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2002年12月31日(火) 理想的な接客?

とうとう、今年も最後となってしまいました。(実感なし)
最後の日に、最後の日らしいこと書いてもつまらないので、まったく関係ない話でも。

昨日久し振りにバイトに入ったら、監査の要求がきつくなってました。

まず言葉遣い。
「ですので」→「ですから」
『ので』と『から』に、何か大きな違いがあるのか?と思いながら実践してみると・・・噛む!
長年『ので』で慣れて来た口は、突然の変更を受け入れない!
何度噛んで恥ずかしい思いをしたか・・・とりあえず、後半にようやく受け入れ態勢が整い、クリア。

その次!
入ってきたお客様の人数を確認するときに使う、「何名様ですね?」の、『ですね』を必ずつけること。
早速実践。
『ですね』
この3文字をいたく邪魔に思うのか、その間に通り過ぎられてしまう!
何度やっても私を越えて席に向かってしまう!
3組目あたりであきらめて断念。(早い?)

んで、この次はお辞儀。お辞儀した後に頭を起こして、少し静止するというもの。
実践。
「いらっしゃいませ」→ペコリ→ピタッ→説明→「ごゆっくりどうぞ」→ペコリ→ピタッ・・・。
さあ、困った!
止まってしまったがゆえに、右向け右(左向け左)をしないと下がりづらい!

さながら、4月の体育の集合訓練の笛が聞こえてきそうな状態で、ロボットの様に去る私。
暇ならともかく、忙しい時にできるかボケ(監査0点じゃん)

結果→できたのは『ので』→『から』の項目のみ。
そのほかにも色々あったけど・・・忘れました!

当たり前なのかも知れない。それが接客の基本であり、理想的な姿かも知れない。
でも滑稽に思えるのは私だけ?
そんなに何度も止まられて、邪魔だなぁと感じるのは私だけ?
料理食べるのも、皆店員が去るまで待ってるんだから、早く去ってやれよ・・・。

さ、まったく関係ない、今年の締めくくりは、まったくわけの分からない話で幕を閉じてみましたが、いかがでしたでしょうか?
来年はどんな年になるでしょうか?
これを御覧のすべての皆様にとって、来年がよい年でありますように。

明日から少し更新が遅れますが、確実に更新する予定です。
それではよいお年を!



2002年12月30日(月) 大掃除?

明日は大晦日なんですねぇ。

今年最大の心残り(いや、絶対他にもあるけど)は、大掃除がまともにできなかったことですね。

今年の大掃除状況→洗車(マーチ様はシャンプーのみ)、各自部屋の掃除(各自で「きれい」と思う程度なので、結構雑)
あれ?こんなもん?

せめて窓拭きくらいはきちんとせねばー!と思い、母から言われていた、『窓のサン』までキレイにすべく、歯ブラシまで用意して、隅々までやろうと闘志を燃やし、手の届かないところは脚立を出してまで取り組んでいたわけです。
なのにー!

「外はすぐ汚れるんだからそんなに丁寧にしなくていいよ」

・・・そんな・・・身もフタもない・・・。

そもそもサンまでキレイにしろとおっしゃったのはあなたではないか!そう言うと、
「外までとは言ってない」

・・・しかし、一度凝り始めると、最後までやらなきゃ気が済まない性格(その気になるまで時間がかなりかかるが)
そのまま続行し、なんとかサンはきれいに!

しかし、そのまま精魂尽き果て、肝心の窓拭きが雑になってしまいました。
窓が重要なんじゃないの?
すると母「どうせカーテンで見えなくなる」

大掃除の意味がよく分からなくなった2002年末。
どうやら我が家は、「きれいな部屋で、気持ちを新たに年越し」は無理そうです。
まあ、毎年手のかかる場所は20日前とかに終ってて、年越しには既に汚れてんだけどさ。



2002年12月29日(日) タイミング

タイミングのいい日と悪い日があるのです。

タイミングのいい日は、注文をとり終わって帰って来た頃に、別のテーブルの料理ができ、持って行ったところで、他のお客様が帰り、片付けをし、片付けが終ったくらいにまた新しいお客様が来る。
そんな日がよくあります。
まあ、うちが暇だからなんですが・・・。

でも、暇だろうがなんだろうが、タイミングの悪い日はすこぶる悪い!
すっごい暇で、料理ができるのを待っていて、あと1分くらいだなぁとか思ってると、注文に呼ばれ、注文とってる間に料理ができてしまい、料理を運びそびれ、仕方がないから、今から帰ろうとするお客様がレジから離れたあたりで片付けようと思ってたら、新しいお客様が来て、片付いてないテーブルに向かおうとする・・・。

今日はタイミングの悪い日でした。
上記の様なことが次々と起こる・・・。
料理行けないとかは、もう仕方がないってあきらめがつくんですが、片付けようとしているところ、もしくは片付ける暇がなくて、後で片付けようと思ってるところに、新しいお客様が座ってしまうことが一番大変!

まず、私の背では、テーブルの端から端まで届かない。
ゆえに、座席に入り込んで拭かなきゃならんのですが、お客様が座ってしまうと、入れない!
そのため、私は背伸びをしてテーブルを拭くわけですが、それがまた、かなり無理をしないと届かないために、体全体がお客様の前に横たわる形に・・・。
これは、結構恥ずかしい。
お客様の見てる前だと、基本的にカチャカチャ音鳴らせない(らしい)ので、気を使う。

そんなことが3回もあれば、十分タイミングの悪い日となるわけです。

極めつけに、今日家に帰って居間に入ったら、今しがたついだばかりのコーラが・・・。
しかもなみなみと!あふれんばかりに!
もう一分早く帰ってくれば、私もありつけたはずなのに・・・!
あの信号機に捕まらなければ!



2002年12月28日(土) 大掃除ラスト!

今日は、昨日予告した通り、2台の車の洗車をしました。
一つはおなじみ、マーチ様。
もう一つは、母のミニカ様。

一日ずらしてよかった!少しは気温も温かく、お空は晴天!超青空!まぶしいっつーの!

ミニカ様は、点検の時に軽い洗車をした程度。
毎年、一年に一度しか洗ってもらえないため、ワックスまでみっちりかけてあげましょう。

マーチ様は、明日、明後日、3ガ日と、恐怖の潮水攻撃が待っており、5日ともすべて穏やかな波であるはずがないという理由で、シャンプーのみとなりました。
この子は、キレイな状態で年を越せるのでしょうか・・・。

さて、洗濯物が出揃うまでに、シャンプーまでは終らせたい。
洗濯物が出揃うと、水で洗い流すときに、細心の注意を払わなければならないから・・・。

ミニカ様の最終洗車日は、確か10月あたり。
二ヶ月で水垢が結構目立ちます。
長年の積み重ねにより、全部は取れませんでしたが、汚いので、やりがいがある!

マーチ様なんて一ヶ月たってないのに、潮水攻撃にさらされて、ミニカ様より汚れが目立つ・・・。
でも、こびりついているわけではないので、力を入れずとも汚れは落ちる。
こっちの方が、やりがいがなく、面積も広い分、疲れが倍・・・。

朝ごはんを食べずにやったので(起きたときには、洗濯物があと30分で完了してしまう状態だったので急いで取り掛かった)自然乾燥もかねて休憩。
パンとコーヒーをお腹に入れ、第二幕!

とりあえず、マーチ様を拭きあげ、マーチ様完了!

ミニカ様は、ワックスの前に窓拭き。
内部に、ライちゃんのよだれがこびりついていて、それをふきあげるときに、また色々思い出してちょっとおセンチな気分に。
それを乗り越え、窓拭き、ワックスがけ完了!

実質2時間!
いやー、頑張った!

ん?なんだかお空がいつの間にか曇り空・・・。
やめてね・・・雨でいきなり汚すの・・・。
切なくなるから・・・。



2002年12月27日(金) どうしてもっ!

『木枯らしピューピュー吹いている〜♪』なんて歌が頭をよぎる様な朝。
後2日で窓拭きと車二台の洗車を終らせなきゃいけない!
夏休みの宿題は7月中に終らせるくらいせっかちなのに、掃除だけは切羽詰まらないとやらない。
という事で朝から窓拭き開始。
洗車は今日は冒頭にも書いた様な恐ろしい日なので、明日に回すことに(明日は少しは気温が上がる様)

そんな中、母から、
「布団が何枚もないと寒い。でも布団が何枚もあると重くて胸と腰にくる」
とかいうナゾかけみたいな切り出しを受け、
「羽毛布団にすれば?」
と言うと、それは喘息に悪いとのこと。
何が言いたいのかと思いきや、電気毛布を買いに行きたいとのこと。

近くのホームセンターにあるだろうという言葉を信じて、行ってみると、ない!!
電気敷き毛布はあるけど、掛け毛布がない!

その後、3店をめぐるもない!!
そして4つ目の店に行き、探すけどやっぱりない!!
もうはやらないのか?

母があきらめモードな中、私は、こうなったら意地でも見つけてやる!と闘争心に燃え、そこからさらに10分はかかる店に向かうことに。(そのとき既に1時間経過済み)
一店目であきらめたならまだしも、何店もめぐった後にあきらめる気にならない私。
めぐってるうちに、段々意地になってくる。

鼻息あらく店を出ようとしたそのとき!

「あっ!」

そう。あったのです。その名も『電気掛敷き毛布』!!
掛け布団にも敷布団にもなるという優れもの!?
色、柄なぞ、そのときにはもうどうでもよく、「あればいい」という状態だった私たちは迷わず買い。

その後、家に帰って昼食を作る気なんて起きず、急遽カレー屋さんに寄って帰ったのでした。
そんなもんに精魂使い果たすなよ・・・。



2002年12月26日(木) 餅まき

今日の運転中、餅まきののぼりがたってました。
餅まきとは、新築の棟上の時に行われます。

そういえば、私が小学生、中学生の頃、この周辺は区画整理の真っ只中で、餅まきが頻繁にありました。
帰宅途中、餅まきののぼりが見えると、家に帰るなり、
「今日餅まきあるよ!」
と意気揚々と言ってたのを思い出します。

待ち時間がものすごく長かったことは玉にキズですね。
餅を準備している人をじっと見つめながら、いつ始まるか、いつ始まるかと、待ち焦がれていました。

拾うときに、いかに楽にたくさん拾えるか。
袋に詰めたりするロスをいかに減らすかがポイント。
おばちゃんたちは、エプロンを捲し上げて袋代わりに。
二人一組になって、餅を拾う役と、袋を広げて待つ役とに分かれたり。

私は、基本的に一人で、スーパーでもらうビニール袋を持って、どうしたらたくさん拾えるかを考えました。
敏捷性は低くなかったと思うんですが、人が拾おうとしているのを取ろうという気にはなれなかった。
なのに、おばちゃんたちは、私の手をどけてでも取ろうとするわけですよ。
今考えたら、子供の手を引っかいてまで取るなよ・・・って感じですが・・。
その行為に子供ながらムカついたりしてました。

泥だらけな餅やら、お菓子やらを持ち帰り、母と弟と3人で戦利品報告。
大体皆取る数に差はなかったですねぇ。
人のまで取る図々しさがあれば、もう少し多かったでしょうが・・・。

そんな餅まきも、最近なかなか見られなくなりました。
今日見たときも、「懐かしい」と思ったくらいです。
流石にこのくそ寒い中行きたくないですが・・・。



2002年12月25日(水) 寒い日は・・・

3週間にわたり、病院のベッドで寝ていたせいで、腰の痛みがピークに達し、ほとんど動けない母の変わりに動いた一日・・・。
そんな今日は、ものすごい強風な一日でした。
どこかで、「クリスマス寒波」だとか言っていましたが、そんなロマンチックなもんではなかった。

車運転してる最中、「雪???」って程度の小雪がちらほら・・・
でも本当に雨と雪の中間。

そんな中、私は歩いて買い物へ。
外歩いてると、風にあおられて向かってくる砂の波が見える。
その砂の波が押し寄せて当たると、痛い。
こんな雰囲気の中、ロマンチックな雰囲気にはとてもなれないなあ。
まあ、今ロマンチックなんてまったく関係ないけどさ(洗濯物を取り込みながら)

ストーブがつくと、必ずその前を陣取るクー。
このあたりは頭がいい。
ずるがしこいというのか?
そんなクーが外出。
寒くても外がいいのか?
しかし、外に出したまま、留守にし、昼ごろ帰ってきたら、玄関を開ける私の足に擦り寄ってきて、自ら家に入り、ストーブのある居間へ直行。
ご飯をあげずに出したので、てっきりお腹がすいて家の中に飛び込んだのかと思いきや、どうやらよほど寒かった様子。
ご飯には見向きもせず、ひたすらストーブがぬくくなるのを待っていました。

こんな日は、鍋がいいですな。
今日のご飯はキムチ鍋です♪



2002年12月24日(火) 無事退院できました。

乳癌の手術は日々進歩しています。
今までは、ほとんどが全摘だったのが、温存も可能になりました。
温存で形が崩れるのも、だいぶ防げる様になりました。
以前は大胸筋を取るのが主流だったのに、今は大胸筋は残す様になりました。
これで、術後のリハビリがうんと楽になったし、あばらが見えたり、その部位だけ極端にくぼむことがなくなりました。

以前はリンパを全摘していたが、今は最初に転移する一部のみを摘出する様になりました。
リンパを一部とっただけでも、傷の治りが遅いなどのデメリットがあり、今後のケアが重要になるのに、全部取ったら大変だぁ。
これは、今後、リンパに転移しているかどうかを、遺伝子診断をくわえる(現在は顕微鏡での細胞診のみ)ことにより、リンパを残すことが可能になるらしい。それも近い将来に。

乳房の再建も、今は背中や、腹部の皮膚、筋肉を利用して、胸のふくらみを作ったり、水の入ったパッドを胸壁に埋め込むなどの方法があるけれど、これも今後どんどん発達する分野だと思います。
今現在も、前に比べると、見違えるほど進歩していて、違和感が少なくなっています。

乳癌の検査、手術、術後のケアなどは、めまぐるしく発達しています。
母が入院している間だって、チューブが細くなってたり・・・。
本当に、早期に発見できればできるほど、完治しやすい癌だと思います。
私は、今回のことで、乳癌に関して、たくさんのことを学びました。
また、その中で、進歩していく技術に、驚かされました。
それは、同時に、日本にも乳癌患者がどんどん増えているということでもあります。

欧米に多い病気でしたが、人事ではありません。
若い人でもなっている病気だし、また、年をとってもなってしまう病気です。
今回入院している患者さんたちは、皆明るく、素敵な人たちばかりでした。
それはきっと、完治できる病気だからだと思います。
日々の触診、検査が、命を救うんだと実感しました。
患者さんたちは、皆何かしらの検査を受けて、発見された人が大部分でした。
この日記が、皆様にとって少しでも役に立てば幸いです。
読んでくださった皆様、心配してくださった皆様、本当にありがとうございました。

ひとまず乳癌日記は完了ですが、今後も薬とか、ホルモン注射とか、リンパ液の吸引とかで、病院に行くことになります。
ものめずらしいものがあったらまたお伝えしたいと思います。

因みにホルモン注射はあまり痛くなく、当初出回っていた「子宮まで針をぶっさす」というウワサは嘘でした。
腹の肉に打たれた模様・・・。

因みに、入院費ですが、健康保険に入っていて、2割負担。
個室(追加料金一日3000円)に9日間、手術代が7万、その他、諸々の検査などを含めまして4日から24日まで、21日間。
合計で18万になりました。
予想してたよりは低くてホッとしました。

今日のほのぼの→母が帰ってきたというのに、クーは一目散に外へと駆け出して行きました。母の第一声、案の定「でぶー!」



2002年12月23日(月) ちょっと愚痴(読みたくない方は飛ばしてー♪)

初の携帯からの更新!
というのも昨日父のあまりの怠惰ぶりにぶち切れ、どうせ今日も朝から飲んでいるので、夕飯の時間が確定しない!って事で、今日の食事当番を放棄し、外食しているからなのです。

しかし、家に金を入れているから、家族に対して思いやりは必要ないってのはどうなんですか?
母が言うには、たとえ母が働いてたとしても、父より稼ぎが悪ければ今の状態は変わらないそうです。
なしか!(大分弁で『何故か』の意。こんな名前のラーメン屋があるほどポピュラー(?)な方言)

どうやら携帯だとここまでが限界!続きは帰ってから→

→携帯からやると、こんなに文字化けするんだなぁ。(訂正済み)
というわけで、パソコンちゃんにて続きです。

なんだか、結局愚痴になってしまったけど、うちの父は、イマイチ協力してくれません。
協力してくれたのは日曜のおだてて作らせたデミグラスソースくらい?
邪魔だけはしないで欲しいという、ささやかな願いも聞き届けられないと、張り詰めてやってるこっちとしては、悔しくて情けなくて、嫌になってしまう・・・。

でも、定年になったら家にいるばかりなんだから、家のことに楽しみを見つけるのも必要だと思うんだよね。
定年になったら、「働いてるから」って虚勢は崩れてしまうのに。
結局人間なんだから、どこかで思いやりとかを持たなきゃいけないと思う。
定年して退職して、最後まで残るのは、人格だけだと思うから。
どうせなら、一緒にいたいと思われたいなぁ。
私はね。

今日のほのぼの→顔を覚えられていないと思っていた、バイト先の、店長より上の人(地区長という。今まで会ったのは二回だけ)に顔を覚えられていて、今日外食で別店舗にいたら「お疲れ様」と言われてしまった。
店長と話してるときに、私がたまたま休憩だったりして長くいたから覚えたんだろうけど、覚えてもらってないと思ってた人から覚えられてると、緊張するけど、なんだかほっこりした気分になりますね。(因みに結構男前♪)

今日の入院日記→最後の夕食なのに、さんま(食べにくい)カリフラワーの酢物(超すっぱい)かぼちゃの煮つけ(昨日も出た冬至メニュー)とかいうメニューでがっかりしてました。明日の昼は散らし寿司だそうで、すごい残念そう。昼までいたいとか・・・。



2002年12月22日(日) 退院後の計画

日曜とは思えない優雅なバイトを終え、見舞いに行き、本日ご飯当番であるはずの父が何を思ったか、「今日の晩飯」と差し出した、スーパーで買ってきた牛丼を病院で食い、帰って参りました。

父よ・・・牛丼って・・・。

退院日が決まりました。24日です。
当初、23日と聞いていたので、一日延びるだけでもぐったり・・・。
まあ、それでもあと一日ご飯を作ればすむ・・・

甘いな。

結局、土曜に一時間歩いただけでも痛い痛い言う始末。
それでも病院に戻ってくると、動いたのがよかったのか、だいぶ痛みが引いたとか。
しかし、急に家事をこなすことは無理。
つまり、実質当分は私が家事をすることに。

そこで、今後の生活を考えてみる。
まず、食事。
これは、包丁くらいは動かせるだろう。
リハビリも兼ねて、母が主、私が補助に決定。

次に買い物。
これは、流石に右手に負担がかかるって事で、ついていくことに。
そして、スーパーまでは近いので、遠回りして30分歩いてスーパーに行くことにする。
運動とダイエット・・・。

掃除くらいはできるだろうが、こたつを全部取っ払っての掃除は私も参加しなきゃなるまい。
洗濯は、腕の上がり方次第だな。
当分、ハンドルの重い軽の運転も控えた方がよかろう。
ハンドル回してる途中で「痛い」とか言って思わぬ事故になっても困る。

そして、日曜の「父の日」(父のための日ではなく、父が当番の日)
これは、当分家事ができないって理由で続行させ、そのまま定着させようという事に。
うまくいくかなぁ?

まあ、少しはリハビリに励んでもらわないといけないので、大部分はやってもらわなくちゃね!

今日のほのぼの→あまりの波の高さに、車の全面のガラスが白くなってしまったお客様から、雑巾を貸してくれとの依頼が・・・それを見たほかの客もこぞって・・・私が帰るときも、案の定すごい潮まみれでした。なんとかならんのか。



2002年12月21日(土) クリスマスツリー

昨夜、日本一の巨大ツリーとやらを見てきた。
http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2002dec/18/CN2002121801000011E1Z10.html

その付近まで来ると、遠目にも、ツリーが見える。
「あれを目指していけばいいんだな」
と、安易に考えて、間近に見える所まで接近。

しかし、やっぱり駐車場がない。
予測はしてた。
なんとなく、あの辺に駐車場がなかった気がする・・・と。
案の定なかった。
しかも、夜なので、どこから登ればいいかイマイチ不明。

あまりよく地理も知らないくせに、夜突然出かけようって方が、そもそも間違ってるんだけど。
調べた結果、イルミネーションの点灯時間は22時まで。
迷走開始時間21時半・・・。
でっかい車で細い道に迷い込んだり、同じところぐるぐる回ったりして、当初見かけた公園らしき場所の近くに止めることに。
運良く(って言うのか?)すぐ近くに階段が!
これを登ればきっと着く!

この寒い中走って階段を登り始める→当然息が上がり、空気が冷たいので肺に負担がかかることに・・・。
途中、ツリーを見てきたであろうカップルと出会い、「こんばんわー」って声をかけられてビックリ。
ようやく、ツリー付近まで到着・・・あれ?

ツリー付近まで車が止まっている。
ん?もしかして、ここまで普通に車で来れたのか?
階段を駆け上がった意味はなかったのか?
しかも車とめていいのかも分からないところに止めてまで来たのに・・・?

まあいいや(言い聞かせ)
ほほう、これが日本一のツリーですか!

・・・うん、電飾シンプルですね。
迷走している間に見たものとさほど変わらず、遠目から見た分でも十分キレイ。
という事で、5分くらいで下りることに。
雨も少し降ってきたし?

その後、自宅までの帰り道は豪雨となり、「あと少し下りるの遅かったらえらいことになってた」と思いつつその場を後にしました。
もう少しにぎやかな電飾でもいい気が・・・。
でもあれはあれで、シンプルでいいのかも・・・。
ハート型が可愛かったです。

今日の入院日記→これから、母と外出届けを出して、先生及び看護婦さんへの「お世話になりましたプレゼント」を買う予定。何がいいのかさっぱり分からん!



2002年12月20日(金) 人工乳房

今日、人工乳房、その名も「ヴィーナス」の説明がありました。
人工乳房とは、パッドに近いもので、ブラの中に仕込んで使うものです。
乳房の形をしていて(乳首まである)、サイズ、形(4種類)が選べる仕組みです。
因みに形は、丸型、しずく型(主に大胸筋を取った人用)、三角型、フラット型(一番安い)があるんですが、今回有無を言わさずに丸型だったらしいです。
他の人もね。

値段としては、フラットの一番小さいサイズの18000〜28000までと、結構お高い。
そんで、フラット以外は、25000から始まるので、「サイズ小さくてよかった」とか思えないのがシャク。
むしろ、サイズ計測の時に、皆にばれて恥をかく・・・。

さて、そんな話は置いといて、こいつの利点。
パッドでも同じじゃないのか!高いしさ!という風に、前日までは思っていたが、いくつかあげると、
.僖奪匹呂困譴襦平進燭蕕覆里如何にも引っかからないから落ちてしまう)
∨百─覆△襪里箸覆い里任蓮△泙辰燭違うらしい。)
K評弖癲覆佞箸靴浸に、何かがあたると、ものすごく痛いらしい。クッションの役目ですな)
となります。
夏は余計に、ないと目立つので、こういうものがある。

やっぱ、説明聞くと欲しくなる。いい商売だ。
因みにもちろん買いました。
4年は持つらしく、今後改良を重ねていくとのことでした。

話は変わって、昨日入院してきた患者さん・・・はじめ、大きな病院で「癌ではない」といわれ、でも気になるので、医科大に行ったら「足のはえた様な珍しい癌だ」とか言われ、資料として学生に見られ、なぜか手術ではなく抗癌剤などの治療を受け、そうこうしているうちに、両方の乳房とも肋骨あたりまで広がってしまったらしい。
明日両方手術らしいが・・・あんまりではないか・・・

今日のほのぼの→近くの葬祭場は、ほとんど毎日葬儀がある。今日通ったら、葬儀の看板がなく、今日は葬儀がないんだなぁと思うと、ちょっとほんわかした気分になった。



2002年12月19日(木) 苦手なサービス

今日は、近くのガソリンスタンドのオープン日。
たかだか200メートルくらいの間に3件もガソリンスタンドいらないと思うんだけど・・・。
いつも明々と明かりがついてるから、開いてるのかと思ってたら、今日オープンだってチラシが入ってた。きっと間違って入った人もいるはずだ。
私は隣のガソリンスタンドのプリペイドカード持ってるので、そこに行く気はないんだけど・・・。

帰り道、その付近を通ったら、赤と白のチェック(?)のでっかい旗を、3人で振っていた。
「どうぞお入りください」といわんばかりに・・・。
入りづらいよ!

なんか、ともすれば引いちゃいそうな間隔で3人が立ってるんですよ。
よけてくれるんだろうけど(当たり前)なんか、通せんぼされてる気分なの。
彼らは、雨の中(一人はカッパも着てなかった)必死で客寄せをしてるつもりなんだろうけど、そうされると余計入りづらい。
これは私だけなのか・・・?

そもそも、過剰なサービスが苦手だ。
ガソリンスタンドでも、窓拭いたり、突然ドアを開けて「ごみはないですか」と聞かれるのも苦手。
窓拭いてもらってる最中落ち着かない。
そんなの帰って自分でやるからさー!って気分になる。

レストランとかに行っても、何度もお冷のお替りとかに来られると、逆に見張られてる様で落ち着かない。
ウエイトレスさんが、ホールの端っこに立ってるのも落ち着かない(バイト先でもやらされるけど)
それをバイト先のおばちゃんと話してたら、おばちゃんはそうされると、「丁寧な店だなぁ」と思うらしい。
しかし、息子さんは、やっぱり落ち着かないらしい。
これは、人生経験の差?世代の差?
もちろん性格の差でもあるんだろうけど。

でもとりあえず、旗振って頑張ってるガソリンスタンドには、客がほとんどいませんでした。
私も行ってる隣のガソリンスタンドは、4台くらいはいたかな?
これを見ると、小数派ではない気がする。

今日の入院日記→先生に退院日を聞いたら、「いつでもいいよ。若い人はいつ退院してもいいんだよ」とか、不思議なことを言われたらしい。とりあえず、もう一人の先生と相談するとのことだけど、長引くことはなさそう。
これから抗癌剤を打つ人が、白血球の数を調べたらしい。3000切るとできないんだって。抗癌剤で白血球の数が減少するからだろう。(吐き気もそのせいで来る)大変そうだー!



2002年12月18日(水) 猫のくせに

朝方、クーが外に出たそうだったので、出してやることにする。
最近、ストレスをためない様にと、下の階で、飯を探して荒らさない様に、外に出すことにした。
どうせ家にいても具合が悪くなるなら、どっちでも一緒じゃい!というわけ。

たまたま二階にいたので、たわむれに、二階の窓を開けてみることに。
すぐ下は屋根で、私でも移動でき、傾斜もほとんどない。
猫だし、上手に下までひょいひょいと降りていくだろうと思って楽しみにしていた。

すると、まず出窓の上に上がり、開いた窓のあたりまで行くものの、ためらって引き下がる。
これを二回ほど、にゃーにゃー言いながら繰り返す。
はじめて出る場所だから、困惑してるなぁと思ってみてると、ようやく、恐る恐る外に足を出す。
んで、また引っ込める。

四苦八苦しながら、ようやく屋根の上に着地。
それからも、恐る恐る足をのばして、一歩ずつ前進。
その間も、ひっきりなしに、にゃーにゃー鳴いている。

・・・怖いのか?

そして、ようやく中間地点まで到着。
この中間地点を降りると、玄関の屋根だ。
私でもなんとか飛び降りれるくらいの高さになる。
しかし、ここでも怖くなったのか、鳴きながら窓付近まで戻ってきてしまう。

「なんだよー、降りれないのかよー」
と言いつつ、抱っこして回収。
しっかりしがみつかれてしまう・・・よほど怖かったのか・・・。

その後、玄関から出してやりましたが、猫って屋根とか高いとことか好きよねぇ・・・?
家の箪笥の上とかにはよく上がったり下りたりするのに、屋根は怖いのかしら・・・。
傾斜があるらか?じゃあ今度は、テラスの窓でチャレンジしてみよう!

今日の入院日記→「リハビリしすぎて背中が痛い」とかぬかしつつ、昨日より半歩後退・・・。77歳のおばあちゃんは、もう結構自由に動かせるのに・・・。なかなか進まないリハビリ・・・きっと日ごろの運動不足のせいだ。筋肉がないんだ。



2002年12月17日(火) 嬉しいお知らせ

リンパに転移していなかったーーーーーーーーーーーー!!!

のっけからなんだと言われるかも知れないが、これが喜ばずにはいられるかってんだ。
知らせを聞いたのは昨日なんだけど、昨日からずっとにやけっぱなしだよ。
浦和レッズは天皇杯敗退し、福田が見られなくなり、悲しみのどん底であっても、天国まで上り詰めてしまう知らせなんですよ。

何がいいって、まず、そうするとあと一週間もすれば帰ってくる。
父と二人きりにならずにすむ(最近彼による諸々のストレスにより少々胃炎気味・・・)
抗がん剤で、苦しむ姿を見ずにすむ(抗がん剤投入して3日目から気分が悪くなり、人によるが一週間は気持ち悪く、つわりの状態なんだそうだ。3日目から気分が悪くなるので、「なんだ、大丈夫じゃん」と楽観していた頃に来るので、苦しみもひとしおなのだとか・・・)
母は間違いなく、気分が悪くなる(しかも人より長引く)タイプの人なので、これがないだけでかなり違う。

ただ、癌自体は女性ホルモンで成長するタイプの癌だったため、女性ホルモンをなくす薬を投入するらしいです。
これが、閉経して1年たってれば薬を飲むだけですむんだけど、そうでない人は、子宮に直接、腹からぶっとい注射を打つんですって!
しかも毎月。
まあ、抗癌剤と併用じゃないだけマシと思うと、そんなものには耐えられそう。

しかし、この結果が出るまでに20日かかってる人もいれば、母みたいに一週間ちょいで出る人もいる。
母の場合はとっても早い。
大体は二週間。退院直前に発覚し、退院が延びるわけだ。
あと少しで退院♪とか思ってると、奈落の底に落とされる・・・。

あまりに突然で、しかも早いので、半信半疑ではあるけど、とにかくよい知らせでした。

昨日の「先生を囲んでお茶会」の時に、脇からひじまで、つまり二の腕の部分が何故ぴりぴりして痛いのかを先生に聞いたところ、
「それは手術をしたからですよ」(当たり前)

???そういうことを聞きたいわけでは・・・

「知覚神経を取りませんでしたから。取ったら痛くないんですよ。取る方法と取らない方法があるんですけど、最近は取ってません」(はあ、そうですか)

???医学的に何故かを聞きたいのに・・・もういいや・・・「分かりました」と言って引き下がったらしいんだが、看護婦さんも納得いかなかったらしく
「いや、先生、そうじゃなくて・・・」
結局、リンパと脂肪とを摘出して、何もなくなってしまった部位を再興しようと頑張るために、痛いそうです。
そう、それがはじめから聞きたかったの・・・。

今日のほのぼの→中学生の五人組が横断歩道のない道路を渡ろうとしていた。速度が出てなかったので、まあいいかと思って渡らせようとしたら、一人しか渡らず・・・しかも渡ったその一人は、「えっ!?なんで皆渡らないのさ!俺だけ??」って顔してて、すっごいおかしかった。



2002年12月16日(月) ごみ当番

今日から、4日間、ごみ当番です。
ああ、すっかり主婦な響き・・・。

朝早いが、今日は天気が悪いので洗濯には不向き。
という事で、下にジャージをはいて寝る。
二度寝の準備ばっちり!!(いいのか?それで!)

朝、気になるのか、5時くらいに目が覚め、それから5分おきとかに時計を見る。
それを5時半まで繰り返し、ようやく寝付く→一時間後、悪魔の目覚まし音に起こされる

パジャマの上にコートを着、下はジャージなのでそのまま・・・立派なおばちゃん完成!!(書いてて悲しい)
昨日準備していた可燃ごみを手にとり、ごみ庫の鍵を持ち、自転車に乗ってさあ出発!(うつらうつらしながら)
途中、裏のおばちゃんに「おはようございます」と声をかけられてビックリするアクシデント(?)がありつつも、ごみをごみ庫に放り投げ、朝の任務完了!
二度寝に入る。

そして、午後の任務である、ごみ庫の掃除をしに、3時頃に再びごみ庫へ。
とりあえず周辺のごみを拾って、袋につめるのだ。
今日の収穫→割り箸、荷紐、ティッシュ、コーラのペットボトル(ごみ庫の上に放置)
コーラのペットボトルは、あまりにモラルがなくないか?
誰が掃除すると思ってんだ!とぶつくさ言いつつ、回収。明日の「缶、ビン、ペット」のごみに出すことに。
鍵をかけて終了!
あと3日も続くのか・・・

今日の入院日記→今日は『先生を囲んでお茶会』なるものがあるらしい。要するに「質問会」なのだが、普段聞けないことを、大勢の前の方が聞けないと思うのは私だけか?それより回診に来た時に聞けそうだが、いつもさっさと行ってしまうため、なかなか聞けないらしい。



2002年12月15日(日) 体重増疑惑

今日、二週間ぶりに会った職場のおばちゃんに
「ちょっとふっくらした?」
って言われちゃいました。

いや、体重減って元々ない体力が落ちるよりは、ちょっとふっくらしていいんだけど・・・
しかし、二週間でふっくらしちゃったら、一年後とかどうなる気?!
二週間ぶりに会った人から言われると、とっても説得力がある!

バイトしてるときより、今の方が気苦労多くて疲れてる。
実家とはいえ、母の管理下にあるこの家。
手抜きがなんとなく許されない。
きっと、私管理下の家であれば、週二回もごみ捨てに行ってない。
毎日掃除してない(今は、猫がトイレの砂を撒き散らすのでするしかないんだけど)
入院してるのが父とか弟であれば、毎日見舞いに行ってない(母の場合毎日、あれ持ってこい、これ洗濯してこいと毎日何かしら用事もできるし・・・)

しかし、精神的ダメージを受けようが、体重は減らない(ストレスためすぎれば別かもしれないが)

たかだか二週間で私は本当にふっくらしてしまったのか?
家に帰って早速体重計に乗ってみる
→変化なし

変化ないじゃん。
でもなんで言われたんだろう?

結論→『昨日酒呑んだから、むくんでいるんだ』に強制決定(楽観視&現実逃避)

今日の入院日記→日曜だから、誰か見舞いに来るだろうと構えていたのに、誰も来なかったらしい。いいんだけど、それはそれで・・・



2002年12月14日(土) あわただしい一日の始まり

昨夜、天皇杯の放送はないかなぁと、スカパーの番組をチェックしていると、夜中の1時から2時半まで見たい番組ができ、眠い目をこすりながら2時半まで見てしまったため、昼近くまで寝ていたら・・・。

母から電話。

寝ぼけ眼で取ると、なんと今から親戚の方々が来るとおっしゃるではありませんか!
飛び起きて顔を洗い、コンタクトをつけ(この場合トイレは後回し)着替えるために居間に行こうとしたら・・・

ギャーーーーーーーーーー!!!

台所に、クーのえさがまき散らかされているーーーーーーーー!

高いところにおいていたのに・・・そして、えさには目もくれず、その中に入ってた鰹節だけ食べた形跡が・・もちろん、鰹節もそこらじゅうに散乱。
親戚が来る予定時刻は電話があって10分。
急いで掃除機を出し、掃除をし、着替え、まだ来ない様なので、クーのトイレ周りを掃除し・・・
夜中の父の酒盛り後を片付け、テーブルの上を拭き上げ、なんとかお客様待遇部屋完了!(隣の寝室に、いらんものが散在してることは言うまでもない)

一応、コーヒーでも出す準備をするかーと思い、お湯を沸かしているときに、おばちゃん到着。

あれ?一人?
じゃあコーヒーいらないか(勝手に決めてお湯の火を消し、書類に印鑑押印)

すると、その後婆ちゃんと、おじちゃん登場!
ぎゃっ!3人か!しかも、既に囲まれていてお茶の準備とかできない!(おもむろに席をたつと、止められてしまう)

『いいんだ。そんなコーヒーとか期待してないし。そんな細かいこと後で文句言わないって』

と、自分に言い聞かせ、30分乗り切る。
正月に、「まったく気がきかない」と言われる自分が、ありありと想像できてしまう・・・ばかばか!自分のばかー!

今日の入院日記→3人部屋に移動です。今までは、痛がるのと喘息が出るので迷惑ってことで個室。しかし、移った3人部屋には、誰も入ってなく、当分広い一人部屋♪さーて、病室でご飯食べるかなぁ♪



2002年12月13日(金) 姉弟のやりとりにデジャヴを見る

最近、病院に小さな子供がいます。
お見舞いだと思うのですが、小学校低学年くらいの女の子と、幼稚園くらいの男の子。
いつも、お姉ちゃんが、弟の手を引っ張って歩き、人に会うと、元気な声で「こんにちはー!」。
人見知りしない、可愛い子です。

その二人が、今日、自動販売機にいました。
私も買うんで待ってたときのこと。

弟「ぼくが押す!」
姉「だめ!あんたは背が届かないでしょ!」
弟「ずるいー!」(ひとしきり騒ぐ。姉、知らん振り)
ここの自動販売機は、紙コップで出てくるやつで、取り口が自動ドアになってます。(意外と早くしまる。挟まりかけたこと有り)
弟「僕が取るー!」
姉「だーめ!危ないでしょ!」(しかし、弟はカップを取ろうとする姉の手をしっかり握って抵抗)

ウィーン・・・ガショッ!(自動ドアが閉まって姉の手が挟まった音)

!!!(今にも泣きそうな姉)

とっさにドアをこじ開けて、お姉ちゃんの手救出!
事故防止センサーみたいのはないのか!?

しかし、最後のオチはいいとして、なんか、このやりとりが妙に懐かしかったです。あれ・・・?

今日の入院日記→リハビリをはじめてみるものの、風邪をひいたとかでなかなか専念できず。退院前でも、まだ痛いという話を聞いて、ちょっとブルーに。まだ、90度までしか上がりません。頑張れ!



2002年12月12日(木) 伝統?

病院から帰る時間は、丁度中学生の下校時間と重なります。
私の校区の隣の中学校の生徒がぞろぞろと帰っています。
中には、無秩序に横断歩道のないところを横切るので、気が気ではありません・・・。

そんな中、一組のカップルが、この寒い中、ベンチに座ってうつむき加減で話しておりました。
「こんな寒いのに・・・ほほえましいなぁ(おばちゃん?)」
とか思ってみてると・・・

カバンがうちらの時代のとおんなじ!
白い肩掛けカバンなんです!
うちらの時代でも「ダサい!隣の学校かわいそう!」と思ってたのに!
うちの中学ではカバン自由になってたのに!
まだそれかよ!

時代が移ろい、制服が変わったり、体操服が変わったりしている中で、何一つ変わらない・・・一番変わるべきだと思ってたものが、いまだに残ってる。
ある意味すごいと思いました。
その後、その学校の生徒に注目して帰ってみましたが、やっぱり全員肩掛けカバンでした。
しかし、荷物はすっぽり収まる模様。
確かにでかいけど・・・それ自体も重そうだった。

今日の入院日記→ようやくチューブが抜けました。乳房の外周をぐるりと一本、脇の下から横腹にかけて一本・・・抜く時は、ぴりぴりしたそうです。また、乳房の外周のチューブに、肉が巻きついていたらしく(5日で取り込んでしまうの!?)なかなか取れなかった様です。ああ、聞いてるだけで、身の毛がよだつ〜!
まだチューブが入ってたところが膨らんでるし、違和感があるらしいです。



2002年12月11日(水) 買い物とお見舞いと

父が麻雀に行くというので、これ幸いにと、病室で弁当を食べ、酒を買ってのんびり帰宅したところ、父がいてびっくり!
キャンセルになったと・・・はぁ・・・。せっかく一人だと思ったのに・・・。

父の堕落話をし出すと、キリがないのでやめとくとしよう。

今日は、そんなわけで、5時間くらい病室にいたわけですが、やっぱりまだ痛そう。
点滴はこれで最後。でも、熱が出てるから分からない。

病室に行く前に、色々と買い物をしました。
ほとんど母のものですが・・・。

まず、蓋付きマグカップ。
病院のご飯は18時。
なのにお茶を持ってくるおばさんが17時に帰るので、17時前にお茶がくる。
談話室なるところにもお茶があるのだが、おばちゃんが持ってくるお茶は、ご飯用のお茶。
一時間も早いお茶の到着に初日はビックリしたもんだ。
てなわけで、一時間も放置して(大体はその前に飲んでしまうが)埃が入るのがいやなので、蓋付きマグカップが必要になる。
これが1200円もした・・・。
というわけで、一足早い快気祝いの一部という事にする。

そんで、いつもはだしでスリッパはいてたので、気持ち悪いということで、スリッパを購入。
使い捨て状態なので、100円ショップ。
暇つぶし用に、パズル雑誌も買ったので、鉛筆と鉛筆削りも購入。

そうこうしてると、一時間が簡単にたってしまった・・・。
私への買い物は、シングルCDのみ。
明日も、また母からの要求で、チョッキを購入しに行くことに・・・。
どうやら袖が長いと、傷に触って着にくい様子。

入院日記とほのぼのの合併版でお届けしました(されてるのか?)



2002年12月10日(火) 父もおだてりゃ・・・?

ちの父は、一つ、得意料理があります。
それは、デミグラスソース。
といっても、材料の大半がお好み焼きソースなんですが・・・。
「お好み焼きソースで本格的(?)なデミグラスソースができる!」というのが楽しかったのか、以来、おだてると作ってくれる様になりました。

母の入院の時は日曜の料理当番を父と決めました。
お母さんがいないと、通帳のありかから、米のありかまでまったく分からない父。
「何かあってからじゃ遅い」と言っても、「何かがあるか!」といった具合で、まったく覚えようとしません。
というわけで、日曜を強制的に父の日にし、「日曜やってくれないんだったら、私も今後何もしない!」という強硬手段に出ているわけですが、この前の日曜に作ったソース・・・まだ今日の分まで残ってます・・・。

この料理に絶対の自信のある父。
そして、褒めてもらいたくてしょうがない父。
作った初日、私に味の感想を聞いてきました。
普通に聞けばいいものを、
「味見していくうちに、味が分からんことなる」
とか何とか言い訳をつけつつ聞くもんで、内心すごくおかしかったです。

それだけにとどまればいいものを、朝昼晩と、病院食が出ている母に持って行けと言うんですよ。
「病院の飯よりこっちの方がお母さんは食べたいんだ」
とか言って・・・実際処理に困るわけですが・・・
だって昼は12時、夜は18時・・・お腹がその間にすくわけがない・・・。
「熱いうちにもっていけ」
とおっしゃられても、持って行ったところで、食べる余裕はない。

おだてると、木に登りすぎて手がつけられないのが難点です。

今日の入院日記→チューブから出る、老廃物の量が減ってきました。これが、50ccが二日くらい続くと、チューブを抜けるそうです。一昨日は100cc、昨日は80cc。順調?
リハビリの先生の発言「痛気持ちいいとこで止めてくださいねー」・・・ストレッチ?



2002年12月09日(月) 人との縁

ごみ捨てて、洗濯して、洗車して・・・
すっかり主婦な一日の始まりです。

今日のお昼はお好み焼き屋さん。
九州ではあまり食べられないもんじゃ焼きを食べてました。
土手を焼くのに四苦八苦していると、後ろからつんつん・・・

誰かと思ったら、9月にバイトを辞めた人でした。
以前彼女の新職場に顔を出しに行った時にはいなかったのに、こんな確立低いところで会うとは!

しかし、人の縁って、考えれば考えるほど不思議。
もう一日ずれてたら、生まれた場所が違ったら、進学先を変えてたら、会わなかった人がたくさんいて、むしろ会った方が奇跡で・・・。
疎遠になってからも、出先で偶然よく会う人もいれば、まったく会わない人もいる。

今回みたいに、ピンポイントで狙っても会えないのに、まったく予期しないところで出会ったり。
つきつめて考えていくと、生まれたことだって奇跡なんだよなーって思う。
つきつめてくときりがない。

私の話は、なんでこんなに飛躍するんだろう・・・これもナゾ・・・。

今日の入院日記→だいぶ痛みも引いた様です。何かの拍子に痛いらしい。今日はリハビリの先生が来て、訓練方法を習うらしい。まだチューブがついているので無理しなくていいって人もいれば、痛くてもどんどん動かしてねーって言う人もいて、困惑



2002年12月08日(日) 久し振りのお仕事

今日は、久し振りにバイトに行きました。
行く前は、とにかくめんどくて・・・。
昨日は、弟は下でいつまでも起きてるし、お父さんは、出かける前、こたつも電気も消さずに来る人だから、ちゃんと寝る前に消したか心配で気になるし(こんなことを心配される年ではありません)でなかなか寝付けませんでした。
もうこのままずっと病室にいたい・・・とほざいておりましたが(でも病室はすぐ眠くなる)行ってみると、なかなか楽しかったです。

まず、とっても久し振りで、リフレッシュしてるから、嫌な客がいても、嫌な気にならない!
これはとっても重要。(この状態が持続できる人を私は尊敬する。さきちんとか)
なんだかね、ずっと働いてるときは、「またお越しくださいませ」なんて、完全に社交辞令というか、台詞だったわけですが、今日の私・・・
「ちゃんと「また来てください」って思って言えてる!」
私の中でそう思えてるので、間違いありません。
自分のことなのに、「あんたどうしたの?」と聞きたくなりました。

年始は、やっぱり出動らしいです。懇願されちゃあ仕様がない。
父が、「忙しい時に出るなんて、いいように利用されてるんだ」と言いますが、いい人だからです。
これが嫌な上司だったら引き止められようがなんだろうが、
「いや、辞めますから」
って言います。私は。
あのおっさんに、何の人徳があるのか、ムカつくときもあるのに・・・。何故か断れない。いいキャラです。店長。

というわけで、今日は終始ご機嫌なままバイト終了でした。
アイスの仕様が変わっていて、とっても力がいってやりにくかった・・・。
サーティーワンとかの、アイス屋さんって大変なんだなぁと実感しました。

今日の入院日記→尿道についてたカテーテルを昼頃に、点滴を夕方にはずしました。手術部位の出欠、分泌物(何かはあまり知らない)を排出するために、体から管が出ているのですが、その管が、丁度神経に当たるらしく、かなり痛がってます。傷口よりはそっちが痛い模様。人によっては、まったく痛くないそうで、お見舞いに来てくれた、同じ病棟にいる人たちは、全員痛くなかったそうです・・。わずかな確立を見事にヒットさせる母・・・悪いことばかりにヒットするあたりが痛々しい・・・。
あ、昨日の麻酔してからの数時間・・・ほとんど記憶がないそうです。受け答えはするんですが・・寝言に近いのかな?寝言言ってるときに質問されても受け答えするって言うよね?あんな感じ。不思議・・・。



2002年12月07日(土) 手術

今日は母の手術日。
まずは、点滴。
昨夜から何も食べてないので、栄養剤。
その後、手術30分前に筋肉注射。
この時点で、昨夜徹夜して、今朝帰ってきた弟、ダウン。母の病室でお休みタイム突入。

そして、母が手術室へ。
私と、母の母・・・つまりおばあちゃんは、母の病室で待機。
この間、孫の教育について、延々と愚痴を聞かされる・・・。
そんな・・・ねぇ・・?勉強しろって何度も言われると、やる気もそがれるもんだし・・・個々の能力差ってのはあるんだから、「こんなに金かけてもちっとも成績よくならない!」なんてえぐいこといわれても・・・。
段々聞いててかわいそうになってきたので、読書に入る。そして眠くなったので、20分ほど仮眠。

終了予定時間30分前に手術室の隣の病室へ移動。
しかし、予定時間30分後にようやく終了。

切り取った乳房を見せて頂きました。
今夜は焼肉の予定。父はちょっと気持ち悪かった様子。
男の人って、こういうの苦手な人多いよね。
私は平気。
癌自体は、白くて堅い塊。
乳房は、きれいでしたよ。脂肪の塊・・・。筋肉で支えられてるんだなぁと実感。
なんかね、だらーんと広がってんの。
小さい小さい思ってたけど、こんなにあったんだーって感じ(失礼)

今の所、目で見る限り、リンパへの転移はないそうです。これから顕微鏡検査に出すそうです。
乳房も、ホルマリン漬けにして、癌センターに行くそうです。
ここで、女性ホルモンで発育する癌なのかどうかとかを見るんだそうだ。
その前に写真とって見せてくれるってさ。

んで、病室に戻ってきてすぐに麻酔からさめた様に見える母。
とりあえず、傷口がかなり傷むそうで、痛み止め注射イン!
しかし、効き目がないらしく、しかめっ面のまま・・・。
手術終って2時間半後くらいかな。だいぶ目が覚めた模様。
おそらく、この2時間半の記憶は、断片的にしかないと思われます。うつらうつらしてた。覚めたと思われる後は、比較的しゃきしゃきしゃべってたから。
全身麻酔って、こんな風なんだーって実感。

手術は成功。大成功。転移の可能性も低く、かなり安心できる内容でした。
後は、アフターケアですな。
明日は仕事の前にも後にも病院へ・・と、ハードスケジュールの予定です。

今日のほのぼの→昼食をうどん屋さんでとる。5人組の家族連れが、4人席に、カウンターから椅子を一つ持ってきて、無理やり置いて座ろうとする。
通路が狭いので、さすがに店員さんに止められる。
仕方なく、カウンターに2人で座るのかと思いきや、母親一人がカウンターに着席。一人でとっても寂しそう。その後、来た食事を少し与えたり、なんたりで、何度も席をたってました。



2002年12月06日(金) 手術説明

昼ごはんにしようと、お湯をわかし、お茶漬けの準備をしていると(質素・・・)裏の家に「すいませーん!住宅リフォームの件なんですがー」と言う勧誘の声!
うちにも来る!と思ったので、とっさに電気を消し、テレビの音量を低くし、居留守。そんな始まり。

執刀医の先生から説明を受けました。
なんか、レントゲン写真を貼るときに、じーっくり見て、「ん?」って顔しながら貼るんですよ。
ちょっとドキドキ。

そんなドキドキとは裏腹に、見解としては、以前と変わりなく、レベル1。
リンパは、今の手術方法としては、切除するそうで、その後、リンパを一つずつ検査して、リンパに転移があるかどうかを調べるそうです。
そして、結局リンパに行っていれば、今の所全身に転移している様なレントゲンは取れなかったけど、小さな細胞が肝臓とかに行っちゃってるかも知れない・・・という事で、制癌剤を使うそうです。
全身に行ったかも知れない癌細胞全滅大作戦ってとこです。
でも、抗癌剤になるので、髪の毛が抜けたりなどの副作用があるとのことでした。

リンパにいってると、入院伸びるんだよー・・・それだけがいや・・・。
んで、胸筋の切除は行わないとのことで、リハビリ的には、そんなに問題ないことが判明。

しかし、レントゲンを見せてもらいました。
言われたから、「これがしこりなんだー」って分かる程度で、いわれなきゃ分からない!医者ってすごい!
まあ、これで分からないと、ヤブってことなんだろうけどさ。

今日のほのぼの(?)→朝からうるさくしていたクーちゃん・・・。今日は洗面所の近くに吐いていて、危うく踏み掛けました。お漏らしの次は・・・まあ、いいけどさ。



2002年12月05日(木) クーちゃん・・・そ・・・それだけは・・・!!

クーちゃんとは、以前にも書いた、うちの箱入り猫のことです。
クーちゃんは、寂しかったり、具合が悪かったりすると、お漏らしをします。
これが原因なのかどうか知りませんが・・・。

いつもは、居間の隣の部屋。母の布団の上にどっかりと座り込み、しかも電気こたつ(足元用)を奪うかたちで陣取って寝るわけですが、その母が昨日いませんでしたよね?
いつもいる場所に、母はおろか、布団までない!
この後(かどうかは知らないが)私の部屋のドアを頭突きで開け、私の布団の上にどっかりと寝たわけですが、朝起きたら大変なことに・・・。

そう、居間にある、私の座椅子の上にお漏らししてたんです・・・。
半径15センチくらいの、丸い染み・・・
臭いをかぐと、案の定・・・。
おそらく私の部屋に来る前にやったものだと思われます。

確かに、昨日は具合も悪かった・・・。
一昨日は父の布団の上にお漏らししていた・・・。
それを考えれば、この事態は予測・・・できねえよ!
買ったばかりの座椅子に何てことを・・・。

その後、洗剤をつけた布で頑張って染み抜きをしてみましたが・・・
ちょっと臭いが残ってます。
これに座るのか・・・私・・・。
寝る前は、座椅子の上に座布団を置いて寝ることにします。

今日の入院日記→今日は、抗生物質にアレルギーがあるかないかのテストをした模様。注射するんですが、注射した後のアルコール綿に負けた様で、真っ赤になったそうです・・・。全然違うところで、看護婦さんをビックリさせました。



2002年12月04日(水) 入院、そして・・・?

母が入院しました。
なんか、今ペースメーカーとかを使ってる人がいないので、基本的にはダメだけど、今の所は携帯の所持、使用は黙認状態だと言われ、急に携帯電話購入へ。
今までかたくなに「必要ない」と拒んでいた母も、今回ばかりは必要らしく、あっさり了承。

という事で、母の代理として契約するため、委任状をもらいに・・・。
それをもらうときに、「3回線目だ」と伝えたはずなのに・・・
これが後に、私の怒りに火をつける。

さて、おなかもすいたし、店長から頼まれていた、書類作成が出来上がっていたので、携帯屋から、30分かけて店舗まで直行。
ご飯を食べ、家に帰り、携帯に必要なものを準備。
おかずが少ないと母が言うので、漬物を切って容器につめ、いざ再出発!

まずは携帯。
さて、ここで、問題発生。
「3回線目になると、一人2回線までなので、家族の人数を証明するもの(住民票とか)が必要になります」
は?そんなこと聞いてないよ?何それ?準備するものの中に入ってないですが?
すると、その姉ちゃん
「誰に聞きました?」
犯人捜したって、何したってダメなら、言いたくないよ!
仕方がないので、母の携帯なのに、私名義にすることに・・・私の携帯は母名義・・なんだこれ?
大体、一度行って戻るのがいやだからわざわざはじめに聞きに行ったのに、また戻れとはどうかしている。
私のガソリン代と時間の代償(ただでさえ忙しい日だっていうのに)を補償してくれるのかい?

朝から父に喧嘩売られ、携帯屋に喧嘩売られ・・散々・・・。

んでもって、母に携帯を届け、愚痴ってすっきりし、病院の談話室に行ってみました。
皆結構明るくていらっしゃる・・・。
手術の面白話とか、検査結果の話とか、色々聞けて楽しかったです。

今日のほのぼの(最近話題が暗いので、チー様の要望にも応えて、話題が微妙なときは、こんなことを試みる)→道路の脇に植わってるイチョウの葉っぱがはらはらと舞い落ちる。それにじゃれてる犬がとっても可愛かった。



2002年12月03日(火) 犬の死

昨夜、うちで飼っていた犬が、死去しました。
まだ9歳でした。
尿道癌で、切除すると、一生外に出れなくなるということで、手術はしない方向に決まりました。
それから、3ヶ月のことでした。
旅行に行く前は、なんとか立てたし、水も飲めました。飲み込めなかった様ですが。
帰って来たら、立つことはおろか、動くだけでも悲痛な声を出して痛がりました。
家族会議の結果、安楽死を選びました。

何をされるのだろう?っていう目で、点滴の準備を見てました。
その姿を見たとき、まだいけるんじゃないかって思いました。
まだ興味示す元気は残ってると。

どれが、正解だったのか、いまだに分かりません。
本当なら、あとどのくらい生きたのだろう?
まだ、生きたかったのだろうか?
食事も取らず、水もほとんど飲まず、長い間頑張りました。

飼い始めた頃、弟と散歩に行きました。
まだすごく小さくて、色々なものに興味を示し、あまりにのんびりと一箇所にとどまるので、
「置いていくよー」
って、紐を離して先に進み始めると、追いかけてきたり・・・。
年を取るにつれて、紐がなくなったらチャンス!と言わんばかりに猛スピードで脱走しましたが・・・。でかいし、はやいしで捕まるわけがなく・・。
一度は一日帰ってこなくて、探しに行こうとしたら帰って来たことも・・・。

力が強すぎて、母も私も、散歩に連れて行くと、どこかを負傷するため、散歩に連れていけなくなりました。
弟が大学行ってからは、ほとんど散歩にいけませんでした。
それが、最大の後悔です。
癌だと気付いたときには、散歩も、途中でばてる状況でした。

発見が早かったらかどうなったわけでもないかも知れませんが、ヤブ獣医が、誤診に誤診を重ねたことは、やっぱり許せないです!
はじめから、あまりいい感じではなかったけど、近くでないと、連れていけなかったので・・・。

最後の最後に清掃センターに持って行くと、ごみと一緒ではなく、犬とか猫とかと一緒に焼いてくれて、そんなに粗末じゃないって言うので、火葬をやめて、清掃センターにもって行くことにしたんです。
それまで、ごみと一緒が嫌で、火葬場を探したんです。
なのに、だいぶ前にシステムが変わったとかで、ごみと一緒に焼かれました。
流石に涙が止まりませんでした。

最後の最後まで、私の中で最低な獣医でした。

我が家のライちゃんへの思いは、やっぱり大きな感謝です。
覚悟していても、ぽっかり穴が開いた様で、何をするにも、倦怠感が漂う感じです。
間違いなく、家族の一員でした。
本当にありがとう。お盆には帰ってきてね。



2002年12月02日(月) 温泉旅行

さて、今日は、駅周辺の散策です。
昨日の散策がイマイチ微妙で・・・本だとすごく広く感じたのに、とっても狭かったりと・・・。

しかし、今日の散策は違いましたよ!
まず、一件目の雑貨屋さんで1時間も買い物・・・いい物がたくさんあって迷いました。

その後、雑貨屋さんを中心に、猫グッズばっかり置いてる店で母がカバンを買い、ガラス館なるところで、万華鏡を見て遊んだりしながら、気付いたら3時間たってました・・・。

犬もいるし、いまいちお父さんは世話してなさそうだし、やばいなってことで、ご飯に蕎麦を食べ、物足りないのでてんぷらを食べ歩き、1本100円の銀杏串を3本で200円にまけてもらってまた食べ歩きながら車まで。

今回の目的は温泉ツアー!
という事で、コバルトブルーになるとかいう温泉に立ち寄り。
そろそろ湯疲れしていて、「もういかなくていいかも・・・」ってムードの中、とりあえず受け付けて、温泉へ。

本当にコバルトブルーなんですよ!
晴れてたから、きれいだったのかも知れません。基本的に乳白色なのかな?
ぬるめのお湯で、とっても気持ちよかったです。
でも、これだと片乳がなくても入れそうです。目立たないから。
でもきっと、片乳がなくても、明るくても入ります。
「どうでもいいや」とか言います。確実に。
でもそれじゃ、旅行に行く口実ができないので、とりあえずそういうことにしときました♪

そして、そこで焼きプリンを堪能し、家路についたのでした♪

総括→旅行は疲れるけど、やっぱり楽しいな♪



2002年12月01日(日) 温泉旅行♪

せっかく携帯から更新できる様にしたって言うのに、肝心のパスワードを忘れちゃあ話になんねえ・・・。
という事で、一日遅れな更新。

この日は、「片乳がなくなる前に大浴場に入ろう」旅行で、湯布院に行きました。
そう。この前登山をした、由布岳のある場所です。

バタバタと家の仕事を済ませ、11時前に出発!
高速使って一気に到着です。

湯布院の郊外にあるアートギャラリーを見て回りました。
面白かったのは、ダンボールアート。
一点一点手作りな店です。
ダンボールで作った椅子とか、服(飾る用)とか、額縁とか。
個性あふれる店でした。
そこには、子猫がたくさんいました。すっごい可愛かった!
ふと、目をやると、捨て猫の虚勢手術代の募金箱が。
どうりで、このへん猫が多かったわけだ。納得。

その後、目ん玉が飛び出るくらい高い、手作り和小物の店へ。(小さい飾り雛でも1万円・・)
ここのオーナーさんは、毎週土日に大分市にある自宅から、店を開くために湯布院まで来てるそうです。
だいたい車で一時間強でしょうか。
でも、病弱だったのが、治ったらしく、生きがいを感じる人生を垣間見た気がしました。
人間、何か責任とか、趣味とか持ると、元気になれるのかもなぁ。

お次は、ステンドグラス美術館。
教会のステンドグラスも見れました。
入場料が高かったけど、こんな城みたいな施設なら、こんなもんか・・って感じ。
管理も金に糸目がつけられない風でした。

さて、お待ちかね。この日のメインイベント、ホテルの温泉!
3週間前に上った由布岳が前面にパノラマで広がる、絶好のロケーション!
露天は、イマイチでしたが、内湯から広がる景色はすばらしかったです。

夕食は、和風懐石がメインなんですが、洋風料理の前菜になりそうなサラダが、最後に出てきたり・・・。
メインのメインは、豊後牛のしゃぶしゃぶ♪
「天気のいい日は、由布岳に放牧されている牛で・・・」

あ・・・あの牛かー!!!

そう!3週間前、登山口を捜して迷走している最中に見かけたあいつらです!
そう思うとかわいそう・・・
・・・瞬く間に完食。おいしかったです♪
君らうまいよ♪

その後、また夜に温泉に入り、アイスを食べ、だらだらと至福の時を過ごしたのでした♪


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