャンルなんだろうが、大人にも読んでもらいたい作品である。 読者が大人であれば、それなりに読解力の必要とする作品であると思う。 作中で言葉では言えなかった大切な事、何をハルがお父さんに伝えることができたかを探り出す・・・ そう、勿論角田さんが読者に伝えたかったことでもある。 おとうさんの白い浴衣がかろうじて見えるほどの暗闇の中で、足を動かして泳ぎ、泳ぎつかれたら一本の棒みたいに海水に浮かび、私は自分が、おかあさんともおとうさんとも、だれともつながっていない子供のように思えた。 率直な気持ちとしていわゆる子供たち(児童と言われる年代の)が本作を読んでハルの気持ちを理解出来るなんて末恐ろしい時代なんだなあと認識した。 単なる“親子の絆”じゃなくって“人間としての自立”を促している(私はそう読み取ってます)点は素晴らしいのだが・・・ 少なくとも大人が読めば、“子供たちの大変さ”を体験出来るのであろう。 ちなみに本作は“産経児童出版文化賞フジテレビ賞”、と“路傍の石文学賞”を受賞されている。 以前『空中庭園』を読んで挫折した経験があるが今だったら読めそうな気もする。 否定的な面もあるが少なくとも角田さんの個性的な点は容認したつもりでいるから(笑) あと2〜3冊、小説を読んでみたい。 評価7点 2004年84冊目 ... 『十八の夏』 光原百合 (双葉文庫) - 2004年09月20日(月)
初めて読む作家の作品を手にした時っていつも緊張する。 期待はずれの時もあるが、逆に胸がすくような作品にめぐりあう時もあるからである。 本作なんかは後者の典型的な例といえよう。 本作は4編からなる花(朝顔、金木犀、ヘリオトープ、夾竹桃)をテーマとした短編集である。 連作というより内容的にはそれぞれが独立した短編集と言えよう。 表題作は日本推理作家協会短篇部門賞を受賞しているのをご存知の方も多いんじゃないかな。 最後の「イノセント・デイズ」以外はあんまりミステリー度は高くない。 4編ともそれぞれ異なったテイストの作品なんで作者の引き出しの多さを垣間見ることが出来、御買い得感が高いような気がするのは私だけであろうか・・・ しかしながら、どちらかと言えばほのぼの系でストーリー展開で読ませるのが持ち味な作家だと認識した方がよさそうである。 ラストの「イノセント・デイズ」なんかはちょっと踏み込みが強くて異色作と言えそうですね。 作風的には男性作家で言えば本多孝好さんに近いかなあと思っている。 どちらも文章が綺麗で心の機微を描くのが上手い。 そう言えばどちらも寡作なんですよね(笑) 光原さんも本多さん同様、文章に人柄が出ているって感じかな。 凄く読んでいて癒してくれるから・・・ 読者に対して気配りの出来る作家と言えそうですね。 どの作品も素晴らしいのであるが、個人的には2編目の「ささやかな奇跡」がお気に入りである。 亡くなった妻の実家近くに引越した父子が起こす題名通り、ささやかな奇跡のものがたりなのである。 とにかく息子の言動には泣けてくるのである。 やはり、女性作家ならではの繊細さが行き届いていると言わざるを得ない。 この作品に遭遇しただけでも“読んで良かった”と思えた。 私たちの日常においても、作中にあるようなちょっとした誤解から生じる思い違いってあるのでしょうね。 話の展開は読めるのであるがそれにしても胸がすく話でした。 重松清さんも脱帽物だな(笑) 全体的には花の色の如く色彩豊かな短編集だと形容したく思う。 きっとその色彩って魅力的な登場人物なのでしょうね。 3編目の「兄貴の純情」の“兄貴”はその際たるものであると言えよう。 ズバリ、文庫で買って蔵書にして何度も読み返したいと思う作品集だと声を大にして叫びたい。 光原さんがこの作品集を通して何を訴えたいかはあとがきを読めばわかります。 すごく共感したので引用させていただいてレビューを締め括りたく思う。 本書を手にとって下さった皆様にも心からの感謝を。楽しんでいただけたら、そしてできればほんの少しでも“人生も満更悪くない”と思っていただけたとしたら、これ以上の幸せはありません。 評価9点 オススメ 2004年83冊目 ... 『野球の国』 奥田英朗 (光文社) - 2004年09月18日(土) 野球の国 奥田 英朗 今から2年前、ちょうどサッカーワールドカップが開催された年に奥田さんがキャンプ地や地方球場を訪れた際に書いた野球の観戦記というか旅行記です。 訪れた場所は沖縄・四国・台湾・東北・広島・九州の6ヶ所。 どうなんだろう。やはり野球に詳しくない方には興味半減かな。 もちろん野球以外にも映画や食べ物あるいはファッションについても普段小説では描けない生の姿・彼の人となりを垣間見ることが出来るのですが・・・ ところどころ凄く共感出来るシーンが嬉しかったのも事実である。 少し映画に関して言及してる部分を引用しますね。 わたしは日本映画をほぼ見限っている。テレビの安い恋愛ドラマやCMでさんざん甘やかされた「タレント」が、たまに映画ごっこをしたところで何の説得力もないのだ。 折りしも、プロ野球ストの時期にこの感想を書いてるのは心中複雑なんですが(苦笑)、やっぱりファンあってのプロ野球であることは痛感しました。 全国にファンがいることを忘れてはならない。 そうそう、毎回の旅行で必ずマッサージを受けてるシーンが登場します。 “ひとり旅っていいなあ”とつくづく感じました。 マッサージ旅行しようかな(爆)そういう衝動に駆られた方も多いはず。 本作なんか、旅行中に読んだら感慨ひとしおであろうなと思いますね。 ある程度のプロ野球の知識があればとてもリラックスして読める一冊なのは間違いないかな。 本作の表紙を見れば、野球って青空の下でやるもんであると主張しているかのごとくである。 一番声を大にして言いたかった点であろうと解釈しているのは私だけであろうか・・・ 少し余談であるが、きっと中日ファンの奥田さんにとって今シーズンの中日の快進撃は直木賞受賞とともに二重の喜びなんでしょうね(笑) 評価7点 2004年82冊目 ... 『私が語りはじめた彼は』 三浦しをん (新潮社) - 2004年09月15日(水)
エッセイ集『人生劇場』の次は小説ということで最新刊に挑戦した。 しをんさんの人間の奥底まで見抜く洞察力は若手作家の中では群を抜いている。 冒頭の2ページがとってもセンセーショナルである。 読者はどう言った展開が待っているのだろうかとページを捲る手を休ませることが出来ないのである・・・ 内容的には女性関係の絶えない大学教授の村川という男にまつわる様々な人々を連作短篇で描く。 本作を読めば、しをんさんの最も際立った才能はその心理描写の的確さにつきるであろうことが自ずからわかる。 女性作家だが各篇とも視点は村川に人生の歯車を狂わされた男が描く・・・ 第2章(「残骸」)で妻が村川と関係してるのがばれたシーン。 『亭主に隠れて男とこそこそ逢い引きするのは陰険じゃないのか!』 私は単なる恋愛観だけじゃなく、親子の関係にポイントを置いて読まれたら得るものが大きいような気がする。 第3章(「予言」)では離婚して新しい家庭に入った村川を息子が訪れるシーン。 『帰る。お邪魔しました』 上記は村川が会話を交わすシーンであるが本作において彼の登場シーンはほとんどない。 だからこそより謎めいていて深遠な話となって行く・・・ 村川教授に対しては読者の性別・年齢・環境によって捉え方が違ってくるものだと思う。 果たして彼は幸せだったのか?あるいは不幸だったのか? 私的には少しでも村川教授に対して“浅薄さ”を感じた読者はしをんさんの確かな手腕に脱帽した証じゃないかと思う。 本当に恋愛って難しい。 他人には滑稽に見えることでも当人たちは必死であるからだ。 あと、登場人物すべてが滑稽に感じられる方って本当に幸せな日々を送ってるんだなあという少し達観した気持ちにもなったことは書き留めておきたいなと思う。 幅広い視点と綿密な構成。 やや純文学風な文体。 三浦しをんって非凡な作家である。 本作を読む限りしをんさんの作品って純文学とエンターテイメントの融合的なものかなと思ったりする。 その心地よさを知った読者は次々と彼女の作品を手にすることであろう。 評価8点 2004年81冊目 ... 『ファミリーレストラン』 前川麻子 集英社 - 2004年09月12日(日) ファミリーレストラン 前川 麻子 何かを感じ取りたい方には是非手にとって欲しい作品だと言えそうです。 私にとっても初読み作家だったので少し前川さんのご紹介をしたい。 1967年生まれの前川さんは幼少時から舞台に立ち、現在でも小劇場を中心に脚本家・女優として活動中。 2000年『靴屋の娘』で第6回小説新潮長篇新人賞受賞で作家デビューしている。 主な作品として『これを読んだら連絡をください』(光文社)、『すきもの』(講談社)、『劇情コモンセンス』(文藝春秋)、『ネイバーズ・ホーム・サービス』(集英社)がある・・・ 人生・家族・恋愛、誰もが生きて行く上で避けられぬ事。 本作での大きなテーマとなっている。 避けられないからこそむずかしいんですよね。 その問いにあるひとつの答えを前川さんは本作にて導いてくれた。 たとえ前川流であろうが読者には模範解答であるに違いない。 主人公の公子は冒頭では7才の小学校低学年である。 2番目の(前の)お父さん三枝を選ぶか3番目の(新しい)お父さん桃井を選ぶかを母親から強要されるところからスタートするのである。 本当に不幸な主人公である(笑) そこから血の繋がらないお兄さん(3番目のお父さんの甥)との同居と公子の恋愛模様を約25年間を描いているのだが、彼女には実はお父さんが3人いる。 ラストの母・和美の葬式に始めて産みの父と対面するが直前まで2番目の父であった三枝が産みの親であったと信じていたのである。 内容的には暗いイメージがあるかもしれないが悲壮感のある小説ではない。 どちらかといえば前向きにというか溌剌と生きている家族を活写している感じかな。 悩みながらも人生に妥協をしていないそれぞれの登場人物が共感を呼ぶ。 とりわけ、娘のボーイフレンドと一緒に酒を楽しく飲める母・和美の存在感って大きい。 男性が読めば若干わかりづらい面もあるのですが、女性が読めばかなり共感出来るはずです。 終盤の公子の一郎への想いの募り、是非読んで感じ取って欲しいな。 いっちゃんは、あたしの大事な家族でもあるけれど、あたしの人生における最愛の人だし、こんなに愛せる人と出逢えたってことは、あたしにとって、かなり幸せなことなんじゃないかと思う。 内容的には違うのだけど、読者に対する強い訴えかけという点において重松清さんの初期の代表作『幼な子われらに生まれ』の女性作家版だと位置付けたく思う。 私の無味乾燥なレビューはほどほどにして・・・ さあ、あなたもページをめくってください! 読後、今以上に強靭な精神力が宿ると確信しております。 評価9点。オススメ作品 2004年80冊目 (新作54冊目) ... 『雪沼とその周辺』 堀江敏幸 新潮社 - 2004年09月11日(土)
芥川賞作家・堀江敏幸さんの作品は初めて読んでみたが心地よく作品に入り込めた。 どちらかと言うと個性的と言うか風変わりな純文学作品がトレンド状態にある昨今、正統派作品で勝負し読者のハートを射止める筆力は見事である。 純文学の王道を突き進んで行って欲しい作家である。 物語の舞台は雪沼と言う名の町。 イメージ的には北陸・東北地方の山あいの小さな町という感じである。 街というより町という言葉が似つかわしい。 本作も雪の降る日に読めば感慨ひとしおであろうな。 内容的には全七編からなる雪沼の町に住み人々の物語。 主人公たちは中年から初老の方が大半である。 町のイメージどおりそれぞれの人生も平凡である。 本作は平凡ながらも精一杯生きてきた人々の分岐点となる過去や現在を綴った秀作である。 堀江氏が丹念に描く人々は誠実であり必然的に読者の共感を呼ぶ。 とりわけ最初に登場するボーリング場のオーナーの話「スタンス・ドット」が特に印象的であるが、どの編もエンターテイメント作品では味わえない寂寥感が漂っている。 堀江氏は本書を通して人生において“平凡に生きることの貴重さと難しさ”だけでなくその“喜び”を教えてくれている。 彼の存在感って、私たちが子供の頃、夏目漱石や太宰治を読んだ当時の懐かしい感覚に近い何かを感じさせてくれる。 きっと文壇において貴重な存在であり財産であろう。 残念ながらというか恥ずかしながら(笑)、純文学を読みなれていない自分をもっと叱咤激励したい気分で一杯である。 しかしながら雪沼と言う町のほんのわずかであるが輪郭を知ることが出来た喜びは大きな収穫である。 まだまだ人生経験が足りないかな・・・ そう感じざるを得ない奥の深い作品となっている。 普段薄っぺらい類の作品に慣れているとドシリと重く感じますね。 読者自身の人生経験を測るいいバロメーターとなる作品かもしれません。 最近本作が谷崎潤一郎賞を受賞された。 きっと読者の本作を読んだあと満足感が賞に結びついたのであろう。 心から祝福の言葉を贈りたく思う。 評価8点 2004年79冊目 (旧作・再読作品24冊目) ... 『センセイの鞄』 川上弘美 文春文庫(再読) - 2004年09月05日(日)
誰にでも思い入れの強い作品というものがあるであろうが、私にとってはこの作品はとっても思い入れの強い一冊である。 読書好きのあいだでは読まれた方の方が多いと思えるが、敢えて文庫化に伴い再読してみた・・・ 何回読み返しても心に響く名作である。 ツキコさんとセンセイ。 まさに理想のカップルである。 二人がお互いをいたわっている姿に胸を打たれない読者はいないはずだ。 きっと私たち読者が純粋に本を愛するような感覚で二人は愛し合っているのであろう。 愛という言葉を使ったが、本作においては恋という言葉の方がふさわしいかな。 私たちが忘れかけつつあるあの頃の人に恋する気持ち(胸が締め付けられたりあるいは胸がキューンとなったり)を体感出来ることが出来る作品である。 文庫本で約270ページの作品であるが、いろんなシーンが脳裡に焼き付いて離れない。 よくわからないや。 ツキコという名前は“月並み”という言葉から名づけたのかなと私なりに解釈している。 それだけ月並みな事柄が多い。 きっと大勢の読者の方がいろんな過去の想い出があるはずだ。 本作の読み方も十人十色である。 過去の自分の恋愛と比べる人もいるだろう。 現在の自分の周りの人に対する接し方を考え直すのも良い。 私は、本作に出てくるような居酒屋で女性と一緒にきんぴら蓮根をつまみにして一杯飲みながら本作について語り合いたいなと思った。 それが私の理想の恋愛像なのかな。 でも私はビールをついでもらいますが(苦笑) 遠いようなできごとだ。センセイと過ごした日々は、あわあわと、そして色濃く、流れた。 淡々と語られる川上さんの独特な文章。 しかしながら読者にもたらす感動はとっても深遠である。 未読の方は必ずツキコさんやセンセイの魅力に酔いしれるはずである。 本作を読んでツキコさんやセンセイとともに過ごせた時間を強く感謝しなければならない気持ちで一杯である。そういう読み方がこの作品の本来の趣旨であろうと信じたい。 評価9点 オススメ 2004年78冊目 (旧作・再読作品23冊目) ...
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