『傷 慶次郎縁側日記』 北原亞以子 新潮文庫(再読) - 2004年08月21日(土)
ドラマ化とともに再々読してみた。 時代小説を読むと自分の人生の経験不足が良くわかる。 何回読み返しても味わい深い所以であろう。 本作は直木賞作家、北原亞以子さんの言わずと知れた看板シリーズの第1作である。 宇江佐真理さんの『髪結い伊三次シリーズ』と比較してみるとどうしても主人公慶次郎の落着きが目につく。 伊三次シリーズでは主人公の言動に読者も一喜一憂する楽しみがあるのであるが、本作はいささか地味目である。 宇江佐さんの作品ほど登場人物が生き生きと描かれてないような気もするが、反面、リアルというか身につまされる点では本作に軍配を上げたい。 なんと言っても初っ端の「その夜の雪」が印象的である。 苦髪楽爪とはよく言ったものだと、森口慶次郎は思った。 悪者に凌辱され自害することになった愛娘・三千代を亡くした悲しみと怒りが大爆発するのであるが、読者にとっては度肝を抜くような印象的な作品である。 まさに“仏の慶次郎”じゃないのである。 世にこれ以上の悲しみがないからこそ、達観振りが際立って行くのであろう。 私的にはこの編が好評だっただけにシリーズ化となったような気がする。 2編目以降は、根岸にて隠居生活をする慶次郎であるがかつての元南町奉行所同心時代をも彷彿させつつも、やはり落着きと言うか人生を達観した姿勢が目につく。 どちらかと言えば慶次郎が脇役で登場する編の方が読み応えがあると思うのは私だけであろうか。 今に生きる私たちも彼らの真っ直ぐに生きている姿から何かを学び取らなければならない。 いろんなエピソードが満載の1冊なのであるが、とりわけ吉次の人間臭さはやはり慶次郎にはない魅力を持ち合わせている。 彼が主役を務める「似たものどうし」はとっても強烈な作品である。 きっと胸を締め付けられた方も多いはずであろう。 今後どのように彼(吉次)が成長し、変化して行くかが個人的には本シリーズの評価を左右する1番の要因となるような気がする。 物語はまだ序盤である。 慶次郎の出番が少ないほど物語は白熱するのかもしれないな。 これから連作シリーズをじっくりと味わいたい。 評価8点。 2004年77冊目 (旧作・再読作品21冊目) ... 『十八の夏』 光原百合 (双葉文庫) - 2004年08月20日(金)
初めて読む作家の作品を手にした時っていつも緊張する。 期待はずれの時もあるが、逆に胸がすくような作品にめぐりあう時もあるからである。 本作なんかは後者の典型的な例といえよう。 本作は4編からなる花(朝顔、金木犀、ヘリオトープ、夾竹桃)をテーマとした短編集である。 連作というより内容的にはそれぞれが独立した短編集と言えよう。 表題作は日本推理作家協会短篇部門賞を受賞しているのをご存知の方も多いんじゃないかな。 最後の「イノセント・デイズ」以外はあんまりミステリー度は高くない。 4編ともそれぞれ異なったテイストの作品なんで作者の引き出しの多さを垣間見ることが出来、御買い得感が高いような気がするのは私だけであろうか・・・ しかしながら、どちらかと言えばほのぼの系でストーリー展開で読ませるのが持ち味な作家だと認識した方がよさそうである。 ラストの「イノセント・デイズ」なんかはちょっと踏み込みが強くて異色作と言えそうですね。 作風的には男性作家で言えば本多孝好さんに近いかなあと思っている。 どちらも文章が綺麗で心の機微を描くのが上手い。 そう言えばどちらも寡作なんですよね(笑) 光原さんも本多さん同様、文章に人柄が出ているって感じかな。 凄く読んでいて癒してくれるから・・・ 読者に対して気配りの出来る作家と言えそうですね。 どの作品も素晴らしいのであるが、個人的には2編目の「ささやかな奇跡」がお気に入りである。 亡くなった妻の実家近くに引越した父子が起こす題名通り、ささやかな奇跡のものがたりなのである。 とにかく息子の言動には泣けてくるのである。 やはり、女性作家ならではの繊細さが行き届いていると言わざるを得ない。 この作品に遭遇しただけでも“読んで良かった”と思えた。 私たちの日常においても、作中にあるようなちょっとした誤解から生じる思い違いってあるのでしょうね。 話の展開は読めるのであるがそれにしても胸がすく話でした。 重松清さんも脱帽物だな(笑) 全体的には花の色の如く色彩豊かな短編集だと形容したく思う。 きっとその色彩って魅力的な登場人物なのでしょうね。 3編目の「兄貴の純情」の“兄貴”はその際たるものであると言えよう。 ズバリ、文庫で買って蔵書にして何度も読み返したいと思う作品集だと声を大にして叫びたい。 光原さんがこの作品集を通して何を訴えたいかはあとがきを読めばわかります。 すごく共感したので引用させていただいてレビューを締め括りたく思う。 本書を手にとって下さった皆様にも心からの感謝を。楽しんでいただけたら、そしてできればほんの少しでも“人生も満更悪くない”と思っていただけたとしたら、これ以上の幸せはありません。 評価9点 オススメ 2004年83冊目 ... 『イッツ・オンリー・トーク』 絲山秋子 新潮社 - 2004年08月17日(火)
絲山さん公式サイトはこちら 文藝春秋の自著を語るはこちら 絲山さんの作品を始めて手にとって見た。 3回立て続けに芥川賞の候補となっている注目作家である。 表題作の「イッツ・オンリー・トーク」は1回目の芥川賞候補作である。 鬱病を持つ主人公の女性が失恋が原因で蒲田に引越しし、住み始めるところから物語が始まる。 作者自身も蒲田に住んでいるみたいであるが、小説の内容と読者が持っている蒲田のイメージが合っているのである。 第一印象としてとってもユニークな小説を書く方である。 都議を目指す勃起不全な同級生や、ネットで知り合った痴漢やヤクザなどが絡む物語。 個性豊かな登場人物に圧倒されますが、それをとりまとめる主人公のクールさが見事。 きっと主人公がもっとも個性的なんでしょうね。 サラッと性描写シーンも書ける点が持ち味かな(笑) ただ、こう言った作品って正直、その時の読者の気分によってかなり受け止め方が違うのでしょうね。 虚脱感が全体を支えてるような気がします。 きっとこれが本当の純文学なのかもしれませんが・・・ ちょっと勉強不足かもしれませんわ、いや読解力不足かな(苦笑) 2編目の「第七障害」、こちらは一転してオーソドックスな作品である。 登場人物も許容範囲内の個性豊かさである(笑) 馬術を嗜んでいた主人公が、競技中に愛馬を安楽死させてしまう。 そこから彼女の人生や気持ちの変化がいやおうなしに始まるのである。 いかに再生して行くかが見ものであるのであるが・・・ 付き合っていた男の妹と同棲するあたり、発想の柔軟性を強く感じた作品であった。 小説の特徴としたら表題作の方がインパクトも強いのであろうが、個人的には2編目の方が読後感も良く好きな作品である。 きっと表題作の方がより魅力的に感じたれた方は、これからも絲山さんに魅せられていくのであろうということは容易に想像出来るのであった。 評価7点 2004年76冊目 (旧作・再読作品20冊目) ... 『蓬莱橋にて』 諸田玲子 祥伝社文庫 - 2004年08月15日(日)
久々に諸田さんの作品を読んだが、やはり女性の情念を描くのが秀逸である。 著作リストはこちら 諸田先生公式サイトはこちら この場を借りて少し諸田玲子さんの作風について述べたい。 ライバルである宇江佐真理さんはどちらかというとキャラクターの魅力で文章を紡いでいる。 集約すると従来のパターンの時代小説に人情語をより深く感動的に読者に提供してくれているのが特徴である。 女性登場人物が啖呵を切ったりするシーンも良くあるのであるが、基本的には“かわいく生きる女”を描いている。 一方、諸田さんは多彩なジャンルで対抗している。 新しいタイプの時代小説の書き手である。 時代背景が江戸(平安もあります)時代であって、内容的には現代物、もっと言えば翻訳物に近い感覚で読める。 いわば、普段時代小説はちょっと苦手であるという固定観念を持たれてる方にも是非手にとって欲しい作家なのである。 時代小説という大きなカテゴリー分類じゃなくに、時代サスペンスや時代ミステリーという分類分けで読みべき作家だと言えよう。(現代物のサスペンスやミステリー好きの方も1冊挑戦して欲しい。) 彼女は宇江佐さんと違って“強く生きる女”を描きたいのだろうなと私は思っている。 三人ははぐれ者だ。出会ったばかり、素性もろくに知らない。だが、そんなことはどうでもいいような気がした。おぎゃあと生まれてから死ぬまで、だれもが運任せの渡世をつづけてゆくのだ。(はぐれ者指南より) さて、本作であるが諸田玲子入門編としては恰好の1冊となっている。 全8話からなる短編集であるが、舞台はいずれも東海道の宿場。 静岡出身の諸田さんにとっては思い入れの強くて題材にしやすい土地柄なんだろう。 いきなり冒頭の「反逆児」にて由比正雪が登場して驚いたが、その後もバラエティに富んだ人物が続々と登場します。 読者は目を離せないのである・・・ 本作の話って本当に哀しい話が多い。 運命に翻弄されつつも、真っ直ぐに生き貫いている主人公達を活写している。 読者は主人公が不器用であればあるほど心が動かされる。 読者の心情を精通している諸田さん、心憎いばかりである(笑) 私は「深情け」が一番儚かったな。 はたしてあなたはどの作品の主人公を一番儚く感じただろうか? じっくり語り合いたい衝動に駆られる作品集である。 評価8点 2004年75冊目 (旧作・再読作品19冊目) ... 『約束』 石田衣良 角川書店 - 2004年08月12日(木)
前作『1ポンドの悲しみ』に引き続き精力的に短編集を刊行している石田衣良さんだが、本作においてまたまた新しい魅力を読者に披露してくれた。 どちらかと言えば、キャラクターで読ませる作家の典型(池袋ウエストゲートパークのマコトに代表される)だと認識していたが、本作では主題で読ませる切ないストーリーに終始、読者も作家の変化に対応して行かなければならないのであろうか。 7編からなる短編集であるが、どの作品もかけがえのないものをなくした登場人物がいかに再生していくかを描いたものである。 池袋ウエストゲートパークシリーズのように歯切れの良い文章は陰を潜めているが、逆に丹念に書かれた文章は読みやすく心地よく読者に受け入れられるであろう。 ここからは個人的な感想を書かせてもらいますね(笑) 正直、1編目で表題作でもある「約束」が素晴らしいのは認めるが、残りも同じパターンで展開してるのでやはり尻すぼみ感は拭えないのが気になったのである。 それと、帯の“絶対泣ける短編集”というのはいささかオーバーな気がする。 たとえば重松清さんの作品のように、登場人物(というより主人公と言った方がいいかな)に自分を投影出来るようなパターンの作風ではない。 それぞれの“かけがえのない人生”を切り取って読者に提供してくれているのではあるが・・・ やはり重松さんの作品に良く使われる、人生において避けて通れないものを題材に描いた方が実感が湧くのであろうか? 本作を読むと“こういう人生もあるんだなという気持ちと、上手くまとめて書かれてるなという気持ちが交錯”して複雑な気持ちであったことは否定できない。 もう少し深みが欲しいと思ったりしたのが正直な感想である。 果たして本当に苦しい時や悲しい時にこの作品を読んで共感・感動できるかな? ちょっと苦しいような気がする。 少なくとも私はそうである。 ストーリーに普遍性がありすぎて心に届かない。 いや、優しすぎて物足りなく感じたのかもしれない。 なぜなら“読者にはたまには突き放すことも必要である”と私は常日頃思っているからである。 石田氏には読者が“うまくまとまっている”という感想の言葉で片付けられて欲しくない。 もはや新人作家ではないのである。オリンピック期間中なので比喩として使わせてもらうが、金メダル(直木賞)受賞者なのである。 読者は銀メダルでは満足できない。ということを肝に命じて力作を書いていって欲しい。 少し辛口に書いたが、それは大きな石田氏への期待の表れでもある。 最後に褒めさせていただきたい。 それは“作品コンセプト”の確かさである。 多少なりとも自分の人生を振り返り、明日へのステップとしたいなと思う。 石田さんに素直に感謝したい。 本作を読まれて石田さんのファンになられた方、もっと他作も読んで欲しい。 評価8点 2004年74冊目 (新作53冊目) ... 『ふにゅう』 川端裕人 新潮社 - 2004年08月10日(火)
帯の文章を重松清さんが書かれてるので手にとって見た。 初読み作家であるがなかなか良い小説を書くなあというのが率直な感想である。 タイトルの“ふにゅう”は母乳じゃなく“父乳”から取っている。 それぞれが独立した5編からなる短編集であるが、共通したテーマは父親の視点から出産や子育てを捉えてる点である。 ここに登場する男性って本当に優しい。 きっと少子化した現代において、登場人物って女性が読まれたらアットホームな雰囲気で理想の男性像かもしれないな。 それにしても世の中変わったと言わざるをえない。 10年前だったら小説の題材にもならなかっただろう。 ところどころにゾクッとさせられる表現が心を捉えた。 たとえば2編目の「デリパニ」。 ニューヨークに住んでいて、分娩に立ち会う男の心情を描いた作品であるが、ちょうど、テロ事件の時期が背景となっている作品である、少し引用しますね。 それと、ベイビーに対して、かなり後ろめたい気持ちがある。おれたちは、セックスして気持ちよくなって、で、ベイビーをつくっちまったわけだが、本当にそれで良かったのか。こんな時代に生まれてくる子供たちに、しあわせな未来は待っているのだろうか。えらく無責任なことをしているような気がして、「誕生の瞬間」には相当複雑な気持ちになるのではないかと思うんだ。 全体を通して、男であるがゆえにネックとなる点をうまくとらえつつも、子供はもちろんのこと妻に対する愛情を垣間見ることが出来た点が見事である。 こういうテーマの作品って性別によって評価が分かれるのが通常であるが、本作に関しては、男女問わず受け入れられる事だと思う。 ちょっとほろずっぱくもリアルな描写が堪能できた1冊だと言えそうですね。 これを機会に夫婦の役割分担はもちろんのこと、家族のあり方についてもう1度考え直した方がいいのかもしれない。 評価8点 2004年73冊目 (新作52冊目) ... 『人生劇場』 三浦しをん 新潮社 - 2004年08月09日(月)
普段ほとんどエッセイなるものを読まない私であるが、ふとしたきっかけで手にとった本書は本当に楽しめた。 世に天才ってやはりいたのだ。 ほとんどが4ページでまとめられてるのだが、起承転結のつけ方が絶品である。 物を書くために生まれてきたと言っても過言ではない天賦の才能を携えているしをんさん。 本当にこの方の文章は肩を凝らすことなしに読める。 とにかく発想が豊かでてらいのない素直な文体が、心地よく読者に伝わってくるのである。 主に週刊新潮に連載されてたものの単行本化であるが、ご存知の通り週刊新潮と言えば中高年のサラリーマンを対象としている。 これはもったいない[:読書:] というのは、きっと同年代の女性が美容院での待ち時間なんかに読まれたら本当に時の経つのも忘れて没頭できるであろうこと請け合いであるからだ。 ワールドカップネタが多く、ちょうど書かれていた時期がワールドカップの頃なんで今読んで懐かしさがこみあげて来る方が多いような気がする。 全体的にはそれぞれが妄想的な発想ではじまって巧くオチをつけている。 後日談(思い出ホロホロ)が本当にコミカルに書かれていて、より一層作者の賢明さを痛感させられたな。 読み終えてたとえ自分に胸毛がないのを悔やんだ男性読者ってきっと聡明な女性が大好きなんだろうな(詳しくは読んでのお楽しみということで) 彼女の感性の豊かさと柔軟な発想力は文壇を席捲することは間違いないことだと思う。 流行を追わないあなたも是非手にとって欲しいなと強く思ったりする。 本書を手にとれば人生を楽しく謳歌している姿がひしひしと伝わってくるであろう。 それだけど大きな収穫である[:拍手:] 次は小説だな[:ラブ:] 評価8点 2004年72冊目 (旧作・再読作品18冊目) ...
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