恋文
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ゆめで みていた
なんどでも みていたかった
ここから そこへは ゆけない
そこから ここへは かえれない
こんなに 雨が 冷たいなんて
花海棠が 濡れていた あの 春にも こんなでは なかった
もう あやめも 咲きはじめたのに
空を 見上げる
風が 遠くのおとを はこんでくる
明るい湖畔から 石だたみの 路地へ
こんなに 時がゆっくり ながれるから
思い出を つれてこよう
わたしが わたしであるという それだけの ことなのに
わたしではない だれかの 眼を とおして いるのね
髪を 後ろに くくり持って
くわえた クリップ
見ている わたし自身
どこにも なくなってしまった 恋文の 宛て先
なにに 恋をしているのだろう
まだ 恋をしていたい わたし
窓が 雨にたたかれるたびに 揺れる木を 見ている
花弁が 吹き寄せられて 小道が 白くなる
声を あげてみると どこかに 失っていった
髪を 梳く
指先に うつる
かおりを そのまま
ひと房 とって
うでや あし
むね おなか
うつして ゆく ゆびさき
まんまえにいる わたしの からだ
一群の雲が 飛行船のように 進んでいる
午後の光を 残して 青空がみえる
地面は 黒く 濡れている
あのとき 見ることの なかった 海は
もう どこにも ない
思い浮かべる こんど 見るであろう 海
わたしが いなかった 夏のように
あるいは
わたしが いた 夏のように
それから
わたしが いる 夏として
わたしが いないと おもう
目を とじて なにも 見ない
だからと いって わたしが 見えないわけでは ないのに
ぱたん と 閉じる
鳥たちの さえずりが 聞こえる
ぱたん と やっぱり 閉じる
なにも 聞こえないように
花の かおりは どこにゆく
みどりは 濡れたまま
けむる 雨のなか
いやなんだ
だって いやなんだもん
もう 知らない
明るいひざしのなか 見なれた風景が いつか知らないように 見える
いつもの道を いつものように 歩きながら きっと行き先が ないような 気持になる
夢だと さとるのに
ながい ながい 時が たっていた みたいなのに
まだ 明けていない
刈られては うしない
雨には うなだれる
いくども めぐってきた
春に まだ 失はない
雨の音が きこえる
夢との あいまに
ぽつんと 汗ばんで
のばした 脚に
ひんやりと 風がくる
どんどん 失ってしまう
わたしの わたし
離れないよ
いつのまにか なくなってしまっても
まだ わたしの わたし
なだらかな みどりの丘に 菜の花畑
風が吹いて いるだろう 揺れる 菜の花
ずっと 見ていた
ずっと 繋がっている
なにが あったと 問われれば なにもない
いちにちが 過ぎて 思い出す
昼過ぎに 突然 降ったのだ
髪は ほどいたほうがいい
くくると とじこもってしまう
だけど くくる いまは
いちめんの みどりの野
日が暮れて ひかりを 失っても
あらがおうか どうしよう
ぼんやりと あかるくなった へやのなか
からだが しずんでゆく みたい
この 腕は 知らない
わたしじゃ ないみたい
でも 知ってる
わたしじゃなくて いいんだ
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