淋しい風。 - 2005年05月30日(月) お出かけの帰り道。 夜風はまるで 楽しみにしていた花火大会の帰り道に 吹かれる風のように どことなく淋しく また 涼しくて静かだった。 私は きっと この「風」が好きなんだと 思う。 私は たぶん あと 何年か経った やはり夏の始まりの夕暮れに お腹の中の彼女と手を繋ぎ 歌を歌いながら こんな風に吹かれているんだろうなと そんなふうに思った。 私は彼女のよいママになれるのかな。 優しくて 嫌な顔ひとつせずに あたたかく 彼女を包んであげられるのかな。 笑いかけて いっぱいだきしめて 頬を寄せて 優しく髪を撫でて。 それでも やっぱり私は 淋しい風を好むのだろう。 彼女の 小さな手を握って私は 何を感じるのだろう。 彼女の 小さな手の温かさに私は 何を心に決めるのだろう。 私は一体 何になれるんだろう。 それでも やっぱり私は 淋しい風を待ちわびるかも知れない。 ... 宝石箱。 - 2005年05月13日(金) 久しぶりに 晴れた昼間に外出したら あまりにも緑が眩しくて 目を細めてしまった。 いつの間にか こんな季節が訪れていた。 まだ若い樹木の葉は光を通して 黄緑色のセロファンの様に 枝で揺れていた。 立体交差を車で渡ると 水は陽の光にきらめき 緑の森と 高層ビルの間に開けた青空が 妙に印象的だった。 今日から臨月だから 毎週の病院通い。 まだ彼女は下がってきておらず 子宮口も固く閉じたまま。 最近、通院の度に訪れる新生児室。 授乳を終えた まだ生まれたてのベイビーたちが 泣いたり眠ったり身体を揺すったりしながら 気圧の重みに馴れようとしている。 それがとっても無邪気であり 健気でもあり 可愛く感じている。 今日は診察後 院長先生によばれて会いに行くと 臍帯血バンクへの協力をお願いされる。 皆に申し出るわけではないらしく 適当な人をみつくろって 声をかけるようだ。 院長先生と彼が知り合いだから 是非にと頼まれたのだが 海外渡航経験を尋ねられ BSEの関係で 私は臍帯血の提供者として相応しく無いと知る。 父が白血病だった為に 是非協力したかっただけに 本当に残念でしかたがない。 献血も駄目らしい。したがって、骨髄バンクにも 登録できないんだろう。 そんなこんなを先生と話しているうちに 新生児室への面会時間が終わってしまい 今日は ベイビーちゃんをみることを仕方なく諦める。 病院を出ると 目の前にいつもタクシーが停まっている。 乗り込むと、いつもの運転手さんだ。 2回に1回はその運転手さんに当たる。 道を説明するまでもなく、家の前まで運んでくれる。 家には新生児用の紙オムツがケース毎おいてある。 私は『ムーニー』にしたのだけれど そのパッケージに写っているベイビーちゃんが とっても可愛いのだ。これがまた。 こんなお顔だったらよいのにねえ と いつも心の中で思っては 癒されている。 今の所 お腹の中の彼女には なんの異常もみつかっていない。 手足はあわせて4本あるし、指も各々5本ずつある。 心臓も胃も腎臓も異常無し。水頭症でもない。 胎盤も極めて一般的な場所におさまっている。 まだまだ 産まれてからで無いと わからないことは 沢山あるだろうけれど 胎児として発見できるような異常はいまのところ 無い。 そう考えてみると 私って よい意味でも悪い意味でも 極めて普通なんだなと思ったりする。 自分にとって私は とても特別な存在なのだけれど 何かをピックアップしてみたところで 特に際立ってイレギュラーな部分もない。 それは喜ぶべきか悲しむべきか(笑) もう 陽射しも気温も 夏に近付いている。 あと少しだけ太陽に近付きさえすれば。 今年のホタルは 彼女と一緒に見られるかも知れない。 貝殻でできた風鈴を探しに行こう。 透明で高く響くあの音を 彼女に聞かせてあげよう。 綺麗なもの 素敵なことばかりを 彼女の記憶に詰め込んであげよう。 記憶を辿ると 宝石箱を開いた時のように きらきらと光るものばかりだと 幸せだから。 ... 雑記。 - 2005年05月06日(金) どんよりとした空。 昨日迄の青空は嘘のようで あと数時間もすれば 街は雨に包まれてしまうだろう。 この連休の青空が広がっていた間に 彼女の肌着を 石鹸で手洗いして 干してアイロンをかけた。 肌の弱い新生児に 新品の肌着の糊はよくないと 母に言われたから。 一つ知ったのは 新生児の肌着の縫い目が外縫いに なっていること。 ファミリアのはそうなっているけれど 他のメーカーのものは知らない。 外縫いにして、わざと縫い目を外にだし それを アクセントにしているのかと思いきや 縫い目の刺激が赤ちゃんの肌を過敏にするかもしれないという 心遣いであるということに気がつく。 なるほどな。 大した事ではないけれど なんでも経験すると学習する。 先日 出産後に実家に里帰りするために 赤ちゃんグッズを車にのせて彼と運んだ。 玄関の扉が開いたとたん、歩けないはずのポメが ヨロヨロとよろめきながら 前庭にある階段を急いで かけ下りて 喜んでこちらにやってきた。 私によってきたものだとばかり思って その場でしゃがみ込み ポメを迎えようとすると 私の前を素通りし 彼の足元で ちぎれそうなほど 尻尾を振って目を輝かせた。 歩けないのに歩いた事と 私の前を素通りしたことには とても驚いた。まったく。 実家からの帰り際、父がポメを抱きながら 「この犬はよい事と悪い事がしっかりわかっている犬だから 赤ん坊が居ても悪さをしないので 心配はいりません」と 彼に説明をしていたのだけれども そんな父の姿を見て はじめて 親バカだなあ というか 飼い主バカだなあ と醒めた目で見てしまった。 確かに実家のポメはとても利口だが 過信しすぎるのも どうかとも思う。 彼女が生まれたら 見せてあげたいものが沢山ある。 もちろん 私の大切なポメもそうであるけれど 樹の間からこぼれる光とか それがつくり出す蔭とか 澄んだ綺麗な海とか 緑の稲が作る草の波とか ペンギンの行進とか 羊の毛狩りとか クマのダンスとか いちめんのなのはなとか 心許ないホタルの光とか ただただ青い空とか 風とか 星とか いろいろ。 こういうものを みて抱く感覚を 彼女と共有できればと 思う。 ...
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