HIS AND HER LOG

2007年06月01日(金) 月待ち



紅里がそこに辿りついた時、既に上空に舞い上がった船の中では
死闘が繰り広げられていた。
まるで、あのときのようだ。
彼女はそう思った。
あのとき、彼女がまだ10代だった頃。
日本という小さな国で毎日のように行われた殺し合い、
砂煙と血液と澱んだ空気にまみれながら、
その中で誰よりも多くの人を殺した、地獄のようなあの時代。
今、目の前の彼らが行っているそれは、
正しくあの時代の縮小図であった。
もはや、目的などないのだ。
正確に言うならば、彼らの大きすぎるそれは、
限りなく狭い彼ら、及び人間の視界においては
ほとんど認識不可能なのであった。
だから、彼らはあるようでないようなそれに従うポーズをとりながら、
ただ、現状を打開するために、息をし、動き、人を斬る。
彼らがしているのは、それだけのことにすぎなかった。

そして、彼らを束ねるあの男ももはや、
それだけの人間に成り果てているに違いない。
紅里はそのことだけに、少し胸を痛めた。
彼の動機が故人の復讐にあることは伝え聞いて知っていた。
だが、それももはや形だけになる頃合いであった。
それを、彼女は身をもって知っていた。

彼女は、足を速めた。
未だ衰えることのない戦闘種族たる足取りで、
地面を蹴って宙を舞い、半壊した船の端に身をおろす。
それに気付かぬように刀を振り回す侍たちの間をすり抜け、
男の気配を追った。
そして、船べりにくすんだ紅色を見とめた。

(相変わらず、派手な着物…)

男は紅里を見止め、一瞬驚いたような顔をすると、
口をにたり、と歪めて笑った。

「お前は来ないと思っていた」
「高杉さん…」
「待ってみるもんだ…でっけえこの月さんの所為かねえ」

かぐや姫様が舞い降りなすった。
紅里に対峙する片目の男、高杉晋助は言った。
言って、じっ、と紅里の瞳を見詰めた。
探るように、それでいて何かを伝えるように。
紅里はこの時初めて、逃げたいと思った。
多くの人間が悲鳴をあげ、刀を振り回す中で
一人佇んで自分を待ったこの男を、
連れて逃げたいと、そう思ったのだった。


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ハチス [MAIL]

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