AFCサッカー選手権決勝が行われ、オーストラリアが韓国を「2対1」で破って優勝しました。両チームとも予選グループリーグの戦いにおいては、危ない場面もあって「戦力的」には日本よりやや劣っているのかなと思っていましたが、決勝トーナメントに入ってから試合毎にどんどん成長してきたようです。決勝戦は素晴らしいゲームとなったようです。(ハイライトしか見ていません)
両チームとも若い人材が育ってきていることがポイントです。昨年6月のワールドカップでアジア勢は予選リーグで惨敗でした。日本も韓国もオーストラリアもひとつの試合も勝てませんでした。そのどん底からオーストラリア、韓国は「世代交代」を図ってチーム力を強化してきました。そのライバル2チームに対して、日本は殆どワールドカップのメンバーで、「闘い方」もほぼ当時のままで今回のAFCの戦いに望み、見事予選リーグ敗退となりました。果たして次のワールドカップに出場することはできるのでしょうか。
イラクとシリアの両国に跨って自ら「イスラム国」を名乗っているイスラム原理主義(過激派)が勢力を維持しています。そのイスラム国に忠誠を誓ったというエジプトの反政府組織がエジプトシナイ半島でエジプト軍・警察組織を襲って30人程の死者を出したそうです。中東の国々においては自国政府に不満を持つ反体制派が武力に訴えて反乱を試みる事件が相次いでいます。各国の反政府組織はどうも「アルカイダ系」「イスラム国系」の二つのグループに集約されて行きそうです。
現在はこの「アルカイダ系」と「イスラム国系」は対立関係(ライバル関係)にあるとされていますが、果たして今後とも対立の構図が続くのかどうか不明です。というのも両者には「イスラエル」「米・欧州」「自国の専制王政政権」という共通の敵があります。現在このような共通の敵を横において勢力争いをしている状況なのです。この二つの流れは「アルカイダのテロ能力」と「イスラム国の人民統治能力」を併せ持つ組織に一体化されない保証はどこにもありません。
イスラエルは現在モスリム内部の争いに「高みの見物」を決め込み、米・欧州連合は「空爆」に徹しています。現地で直接戦っているのは「イスラム国に敵対する反政府勢力」ですが、この勢力は非常に頼りない組織です。イスラム国に正面から挑んで優勢に戦っているのは「トルコ系クルド人組織」だけで、クルド人勢力以外のシリア・イラクの反イスラム国勢力はアメリカがどれ程訓練して武器を提供しても「イスラム国」と真っ向から勝負するとは思えません。
アメリカは「イスラム国」を決して「国」としては認めないでしょうが、それならばイラク・イラン・イエメンにおいてどのような勢力が政権を握るのと期待しているのでしょうか。「イスラム国」に対抗できる「健全な反政府組織」を育て上げることができるのでしょうか。その「健全は反政府組織」は「イスラム教」とどのような距離を持つべきなのでしょうか。残念ながらトルコのような安定した非イスラムの「世俗政権」を樹立するのは難しいと思います。むしろ統治能力がある「イスラム国」の変革・発展に期待することはできないのでしょうか。「日本人人質事件」はまだ解決していませんが、人質解放に向け当事者間で「交渉」ができる状況であるとすると、「イスラム国」は以前に比べて変化してきているような気がします。
思い返せば、第二次世界大戦では先進国どうしで戦い、ユダヤ人大虐殺があり、日本の東アジア侵略があり、戦争解決のために「二発の原爆」が必要でした。その時からまだ70年しか経っていないのです。西側あるいは欧米諸国が「十字軍の野蛮さ」「南北アメリカ大陸の住民虐殺」「奴隷制」などの蛮行から「健全な社会」に変わるためには数百年の年月が必要でした。「イスラム国」が変質し国際社会に受け入れられるような国になるという状況は不可能なのでしょうか。
| 2015年01月29日(木) |
オバマ夫人・インドネシア女性に注目 |
オバマ大統領夫妻がサウジアラビアを訪問しました。サウジアラビアのアブドゥラ国王の追悼のためにインド訪問を切り上げての弔問でした。オバマ大統領は「サルマン新国王」との首脳会談に臨み、両国間の懸案事項である原油価格問題を話し合ったものと思われます。しかしネットで話題になったのは「ミッチェル夫人」の方でした。
非常に敬虔なイスラム教国サウジアラビアに現れた「ミッチェル夫人」は肌の露出は控かえたものの、頭をスカーフで隠すことなく、あっけらかんと「サルマン新国王」と握手しました。アメリカ大統領夫人ですから可能だったのですが、サウジアラビア国の女性と他のイスラム諸国の女性にとっては非常な驚きであったと思います。こういう大胆な行動を堂々としてしまうミッチェル夫人は大したものだと思います。
クリントン夫人とかキャロライン・ケネディ大使なら、頭にスカーフをかぶり現地の風習を重んじたと思います。アメリカのエスタブリッシュメントに属する人達には、やはり何処か保守的な行動パターンが見られると思います。しかしオバマ大統領にも更にミッチェル夫人にも「過去の権威・過去のしきたり」等に拘るのではなく、現在の自分達の気持ち・誠意を精一杯表現しようとする「人間性」が勝っているように思われます。
インドネシアで「セルフィー」が流行っていて、ネット上に若い女性の素顔が大胆に掲載されていることに対してイスラム法学者などが苦言を呈しているという話があります。スマホ世代のインドネシアの若者にはネットで自己表現することは全く自然な行為なのです。自分を表現することを当たり前に考えているインドネシアの女性の行動は非常に大切だと思います。
インドネシアの若い女性、オバマ夫人等現代の女性が堂々と自己表現していることに将来に対する明るい見通しを持つことができると思います。ミッチェル夫人には是非ともアメリカ大統領を目指して欲しいと思います。インドネシアの女性にはどんどんセルフィーで自分を撮影して、将来の夢に胸を膨らませる美しい顔をどんどん掲載して欲しいし、スカーフを奇麗ですが、スカーフを取って様々な髪型を試してみて欲しいと思います。
| 2015年01月28日(水) |
アンネ家族とアウシュビッツ |
大昔からある「アンネの日記」を読み返しています。1月27日がアウシュビッツ強制収容所の解放日だったので、アンネの家族の生活を辿ってみたいと思います。
1926年6月12日、アンネがフランクフルトで生まれる。生きていれば今年の誕生日で89歳。
1933年、ドイツでのナチス党台頭の状況下フランクフルトから家族でアムステルダムに引越し。
1942年7月、秘密の隠れ家に引越し。
1944年6月、連合国のノルマンディー上陸作戦開始の情報に希望を抱く。
1944年8月4日、アムステルダムの「隠れ家」が発覚。その後オランダの強制収用所に家族で連行される。
1944年9月3日、連合軍の進軍のため、収容所のユダヤ人はアウシュビッツに向けて出発。
1944年11月、アンネと姉マルゴットはアウシュビッツからドイツのベルゲンベルゼン収容所に移される。
1945年1月、アンネの母エディットがアウシュビッツにおいて病気で亡くなる。
1945年1月27日、ロシア軍によってアウジュビッツが解放され父オットーが救出される。
1945年2月、ベルゲン・ベルゼン収容所で姉マルゴットが病気で死亡。
1945年3月、ベルゲン・ベルゼン収容所でアンネが病気で死亡。
1945年4月15日、ベルゲン・ベルゼン収容所解放
1980年8月、アンネの父オットーが亡くなる。
昨日のアウシュビッツ強制収容所解放70年の式典には収容所から解放された300人程の生存者が参加したそうです。もしアンネがそのままアウシュビッツに収容されていて1月27日に救出されていれば今年89歳ですから、まだまだ元気にこの式典に参加できていたはずです。しかしアンネの家族には不幸や不運が重なり、戦争を生き抜くことが出来たのは父親のオットーひとりでした。
アンネは私の亡くなった母より「5歳」も年下でした。アウシュビッツも太平洋戦争も現代の戦争なのだということは忘れがちです。「アンネの日記」のようにキチンと歴史を記録することが大切なことを痛感します。
| 2015年01月27日(火) |
アウシュビッツ・リメンブランス・デイ |
1月27日はポーランドのアウシュビッツで「アウシュビッツ強制収容所解放70周年記念」の式典が行われます。1945年のこの日アウシュビッツに到達したソ連軍によってアウシュビッツ強制収容所が解放されました。今年2015年は解放70周年で特別なセレモニーが行われるのだそうです。ヨーロッパの主要国首脳が出席して行われることになっています。70年前に収容所解放を行ったのが「ソ連軍」ですが、ロシアのプーチン大統領は欠席だそうです。ポーランド大統領が最初にアウシュビッツを解放したのは「ウクライナ兵だった」と発言したことに対する反発だという噂です。そのロシアは5月9日に対独勝利70周年記念のセレモニーをモスクワで開催する予定でそこに主要国首脳を招待しているそうです。
近隣の中国・韓国も対日戦勝利70周年記念のセレモニーをそれぞれ開催することになるようです。中国・韓国との現在の関係を考えると日本政府首脳が参列することにはなりそうもありません。8月15日には日本政府も日本国民が静かに敗戦70周年を迎えることになりそうです。そうした終戦70年の節目も意義があるのではないかと思います。天皇陛下が正月元旦に発表された言葉が非常に印象的でした。その通りだと思います。「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今極めて大切なことだと思っています。」
今のところ終戦70周年の特別なイベントとしては「日本政府のメッセージ」があるだけです。中国・韓国国民だけでなく日本国民も終戦70周年の日本政府のメッセージに注目しています。これまでの政府見解は20年前の「村山談話」です。安倍首相は基本的に村山談話を踏襲するも、「今までのスタイルを踏襲することなく」と言い始めています。日本国政府の気持ちをより的確に表す「表現」があればベターですが、「言葉」の選択には十分注意して欲しいと思います。一旦政府談話が確定すると20年或いはそれ以上日本政府(国民代表)の公式見解となるのですから。日中国交回復交渉では「迷惑」と言う単語を巡って中国と日本の間で悶着がありました。
そして将来とも日本国内から異論の出ないような形で作成して欲しいものですし、河野談話のような状態にならないように十分に練り上げて欲しいものです。そして何より近隣諸国から歓迎されるメッセージでなくてはなりません。
| 2015年01月26日(月) |
オバマ大統領のインド訪問 |
今日26日はインドの共和国記念日(憲法制定日)です。ニューデリーでは大規模な祝賀行事が開催されますが、今年はアメリカのオバマ大統領夫妻が出席しました。昨年就任した「モディ首相」との蜜月関係をPRするオバマ大統領の訪問でした。オバマ大統領は明日27日にアグラのタージマハールを訪問する予定でしたが、これを急遽キャンセルしてサウジアラビアを訪問することになりました。23日に亡くなったサウジアラビアの故アブドラ国王の弔問に行くことになったためです。
世界最大の産油国でOPECの中心的な存在のサウジアラビアの同行は世界の原油価格を左右します。急激な原油価格低下でアメリアのシェールガス業者が「ヒーヒー」言っている状況なので、このあたりで「中期的な原油生産量の腹合わせ」をする必要があります。また弔問外交で「ISIS」との戦い、イスラエル・パレスティナ問題での突っ込んだ話し合いも可能だと思います。
既にノーベル平和賞を受賞しているオバマ大統領としては残る任期中に何とかノーベル賞に相応しい功績を残したいところでしょう。キューバとの関係改善に加えて中東でもポイントを追加できればかなりのものです。今年は第二次世界大戦終戦から70周年。これから世界各国で行事が目白押しです。解決できそうな課題からひとつひとつ解決していくことが大切だと思います。
| 2015年01月25日(日) |
ISIS日本人人質事件 |
ISISに拘束され人質となり身代金2億ドルとの交換を要求されていた「後藤さん、湯川さん」ですが、「湯川」さんが殺害された模様です。そして残った人質「後藤さん」の交換条件としてヨルダンに拘束されている女性テロリストの釈放という新たな条件が提示されました。
日本政府の立場としては「テロには屈しない」というものなので、2億ドルの身代金支払いもできないし、人質釈放のために拘束されている「テロリストの釈放」を求めることは難しいので、「後藤」さん救出は非常に困難な状況にあると思います。兎に角事件が進行中であり、日本政府は現時点で精一杯のことをしていると思いますので、「後藤さん」が無事救出されることだけ祈っています。
| 2015年01月24日(土) |
ラグビーワイルドカードトーナメント一回戦 |
ラグビー全日本選手権出場を目指して、トップリーグAグループの5位から8位チームとBグループの1位から4位チームによる選手権出場の2枠を争ってワイルドカードトーナメントが一回戦の二試合が行われました。NTTコムアークス(Aグループ8位)はリコー(Bグループ首位)と秩父宮で闘いました。今日負けてワイルドカードトーナメント敗退が決まると今シーズンの最後の試合となります。妻と一緒に出かけて応援してきました。
試合は「12対16」でリコーが勝ちました。この試合まずアークスがペナルティゴールを決めてリードしたものの、リコーの早いパス回しで押し込まれて闘う場面が多く、結局アークスはトライをあげる事が出来ませんでした。NTTアークスにはトップリーグ第7節のサントリー戦の時のような「勝利への執念」は見ることが出来ませんでした。結局アークスはトップリーグ後半戦からワイルドカードトーナメントまで全敗となりました。
この試合で相手リコーで非常に目立ったのが「スタンド・オフ」背番号10番の「コリン・ポーク」選手です。大型の選手ですが非常に機敏な動きで神出鬼没の選手です。ポーク選手を基点とする攻撃が非常に多彩なため、リコーの攻撃力が増します。キックで味方を走らせる攻撃も多彩ですが、パスしたボールを再び受け取って自分で走りこむ攻撃にも威力があります。更に体が大きいので守備力もあります。今日NTTアークスはの試合は「ポーク選手」の巧みな試合作りに負けたような感じでした。今日はスクラムでは押し負けていなかったのですが攻撃力の差が出てしまいました。ラグビーはチームとして「攻撃の型」を作り上げることが大切だと思いました。
| 2015年01月23日(金) |
サッカー日本代表UAEの敗れる |
オーストラリアで行われているサッカーアジアカップはグループステージを勝ち抜いた8チームの間で決勝トーナメントが始まっています。韓国・オーストラリアが既に準決勝進出を決めています。日本はUAEとあたりましたが延長線も闘い「1対1」で決着付かずPK戦で敗れました。
日本はグループステージでは対戦国に恵まれたと思います。昨年ブラジルワールドカップで1勝つも出来なかった チームから殆ど進化していないチーム力ですが、グループステージは首位通過してしまいました。しかし決勝トーナメントでは通用しなかっただけのことだと思います。PKを失敗したのが「本田」と「香川」というブラジルワールドカップの日本代表のコアメンバーだったことは皮肉ですが実態を表していると思いました。
今回のAFCの結果・、昨年のブラジルワールドカップ惨敗から日本代表の闘い方を根本から見直して欲しいと思います。アギーレ監督の采配は今日が最後だと思いますので、しっかりした監督人事を行って欲しいと思います。日本代表が世界レベルに近づくためには、中長期的なチーム力強化が必要だと思います。やはり「機動力サッカー」を目指し、「全員の走力強化・パススピードアップ・長距離パスへの対応力強化」のために若手中心の代表育成をするべきだと思います。
| 2015年01月22日(木) |
チャイコフスキー「フィレンツェの思い出(Souvenir de Florence)」について |
昨年秋にフィレンツェを旅する機会を得たのですが、それをきっかけにしてチャイコフスキー作曲の弦楽六重奏曲作品70「フィレンツェの思い出」が気になっていました。楽曲はボロディン四重奏団(チェロパートはベルリンスキー)にヴィオラとチェロが参加したCDを借りてきて何回も聞きました。一楽章冒頭から非常に濃密に書かれた音楽で演奏も素晴らしいです。チャイコフスキーがどんな気持ちでこの曲を書いたのか興味が湧いて少し調べてみました。
チャイコフスキー(1840〜1893)のイタリアに纏わる曲としてはブラスバンドでも良く演奏される「イタリア奇想曲」が有名です。イタリア奇想曲は作品45で1880年の作品であり「フィレンツェの思い出」は1890年作曲の作品番号は70番です。「悲愴」交響曲が作品74番です。チャイコフスキーは「悲愴」を作曲した後数か月後に亡くなりますので、「フィレンツェの思い出」はチャイコフスキーの晩年(死の3年前)の作品ということになります。非常に明るい「イタリア奇想曲」とは時代が違います。
チャイコフスキーの音楽生活を語るとき「ナジェジダ・フィラレートヴナ・フォン・メック(1831〜1894)(メック夫人)」の存在は避けて通れません。メック夫人は夫の鉄道事業成功で大金持ちになりました。彼女は非常に権威主義的で自分の子供達の結婚にも口を出したという封建主義的な方のようですが、音楽家を育てることには非常に思いれがあり多くの音楽家を助けました。チャイコフスキーはメック夫人お気に入りNo1だったようです。チャイコフスキーには1877年から1890年まで13年間に渡って毎年多額の援助をしまし、そのお蔭でチャイコフスキーは作曲に専念することができました。この間チャイコフスキーの多くの名曲が作曲されました。有名な所では交響曲第4番(作品36)がメック夫人に捧げられています。チャイコフスキーが数々の名作を後世に残すことができたのはメック夫人のサポートのお蔭でした。
しかしメック夫人とチャイコフスキーの関係は非常に風変りな関係でした。10数年間大金を送り続けたメック夫人はチャイコフスキーと会おうとはしなっかのでした。その代わり二人の間では1200通を超える手紙の遣り取りがありました。メック夫人は自分が死んだ後には手紙の全てを廃棄することを言い残したようですが、膨大な手紙は子孫の手元に保管され現在はネット上でもチャイコフスキー愛好家が読めるようになっています。手紙に中ではチャイコフスキーの作品のこと、恋愛めいた話等非常に緊密な交信がなされているようです。メック夫人はチャイコフスキーに対してどんな感情を抱いていたのか。愛情もあったと思われます。
メック夫人とチャイコフスキーは記録ではロシアで一回だけ会っているようです。しかしイタリアのフィレンツェにあるメック夫人の別荘にチャイコフスキーは何回も滞在したことがあるので、その別荘であるいはフィレンツェの音楽会で二人が顔を合わせていたことは十分に在り得ることです。もっと言うとロシアではなく外国のフィレンツェならばもっと大胆に会えたのではないかと想像できます。チャイコフスキーの作品45のイタリア奇想曲はチャイコフスキーが一回目の結婚が破綻して心に傷を負ったときに滞在したイタリア・フィレンツェで構想されたのでした。このフィレンツェ滞在もメック夫人の計らいのようです。
チャイコフスキーは1886年サンクトペテルスブルグ室内楽教会会員に選ばれたお礼に室内楽作品を作曲しようと考えたようです。そして1887年に弦楽6重奏曲の作曲を開始しますがチャイコフスキーの筆はなかなか進みませんでした。しかし1890年フレンツェでスペードの女王の作曲に没頭しているころから急にこの弦楽6重奏曲の作曲が進展し1890年に完成しています。
時期的にピッタリ合致するかどうか詳しく分かりませんが、チャイコフスキーは13年間支援してくれた「メック夫人」の破産を、そして彼女は病気で床に臥せっていることを知って、メック夫人のために「弦楽6重奏曲」を作曲したのではないかと想像されます。チャイコフスキーとしては大きな交響曲ではなく病室に奏者を招けばベッドでも聞くことが出来る室内楽を選んだのでした。お世話になったメック夫人の別荘で今度はメック夫人を慰める為に「フィレンツェの思い出」を書いたのでした。
日本語では「思い出」と訳していますが単語は「Souvenir」です。多分メック夫人が二度とフィレンツェを訪れることがないだろうと考えたチャイコフスキーが「フィレンツェ」を音楽に託したのだと思います。更に言うと手紙の遣り取りとは別に「チャイコフスキーとメック夫人」が同じ時を過ごすことができた「フィレンツェでの時間」が「Souvenir」なのかもしれません。これはチャイコフスキーとメック夫人の二人にしか意味が分からない題名なのかもしれません。
因みにメック夫人の別荘はフィレンツェ市を流れるアルノ川の南の丘の上「Florence via di San Leonardo 64」にあったのだそうです。現在はグーグルマップで付近の様子を知ることができますが、大きな屋敷が点在する保養地のような場所です。フィレンツェ中心街へのそれほど遠くはありません。メック夫人は売れっ子作曲家となったチャイコフスキーの「お土産」を聴いてさぞ嬉しかったことと思います。そのメック夫人は交響曲6番「悲愴」を作曲した後数か月後に亡くなったチャイコフスキーを追いかけるようにして亡くなったのでした。
「フィレンツェの思い出(6重奏曲)」は必ずしもイタリア風とは言えません。むしろ3・4楽章はロシア風の旋律だと思います。しかしこの曲が「メック夫人の思い出」を描いた曲だと考えると納得できる点が多く在ります。最初にメック夫人に捧げられた交響曲第4番に似ている部分が多々あるように思えるのです。第一楽章の唐突なな濃密さ、ロシア風の旋律、印象的なピチカート等・・・。「フィレンツェの思い出」をこのように聞いてみるのも良いのではないかと・・・思います。
| 2015年01月21日(水) |
最近の阿倍首相の動向が気になります。 |
昨年の秋以降、阿倍首相の「言動・判断」に「?」を感ずることが度重なっています。国民の多くの方も気になっていると思います。第一次内閣の時は体調不良で退きましたが、今回は別の心配事がでてきました。以下列挙します。
� 〆鯒�11月に意味無く衆議院を解散して12月に衆議院選挙を行ったこと。衆議院選挙は予想通り「自由民主党・公明党」の与党の大勝利でした。しかし選挙のための費用「700億円」は本当に国民のためになったのでしょうか。選挙で目立ったことと言えば、現職野党第一党の代表の「海江田氏」が落選したことぐらい。選挙をしなくても当分自民党政権が続いたでしょう。
�� 昨年11月の沖縄知事選で現職(自民党寄り)の「仲井眞氏」を「翁長氏」が破って当選しました。これは普天間基地の辺野古移設反対の沖縄県民の意思表示でした。沖縄県民の選んだ新知事に対して「阿倍首相・菅官房長官」は面会を拒否しています。更に「報復」のような形で2015年予算における沖縄関連予算を削減しました。沖縄県民の意思を無視する非常に大人気ない行為だと思います。
�� 2015年1月17日は阪神淡路大震災発生から「20年目」の節目の年でした。神戸市で開かれた「追悼大会」には天皇皇后両陛下が出席されて被災地の住民等と共に震災で亡くなった方々を追悼しました。阿倍首相はこの重要な式典に参列しないで、経済界のリーダを引き連れて「中東(エジプト・ヨルダン・イスラエル・パレスチナ)歴訪」に出かけてしまいました。
�� 第二次世界大戦終結から70年の節目の年でイスラエルの「ヤド・ヴァシェム(ホロコースト博物館)」を訪問して献花を行い「声明」を発表しました。しかし、嘗て枢軸国3国の一角を占めた日本の現役リーダとして「アジア・アメリカ」にある第二次世界大戦記念碑に対してどのような行動を採ろうとしているのか全く情報発信がありません。中東歴訪出発直前に「阿倍首相パール・ハーバー訪問」という観測記事が流され官邸は直ぐに否定しました。中国・韓国との関係は極度に冷え切っています。
�� 中東歴訪で如何にも金満であるかのように25億ドル(3000億円)の「支援」を打ち出しました。(エジプト430億円、ヨルダン150億円、パレスチナ120億円、イラク・レバノン240億円で残り2000億円は使途不明です。)イスラエルではアメリカでさえ手を焼いている入植地からの撤退の国連決議遵守をネタニアフ首相に迫りました。ネタニアフ氏が「過激派のテロは日本にも及ぶかもしれない」と警告した直後に「ISIS」が二人の日本人人質の命と240億円の身代金の交換を要求してきました。
円安・株高がアベノミクスの効果だとして成果を強調する阿倍総理ですが、歓迎しているのは「首相の取り巻き」だけではないでしょうか。アメリカのオバマ大統領がレイムダック状態なので「阿倍首相」のハイプロファイルが目立ち過ぎです。「攻撃的武力」を持たない日本が積極的平和主義を主張してアメリカ・ヨーロッパを支援するときに、「テロ脅威から日本国民を守る術」は何なのでしょうか。紛争地域だけでなく世界各地に「世の中の危険に無頓着な」日本人観光客が溢れています。積極的平和主義を推し進める阿倍首相はまず「国民に覚悟を求める」必要があると思います。
| 2015年01月20日(火) |
スリランカ大統領選挙の裏でインドスパイが暗躍? |
香港の「South China Morning Post、SCMP(南華早報)」がコロンボとニューデリーからの情報として「スリランカ大統領選挙に際し、インドのスパイが「ラジャパクサ大統領打倒」のために工作をおこない、選挙に先立って国外追放となった」と報じました。SCMPはインドと中国とを比べると「中国寄り」ですから、中国政府への「リップサービス」の意味を十分あると思いますが。
記事の内容は、中国との関係を深めるスリランカの「ラジャパクサ大統領」がインドと協定に反してインドに通告せずに中国の潜水艦2隻のコロンボ港寄港を認めたことが直接に引き金となったのだそうです。インドの秘密工作員は「当時ラジャパクサ政権内部にあった「マイトリパラ・シリセナ氏」に対してラジャパクサ政権からの離脱を説得し、当時野党第一党の党首で大統領選挙立候補が予想された「ウィクレメシンゲ氏」を説得して立候補を断念させ、前大統領の「チャンドリカ・クマラトゥンガ女史」の支持を取り付け、野党統一候補としての「シリセナ氏」の選挙運動を支援したということです。
この話は十分にあり得る話だと思われます。大統領選挙後に「ウィクレメシンゲ氏」が政権運営経験者として「首相」に就任しましたし、シリセナ氏は「チャンドリカ・クマラトゥンガ女史」に与党党首就任を要請しました。そして何より大統領選挙実施決定以前には無名だった「シリセナ氏」があれよあれよという間に「野党統一候補」の座を確保したことでした。
インドの秘密工作員はスリランカ国民の気持ちを非常に良く理解していたのだと思います。「内戦勝利・終結」の英雄「ラジャパクサ氏」の政治は身内ビイキで汚職の噂は絶えませんでした。さらに内戦後の民族融和・戦闘で荒廃した地域の復興が遅れていて国民の間には不満が燻っていました。そこで、これまでのスリランカ有力政治家の体質とは違って清廉潔癖な印象の「シリセナ氏」を大統領候補選び、反ラジャパクサの政治家を総動員して大統領選挙を戦わせたという話は納得できます。
結果として大方の予想に反して「マイトリパラ・シリセナ氏」の大統領選出となりました。選挙自体はスリランカ国民の選択に間違いありませんが、常に混乱し遠回りするスリランカの政治体質と違ってあまりにもストーリーが出来過ぎているように気がしました。
今後のスリランカ情勢としては、すんなり身を引いたラジャパクサ氏の動向、ラジャパクサ時代の汚職追及があるのかどうなのか、更にはラジャパクサ氏に接近した「中国」の出方も気になるとことです。更に言うと「サンフランシスコ講和会議」における「恩」を忘れることなくこれまでずっと経済援助を続けてきた日本政府がインドと中国の間でどのように動くのかも注目したいところです。
18日民主党代表選挙が行われて「岡田克也氏」が民主党代表に選出されました。岡田代表は以前にも代表を務めたことがあり今回二回目の代表就任となります。鳩山さんや菅さんよりはずっと若いですが、以前から民主党中枢部で指導的立場にあった方だけに新鮮味に欠けます。民主党が政権奪還を目指す道を進み始めるとはとても思えません。
今回の代表選挙で、一回目の投票は国会議員・地方議員と党員・サポーター票を含めて行われました。一回目投票では僅差で細野氏が1位となりました。しかしその細野氏の得票数が過半数に達しなかったので国会議員により2回目の投票が行われ、一回目3位だった「長妻氏」の国会議員票が岡田氏に多く流れて岡田氏が勝利したものでした。岡田氏は長妻氏が立候補したお蔭で一回目の投票で細野氏が過半数を取らない限り「勝てる」と考えていたようです。
今回の民主党代表選挙での岡田代表決定のキャスティングボートを投じたのが長妻氏支持の労働組合系議員となってしまったことは民主党の今後を考える上で非常に辛いと思います。前にも書きましたがイギリス労働党が政権交代可能な政党に変身するためには「労働組合色」を塗り替える必要がありました。自民党政権に満足していない国民も労働組合の注文に左右される政党を政権政党には選ばないでしょう。労働組合も大分変ったとは思いますが相変わらず「春闘」・「スト」だと騒いでいる体質を残していては国民は政権を託さないでしょう。
今回岡田氏と細野氏が団結して長妻氏と争っていたら圧倒的多数でどちらかの候補が当選し、民主党の政権奪取姿勢は明確になり野党再編の可能性を残したと思うのですが、長妻氏支持グループが岡田氏に「恩」を売ったことによって野党再編は遠退きました。自民党にとっては望んでいた通りの民主党代表選挙となりました。維新の橋本代表には「現在の民主党より自民党を支持する」とまで発言されてしまいました。後はなかなか腹の内を晒さない「岡田代表」の起死回生の指導力発揮が一縷の望みです。

長らく使ってきた「タニタ」の歩数計ですが、先週ワイシャツのポケットに入れたまま選択してしまいました。洗濯機から異常な音がしているとは気づいていたのですが、妻が洗濯物を出してみて初めて「歩数計」だったことが分かりました。こういう事態への対応に詳しい妻に頼んで、アルコール洗浄して中に入った水をできるだけ取り出したのですが、暫くの間は反応していた「液晶」が全く何も映し出さなくなってしまい、壊れた状態となってしまいました。仕方が無いので新しい「歩数計」を入手しました。グループ会社施策で健康増進施策を進めており、今エンド分の補助金を利用して会社推薦の「ヤマサ」の「歩数計」を購入しました。(写真の上が壊れたタニタ製、したがサマサ製です)
「タニタ」の歩数計は通常の歩数計機能の他に不審者撃退用の「ブザー音発生機能」が付いていました。これは夜間の女性の歩行エクササイズなどでは威力を発揮するのでしょうが、一方で中国から飛行機の乗るときの「没収」の危機に瀕しました。2回引っ掛かりその度に電池を破棄処分して、ブザーが機能しない状態にして没収を免れましたのでした。今回購入した「ヤマサ」万歩計はそうした余分な機能は付いていないので、中国での没収の心配はありません。一方で「ヤマサ」万歩計にはUSB接続端子が付いていて、歩数記録をインターネットを経由して健康管理システムにアップロードできるようになっています。「万歩計」も進歩したものです。
| 2015年01月17日(土) |
スーツケース購入で考えたこと |
昨年秋のイタリア旅行でスーツケースのローラーが壊れてしまい、そのほかの部分も大分傷んで来たので、私の中型スーツケースを廃棄したのでした。そのスーツケースは10年以上前にスリランカでの短期間出張用にスリランカで購入したものです。ブランドは「スリランカ・テインバーランド」でソフトタイプですが、スーツケースの「マチ」の部分には硬いプラスティックが入っていてファスナーで蓋をするのですが結構丈夫でした。
娘が近い内に海外出張するということで、私の壊れたスーツケースの代わりのスーツケースを買い娘に貸し出すことにしました。ということでインターネットでスーツケースの勉強をしました。最終的に今日北戸田イオンのカバン屋さんにいって中型のスーツケースを買ってきました。
今回勉強してみてスーツケースは随分進化(?)してきていることを知りました。多分昔は「海外旅行」そのものが機会が少なく、飛行機代も高価だったので「一回の旅行で盛り沢山の目的」を詰め込むために多くの「荷物」が多く必要になっていたと思われます。更に発展途上国への旅行する場合には、現地のホテルの状況、食料事情も良く無かったので、旅行には日本から色々な物を持っていくことが多かったと思います。先進国でも日本食の調達が困難であった場合には日本から「好物」を持っていきました。
その状況が全く様変わりしているのだと思います。格安航空会社の登場で飛行機代は安くなりました。つまり長い休暇が取れなくても短期間の海外旅行が可能となり、一回の旅行で長期間旅行するのではなく、何回にも分けて旅行することが可能となりました。更に先進国においては健康食として定評のある「日本食」は容易に手に入るようになっています。日本のコンビニが世界各国に進出していて様々なの物が現地で購入可能となっています。
こういう状況に対応して海外旅行の必需品である「スーツケース」にも変化が現れてきたのだと思います。最大の変化は「軽量化」「扱いやすさ」だと思います。昔のスーツケースは収納物の損壊を防ぐために丈夫に作られていましたが、今や一定の丈夫さを確保した上で「軽いスールケース」が流行しているようです。そしてスーツケースの軽量化のため素材改良が行われ、頑丈さが売りで金属のフレームが付いている「フレームタイプ」の他に、軽量化を目指してフレームを省いた「ファスナータイプ」が市場に多く出回っています。
但し、海外旅行するのは日本人だけではありません。相変わらず長期休暇を取って旅行する欧米人は多いですし、旅行の機会の限られている発展途上国の人達は多くの荷物を抱えて旅をすることとなります。大量の荷物を持って移動する旅人の中で、日本人が少ない荷物で気軽な服装で旅をする光景に出会ったことは何回もあります。日本は安全でコンビニ等でなんでも買えるので「金」さえ準備していけば何とかなると考えている旅人が多いのではないかと思います。そういった事情は理解できるものの、やはり日本ではない外国の状況には十分注意して準備できることは準備しておくことが望ましいと思います。
| 2015年01月16日(金) |
久しぶりに埼京線大混雑に遭遇 |
今日夕方、池袋で用を足した後に埼京線で帰宅しようと池袋・埼京線ホームに上がったところ、埼京線下りホームは電車に乗れない客で大混雑の状況でした。構内放送によると、下り4番戦ホームに停車している列車のパンタグラフにビニール袋が絡まってしまったとのこと。その列車は下りホームで30分近く動かない状況だったようです。勿論この4番線ホームの下り列車は満員ギューギュー詰め。3番戦にも次の下り列車が止まっていましたがこれもほぼ満員でした。
4番線ホーム列車が「先発」だということで、後から来た利用客が身体を押し込もうとします。車内はドア近くに限らず車内中央付近まで満員でした。私もドア付近の隙間を狙って後ろ向きに身体を押し込めどうにかこの列車に乗ることができました。ところがここで構内放送が流されました。「車両の都合で3番線ホームの列車が先発します。」 当然ですがドア付近の客のかなりの人数が今度は3番線の列車に殺到しました。3番線列車に前から乗っていた人達にはラッキーです。私も4番線列車から3番線列車に乗り換えました。
先発列車に乗ることができてやっと安心していたところ再び構内放送。「先発は4番線の列車になりました。ご迷惑おかけして済みません」。こうなった以上意地で4番線ホームの列車に移りました。そして漸く下り列車は出発しました。車内は勿論超満員。身体が曲がったまま駅を3つ通過しました。しかし、それほど混んでいるというのに、スマホを取り出してゲームを始めようとする方がいました。周囲の冷たい視線も何のその「メール」のやりとりをしていました。余程緊急の用事があったのでしょう。
スリランカを訪問した「ローマ法王」が短いスリランカ滞在時間の中で、北部の「マドゥーチャーチ」を訪問しました。コロンボからマドゥーまでの長時間の車での移動は高齢な法王の身体に非常に大きな負担になるだろうと思っていたら、コロンボとマドゥーチャーチの間をヘリコプターで往復したということです。
幸運にも私はマドゥー教会を訪問するチャンスがありました。とにかくとんでもないジャングルの中にある教会なのです。辿り着くことが困難であればある程「巡礼」の価値が上がると考えるならば、マドゥーチャーチは世界でも有数の「巡礼地」なのです。
私が訪れた時代は周囲のジャングルはスリランカ反政府組織の支配下でした。当然ですが戦局が緊迫してくると訪問することはできませんが、幸い私が滞在した時代に内戦終結に向けた話し合いのムードが醸成され、政府軍・反政府軍とも非常に冷静に対応していたので訪問することが出来たのでした。
教会のあるジャングルの南側には北西部の主要都市マナーに向かう街道(マナー・ロード)がヴァウニアから走っています。その道沿いには嘗て鉄道が走っていましたが、当然のことながら鉄のレールは全て剥がされていました。この鉄道の復興はまだ時間がかかりそうです。
フランシスコ法王の訪れを機会にマドゥーチャーには「キリスト教徒」だけでなく、仏教徒・ヒンズー教徒・イスラム教徒のスリランカ人が多く参拝に押し掛けたようです。考えるとスリランカにある教会(キリスト教)、寺院(仏教)、コーヴィル(ヒンドゥー寺院)、モスク(イスラム教寺院)は非常に寛容だったと思います。宗教の別なく誰でも参拝できました。
この状況に比べるとインドの現役のヒンドゥー寺院(世界遺産に登録されていない)とかゾロアスター教寺院の「アジアーリ」は異教徒の神聖な区域への入場を断っていました。スリランカのおおらかさの基本は多数を占める仏教徒の姿勢にあるのかもしれません。数日前の大統領選挙で「国内融和」に向けてハッキリと意思表示したスリランカの人々は、フランシス法王を迎えて法王の法話を聴き、フランシス法王と共に祈ったことで、自分達の選択の正しかったことを実感したと思います。
| 2015年01月14日(水) |
幼い子を戦争に巻きむとは・・・ |
ナイジェリアでは自爆テロ事件が連続発生しています。1月10日に発生したナイジェリア北東部の自爆テロ事件では爆弾を身体に巻いて自爆したのは少女であったとのことです。多くの人が集まる市場付近で発生した事件では二人の少女が自爆しましたが、ひとりの少女が自爆した後にもう一人の少女が怖くなって逃げ出し、逃げる途中で爆弾が爆発したとのことです。
この少女は自分の身体に爆弾が巻かれているとは知らなかったので、一方の少女が自爆した光景を見て事態を理解してパニックになったのではないかと思われます。ナイジャリアでは過激派「ボコ・ハラム」が多数の少女を誘拐した事件がありましたが、このような形で少女を戦争の道具に使うことになるとは考えていませんでした。全く同じ人間の仕業とは思えません。
シリアの「ISIS」からは少年がスパイを処刑する映像が公開されたようです。幼い少年がスパイ容疑の二人の外国人に対して発砲している映像だということです。少年はこれからISISの兵士に育てられていくのでしょう。平気な顔で残虐行為を行う兵士になっていくのでしょうか。純粋な幼い子供をテロリストに育てていく仕組みには暗澹たる気持ちを持ちます。
70数年前に「神風特攻隊」を考え出した日本の行動も多分欧米諸国を震撼させたのだと思います。戦争終盤の発生した「南太平洋諸島での日本人(軍人・民間人)の玉砕」も欧米人には理解することは難しかったと思います。現在の日本国民の殆どは上記の「子供を戦争の道具に使うこと」を理解できないと思いますが、私達の親世代・祖父母世代は日本人が経験した恐ろしい時代を覚えているはすです。
終戦70周年の今年、かつて地獄を経験した日本人が何か現在の現代世界の問題解決に繋がるような活動ができないものかと考えてしまいます。
| 2015年01月13日(火) |
フランシスコ法王がスリランカ訪問 |
今日からローマ法王がスリランカを訪問しています。就任したばかりのシリセーナ大統領には非常に嬉しい法王の訪問だと思います。何と言ってもフランシスコ法王は「宗教対立解消、人権侵害救済・正義の実行」に対して非常に毅然とした主張を打ち出しています。現在の世界の至る所に見ることができる「過激派・原理主義等」の人々が一般市民の生存を脅かす活動をしていることに対して非常に心を痛めています。
シリセーナ大統領も民族紛争終結後のスリランカ社会の民族間の融和が進まないこと、国民の間の貧富の差の拡大していることを憂えていました。フランシスコ法王もシリセーナ大統領も、「インフラ整備・経済立て直し」だけではスリランカの民族問題は解決しないと考えていました。今回の法王の訪問は政権交代を実現したシリセーナ大統領・スリランカ国民への大きな激励になったと思います。
ところでフランシスコ法王は短いスリランカ滞在の中でスリランカ北部の「マドゥー教会」を訪問する計画があるようです。マドゥー教会はスリランカ最古のカトリック教会で、都市から非常に離れた場所にあったお陰でインドゴアからキリスト教が伝道された頃の遺物をたっぷり残しています。フランシスコ法王のスリランカ訪問を期にキリスト教会の修復・復興が進んで欲しいと思います。
| 2015年01月12日(月) |
サッカーアジアカップ開幕 |
サッカーのアジアカップがオーストラリアで始まりました。グループDの日本・イラク・ヨルダン・パレスチナによるグループリーグ戦一回戦が今日行われ、日本は初戦でパレスチナと戦い「4対0」で勝ちました。試合の内容はこれからのアジアカップでの戦い、その後のワールドカップを目指す戦いにおいて大変な苦戦が予想される戦い振りだったと思います。
勝たないよりは勝った方が良かいと思いますが、勝ったことによって日本代表チームの危機感が緩んでしまうことが一番心配です。それは昨年のブラジルワールドカップにおける惨敗のことです。そしてその後の日本代表立て直しに向けた抜本的な意識改革が必要なことです。新聞でもネットでも日本サッカーの目指す方向性がかなり議論されました。しかし、まだ日本の「ポゼッションサッカー」を捨てきれない雰囲気があります。しかし日本のポゼッションサッカーは強豪国には通用しないはあきらかです。
それは「スピードの遅いパス」を回すことで「ポゼッションできている」と選手もファンも考えている事から来ます。日本選手は基本テクニックレベルが低いので「早いパス」を受けきれないのでパススピードは遅くなります。加えて長距離パスはボールスピードが速くなるため長距離パスも受けられないのです。このような緩いパス回しをしていると敵と接近した時にボールを奪われてしまうので、どうしても接近戦を嫌がり敵から離れた所でパス回しを行うこととなります。こうした試合方法では強豪国に勝ことはできないでしょう。
グループDのもうひとつの試合「イラクとヨルダン」は非常に厳しいサッカーをしていました。イラクもヨルダンも選手の能力は非常に高いです。日本は次にイラクと戦うこととなりますがそこで現在の日本代表の力が厳然と評価されることになるでしょう。
今日はラグビー「トップリーグ」の第2ステージ最終戦がありました。これまで応援してきた「シャイニングアークス」は第7節まで7戦全敗でグループAの最下位です。前節のサントリー戦では「意地」を見せて「一点差」の惜敗だったので、今日は「1勝」を期待して秩父宮ラグビー場に出かけました。相手はAグループ3位の東芝でした。
さすが「サントリー」より上位にいるだけあって東芝は強かった。試合結果は「31対14」の敗戦でした。この試合ではアークスは最初から良いところなく、東芝は着実に点差を広げていきました。後半30分過ぎからアークスは疲れの見える東芝から連続トライを奪いましたが試合の趨勢は既に決まっていました。この結果アークスは第2ステージ全敗で8位が決定です。これでトップリーグの試合は終了です。
アークスの今後の試合日程は「全日本ラグビー選手権」にむけたトップリーグワイルドカードトーナメントとなります。全日本選手権にはトップリーグ上位4チームが自動的に参戦できますが、トップリーグの残り二つの代表枠決定のために、トップリーグAグループの5位から8位チームと、Bグループ1位から4位までのチームの間のトーナメント試合が行われます。
Aグループ最下位のアークスはBグループ1位の「リコー」と1月24日に戦うことになりました。トップリーグ上位Aグループの下の順位の下位Bグループとは言え、相手はBグループで勝ち試合を重ねてきた強豪です。強いAグループの中で連戦連敗のアークスには厳しい相手だと思います。ここは是非Aグループの維持を見せて欲しいと思います。
なお、トップリーグAグループ上位4チームによるプレーオフトーナメントには、神戸製鋼、ヤマハ発動機、東芝、パナソニックが進みました。ワイルドカードトーナメント出場チームは、NTTコムアークス、リコー、サントリー、近鉄、キャノン、NEC、トヨタ自動車、NTTドコモです。また、2月8日に開幕するラグビー全日本選手権に出場する大学4チームは、帝京、筑波、慶応、東海の4大学チームです。ラグビー今シーズンの最後の山場がやってきます。
フランスのパリでイスラム過激派のテロが相次ぎました。ひとつは風刺漫画で有名な出版社にテロリストが突入した事件、もうひとつは女性警察官銃撃事件です。二つのテロ事件犯人は現場から逃走して、それぞれ印刷工場、スーパーマーケットに人質をとって立て籠もり警官隊との睨み合いとなりました。そしてほぼ同時刻に警察部隊が突入を敢行してテロリストを殺害し人質を救出しました。しかし出版社襲撃事件では12人の犠牲者が、女性警官殺害事件では女性警官の他に人質4人が殺害された模様です。
フランスはアフリカに多くの植民地を持っていた関係でアフリカ系住民を多く抱えています。そしてその住民の多くはイスラム教信者です。従ってフランスは人種・宗教に関して自由であり、異なる宗教・人種の国民の間の融和を図ることが社会安定のために必要でした。もう一つのフランスの特徴は「自由」です。アメリカに贈られた「自由の女神」は自由の象徴です。今回「表現の自由」を貫いた風刺画家・および出版社がイスラム過激派に襲われました。フランスのオランド大統領は懸命にもこの二つの事件を過激なテロリストの犯罪として激しく非難する一方で、フランス国内で宗教間の対立に繋がらないように細心の注意を払いました。この姿勢はアメリカオバマ大統領を始めとする現在西側の指導者が非常に注意しているポイントです。
しかしフランスの風刺漫画家もイスラム教の人達の考え方をもう少し斟酌すべきであったと思います。幾ら「表現の自由」があるといっても「他人に嫌な思い」を与えることは差し控えるべきだと思います。イスラム教において偶像崇拝は禁止されているし、モハメットやその家族の肖像を描くことは伝統的に行われていません。これはキリスト教、仏教と全く異なるイスラム教の習慣であり伝統なのです。「モハメットの顔」が風刺画で描かれることについては「イスラム教徒」が嫌悪感を感ずることは容易に想像できます。この嫌悪感を「テロ行為」に繋げてしまう「過激思想」が良くないことは明らかなのですが、他の人の気持ちを「Offend」するような行為は慎むべきだと思いました。
| 2015年01月09日(金) |
スリランカ大統領交替 |
8日に投開票が行われたスリランカ大統領選挙で、現職ラジャパクサ大統領の3選阻止を目指して立候補したラジャパクサ政権保健相のマイトリパラ・シリセナ氏(63)氏が当選しました。ラジャパクサ大統領が敗北を認め、今夜中にも大統領宣誓式が行われる模様です。
今回の大統領選挙は選挙終盤になって非常に接戦模様となりました。基本的には民族紛争勝利・終結の実績を誇る現職のラジャパクサ氏の優勢が伝えられていましたが、対立候補のシリセナ氏の清潔さ・誠実さが次第にスリランカ国民の人気を得ていったようです。逆にラジャパクサ大統領には身内びいきの政治運営・不正(裏金)の噂が付き纏った結果、シンハラ人を含めたスリランカ国民から思わぬシッペを食らった格好となってしまいました。
スリランカの選挙区毎の得票状況をみてみると、北部ジャフナ地区、東部バティカローラ地区等タミール人口の多い地域では圧倒的に「シリセナ氏」の得票が高く、ラジャパクサ氏は出身地のハンバントタを筆頭に南部・中部の農村地帯で得票を伸ばしました。都市圏のコロンボ・キャンディなどでは若干ラジャパクサ氏がリードしつつも、タミール・モスリムの批判票がシリセナ氏に回りほぼ均衡というところでしょうか。
民族紛争の敗北側のタミール人にとっては今回の大統領選挙は、どちらの候補者もシンハラ系という選択肢の無い選挙でした。従って投票挙ボイコットで低投票率が心配されたのでした。しかしそのようなタミール人の気持を汲み取ったシリセナ候補に対してタミール人の票が集まった模様です。
スリランカは内戦終了後にそれまで遅れていたインフラ整備に資金を集中的に投下してきました。コロンボと空港・コロンボと南部ゴール地区を結ぶ高速道路が整備されたほか、ラジャパクサ大統領出身地ハンバントタには国際航路用の港湾と国際空港が整備されつつあります。後者はインド洋に中継拠点を確保したい中国と出身地ハンバントタを開発したいラジャパクサ大統領の思惑が一致した結果でした。今回大統領がシリセナ氏に代わることで、これまでの急激な開発のテンポを少し落ちるのではないかと思われます。そしてスリランカ政府の視点が民族紛争で疲弊した北部・東部の再建に、また都市部での貧富格差拡大対策に向けられると良いと思います。
今回の選挙では、スリランカの選挙に付き物の暴力事件・テロ行為などの犯罪が抑えられ、かなりの得票率に達したことはスリランカ国民の勝利だと思います。軍は最後まで中立を守りました。国営放送局が大統領寄りの報道をしたことは反省の余地が有るにしろ、民族紛争終了後のスリランカで平和的な選挙が行われ、国民の意思が見事に反映されたことは有意義だと思います。
| 2015年01月08日(木) |
大阪都構想と民主党代表選挙 |
橋本大阪市長は今年の5月17日に「大阪都構想」に対する住民投票を実施し、そこで自らの都構想が否決された場合には政界を引退する考えだそうです。大阪市議会と大阪府議会の野党はこの橋本市長の住民投票案を受け入れ、住民投票によって「都構想案」を一挙に消し去ろうと考えています。果たして橋本市長の5年越し政策が市民の賛同を得るのか、風雲児橋本市長が政界を去るのか、住民投票までまだ5カ月以上ありますが2015年上半期の注目の審判です。
その橋本市長が今月18日に投開票される民主党党首選挙で立候補者に注文を付けています。党首選に立候補している長妻(54)細野(43)岡田(61)の3氏が野党再編に前向きなのか否定的なのかはっきり宣言せよと要求したもの。昨年12月の衆議院選での立候補を見送り「都構想」実現にむけて大阪市長を続けることとした橋本市長にしてみれば、野党大敗の衆議院選挙後速やかに野党再編を行って自民党に対抗できる勢力を作りたい気持ちは良く分かります。
民主党が前回同様に選挙後に「ノロノロ」とやっていたのでは自民党の「1強時代」はより強化され長期化しそうです。イギリスの「労働党」が良い例ですが、労働組合色の強い政党は政権交替可能な2大政党になることはできません。民主党が真に政権交代可能な政党となるためには、橋本市長が提示する「踏み絵」を踏む必要があると思います。逆に自民党政権が安泰であるためには、今のような民主党の中途半端な姿が最高なのです。
橋本市長は5月の「住民投票」で勝利する自信十分です。大阪での実績・人気上昇をバネにして一気に中央政界への進出方法を考えているでしょう。今年5月以降どのような政界となるのか。波乱の羊年の様相です。
ニューヨークの原油先物価格が1バレル50ドルを割り込んでいます。昨年の春には1バレル100ドル以上していたのですからその半分以下となっている状態です。これは経済発展エンジンであった中国経済の減速からくる需要低下とシェールガス採掘技術等の進歩に伴う供給増加があるとのいうことです。OPECがアメリカシェールオイル産業を痛めつけるために減産せずに供給しているようですが、アメリカには痛手になっていないようです。
そしてここに来てまた新たな供給拡大が検討されているようです。共和党が勝利したアメリカ議会ではカナダ産原油をメキシコ湾岸にある製油所に運搬するためのアメリカ縦断パイプパイプライン建設を許可しようとしているのす。この提案は2008年に認可申請されていたのですが、議会で賛成を得られずにこれまで日の目を見なかったのでした。オバマ大統領が拒否権を発動しなければこの建設は急ピッチで進められます。
現在メキシコ湾岸の製油所では中東産(OPEC)の重質原油を輸入して精製を行っているのだそうですが、カナダ産重質原油が安く輸送されることになるとOPEC諸国にとっては更に供給先が減ることになります。カナダの原油はオイルサンド形態ではあり精製にこすとがかかりこれま開発が遅れていたものの、世界有数の埋蔵量があるのだそうです。既存の製油施設に送ることが出来るようになると、中東より輸送距離は短いので原油採掘が商売として成り立てくるというのです。
日本が第二次世界大戦でアメリカと戦うこととなったのはアメリカが日本に対する原油の輸出を禁止したからでした。原油調達はその国の産業を支える最も重要な要素の一つです。アメリカは第二次世界大戦後OPECが支配することとなった原油マーケットでの主導権を奪回すべくシェールガス採掘技術を完成させ、カナダ産オイルサンドの活用にも着手しました。日本・ヨーロッパが中東・ロシアのエネルギーに頼る体制を横目に見ながら自らのエネルギー確保戦略に長期計画を着々と進めてきたのでした。このような原油マーケットを眺めるとアメリカ経済の底力(株高)には驚くばかりです。
昨日のBSフジの「プライムニュース」で作家の「半藤一利」さんをゲストに迎え「戦後70年とは何なのか」と題して半藤さんのお話を放送していました。東大の加藤陽子教授もゲスト席に座っていましたが発言の機会は半藤さんの方が圧倒的に長かったです。これは実際に戦争体験をした半藤さんと戦後生まれの加藤教授とでは言葉の重みが違うので仕方ないでしょう。半藤さんが上手に加藤さんに話を振るのですが、加藤さんの説明は常に研究者の話し振りで誤解を避けようとして冗長になるので分かり難かったです。
幅広い層の視聴者が見ていたようで視聴者からの質問は重要なポイントを突いていました。阿倍首相の「積極的平和主義」についての半藤さんの答えは予想の範囲内で無難なものだと思いましたが、「一般国民の戦争責任」を問われた時の半藤さんの話は少し弱かったと思います。敗戦前後の日本国内の酷い状況(食糧難、アメリカの爆撃による被害など)を経験経験しているだけに、一般国民が戦争責任を反省していないとしながらも、当時国民が自らその日を生きるのが精一杯であったことから、戦争の責任を云々する状況でもなかった(ムニャムニャ・・・)という雰囲気でした。
昨年読んだ本に「長崎の鐘」があります。1949年に出版されて非常に読まれた本で、今でも歌われる「長崎の鐘」の元にもなった永井隆の作品です。この「長崎の鐘」を読むためには、その後ろに収録されている「マニラの悲劇」も読まなくてはなりません。「マニラの悲劇」は日本軍がマニラで行った「マニラ大虐殺」の記録なのです。GHQは「長崎の鐘」の出版については「マニラの悲劇」と合本とすることを条件に出版を許可したのでした。
永井教授の被爆体験は原爆の破壊力の凄まじさを医者の立場から冷静に描写したものです。広島・長崎の原爆被害に留まらず、東京大空襲を始めとする日本各地への爆撃・社会の混乱は酷かったと思います。「長崎の鐘」はそのことを後世に伝える貴重な作品です。一方で、現在「長崎の鐘」を知っている人で「マニラ虐殺」のことを知っている人はどれくらい居るでしょうか。「マニラ虐殺」だけに留まらず、日本軍が満州事変から太平洋戦争で進出した地域において「反省すべき」あるいは「記憶に刻むべき」事件は幾つもあったのだと思います。マニラ市内の観光地「サンティアゴ要塞」には「マニラ大虐殺」のことを記した小さな看板があります。
戦後も70年も経つと戦争を知っている世代は少なく、戦争を語り継ぐチャンスがどんどん消えて生きます。戦争を語り継ぐ場合に「自分達の苦しかったこと」「自分達が被った」ことは語り継がれ易いですが、「自分達が犯した罪、自分達が行った恥ずべき事」を語り継ぐことは難しくなります。それは私達の先達の「間違い」を語り継ぐことです。決して英雄美談ではありません。その話は常に辛く・恥ずかしく・恥ずべきで・できれば聞きたく無い種類の話となります。しかしそれを語り継ぐことこそ「戦争責任の自覚」では無いでしょうか。戦争経験者の方には是非とも恥を忍んで語ってほしいと思います。
| 2015年01月05日(月) |
AirAsia遭難機の情報 |
昨年末12月28日の日曜日の朝に消息を断った格安航空会社「AirAsia」QZ8501便(スラバヤ→シンガポール)の捜索が続けられ、機体の一部と犠牲者の遺体30体以上を収容したそうです。遭難した機体の大部分と思われる大きな物体も水中で確認されているようでフライトレコーダーも間もなく回収されそうです。
QZ8501便はスラバヤ空港離陸後のジャワ海上空で悪天候に遭遇し、雨雲を避けるため高度を32000フィートから38000フィートへの変更と西への進路変更をインドネシア管制塔に申し出ました。しかしインドネシアの管制塔は当該上空には別の飛行機が飛行中のため、進路変更のみ認め高度変更の許可はしなかったののでした。この交信の後にQZ8501便は連絡を断ったのでした。なぜ上空に別な飛行機が飛んでいる状況なのだろうか訝しく思っていましたがここにきて追加情報が明らかにされてきました。
AirAsiaの「スラバヤ→シンガポール」便は周4便の飛行許可を得て運行されていましたが、その運航許可には「日曜日」は含まれていないのだそうです。つまり日曜日にはこの飛行機がこの空域を飛行することにはなっていなかったようです。この日のこの時間帯にQZ8501便が消息を絶った空域には6機の飛行機が飛行している状態で混雑していたのだそうです。混雑空域での悪天候ですから飛行許可を得ていないQZ8501を優先的に退避させる許可がでなかったと考えられます。
しかしQZ8501便はこれまでもずっと違法に日曜日に飛んできていたことになります。これまで何の問題も発生していなかったのでしょうか。管制官とか航路を管轄する管理当局はずっとこの事態を見逃してきたのでしょうか。もしこのようなルール違反が原因して、悪天候回避措置が採れずに飛行機が墜落したのであればこの飛行機事故は全くの「人災」だと思います。フライトレコーダの捜索も重要ですが、そもそも空港行政がどうなっていたのか明らかにして欲しいと思います。
武蔵浦和駅まで買い物にいったところ、駅前マーレで「獅子舞」があるということなのでつまと二人で見てきました。商店街行事の「獅子舞」なので「アマチュア」で大したこと無いかなと想像していたのですが、かなり本格的なので驚きました。その親方的な方が武蔵浦和駅近くに住んでいるということでまたビックリでした。

元日にひいた「おみくじ」が微妙な内容であったので、今日はどうしても「獅子舞」の「獅子」に頭をかじって貰いたいと思いました。幸いにも2回も頭をかじってもらい、大黒様の「打ち出の小槌」でも励ましてもらいました。これで今年一年の運勢は少し挽回できただろうと思います。後は日々注意を怠らないことが肝心だと思います。しかし早くも年末・正月の食べ過ぎ・飲み過ぎで体重は許容量をオーバーしました。明日5日から節制に努めようと思います。
| 2015年01月03日(土) |
ラグビートップリーグのセカンドステージ |
今日は天気が良かったので、ラグビートップリーグの第6節の「NTTComシャイニングアークス×サントリー」の試合を秩父宮ラグビー場に見に行きました。トップリーグセカンドステージは今日・明日と第6節が戦われます。上位8チームの総当たり戦で行われているセカンドステージは書くチーム7試合行われますが、NTTComシャインニングアークスは現在5連敗中です。なんとか1勝するべく今日はサントリーとの試合でした。
昼飯で少し時間を使いすぎて秩父宮に着いたのは丁度「アークス」がトライを決めた直後でした。強豪サントリーに対して苦戦していると思ったら何と5対5の同点の試合を演じているではありませんか。前半は流石にサントリーに追い込まれますが、今日の「アークス」は最後に踏ん張り、いつものように追加点を許して話される展開とはなっていません。守備がしっかりしていることに加え、攻撃でも厚みのある展開が見られ、確実なキックでサントリーにリードして前半を終えました。

後半になっても「アークス」の勢いは衰えず試合は互角の様相です。その中でアークスはペナルティキックで追加点を奪い「17×13」とリードしました。このまま逃げ切れるか、それともサントリーにゴールを許して逆転されるかという非常に緊迫した後半の試合が進みました。
アークスが好機を逃した後にサントリーがアークスのゴールライン近くでスクラムを得ました。それまでサントリーと互角の試合を進めているとは言え、スクラムではことごとくサントリーに押し込まれるか、コラプシングに逃げてきたアークスです。サントリーは後半のこのチャンスにスクラム(ゴールラインまで3m位)でアークスを押しそのままトライを決めました(後半26分)。試合は結局そのまま「17×18」でサントリーが勝利しました。アークスは善戦しただけにスクラムで逆転されたのは残念でした。残るは11日の最終第7節です。現在第3位にいる「東芝」が相手です。来期に向けて何とか1勝したいところです。

今日朝早く近くの「笹目川」に散歩にいったところ、二羽のカワセミがいました。正月二日なのでカワセミ狙いのカメラマンの姿はなく非常に静かな状態だったので二羽でやってきたのかもしれません。一羽だけでも貴重なカワセミを二羽同時に撮影することができました。この場所は休日の朝など長い大型望遠レンズ付きカメラをスタンドに取り付けた愛好家がカワセミ撮影狙いで集まります。カワセミ愛好家には関係ないですが、ここではカワセミの他に、鴨、サギ(アオ、シロ)、亀、鯉、蛙など多くの撮影することができます。暖かくなって鳥の餌となる小魚の量が増えるともっと賑やかになると思います。
2015年(未年)の私の年賀状です。「羊」は私の干支であり、「平和」で「ノンビリ」しているという印象があります。この「羊」のイメージにピッタリなのがバッハの「羊は安らかに草を食み」の音楽です。羊の絵とバッハ作曲のこの曲の楽譜を組み合わせてみました。
元旦の恒例で近くの神社に初詣しそこことし一年を占う「おみくじ」をひきました。私の干支の「羊年」なので箱の中の「おみくじ」をひくときには少し緊張しました。引き当てたの「おみくじ」の運勢は「大吉」で安心したのですが、詳しく読んでみるとかなり注意が必要な内容になっています。還暦の年の「おみくじ」で、内容が内容なので一年間忘れずに気を付けるように記録しておくことにします。
「運勢」:大吉:思うように見えてこころにまかせないことがある。思わぬ幸福があるようですが、よく気をつけないと後になって損をすることがあります。女難あり、女性は金難あり。気をつけることです。
「教え」:言い訳が上手くなるほど他人からの信頼は失われていく。
「天のみこえ」:ゆるされてまなびの窓をいづる子よ。思わぬ道にふみな迷いそ。
「言」:天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず。
「願事」:初めに気をつけないと途中で失敗します。
「失物」:女性に尋ねなさい。知っているでしょう。
「旅行」:行きなさい。女性に溺れてはいけません。出費に注意することです。
「学問」:難しいです。さらに勉強することです。
「争いごと」:女性を相手にすると負けるでしょう。
「転居」:安心して変えてみることです。
「縁談」:女性は思うままになります。男性は取り消すのつかぬことが起りますから注意することです。
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