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2012年11月30日(金) |
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翡翠 |
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小さな囀りに気づき川面を見ると小鳥の姿があった。 清流の飛沫の上を舞う鮮やかな青の羽。
「カワセミ。」
並んで歩いていた女が立ち止まる。 川面に反射する太陽に目を細めながら、小鳥の動きを追いかける。
リュックのポケットから水を取り出し口に含む。 女にボトルを差し出す。 女はカワセミから目を離さないよう、川面を眺めたまま受け取った。
「キレイだね、カワセミって。」
額の汗を手の甲で拭いながら女は笑う。 喉を大きく動かし水を飲む。
「翡翠って書いてカワセミって読むらしいよ。」 「ヒスイ?ヒスイってあんなに青かった?」
女はボトルを返しながら首を傾げる。 その仕草につい微笑む。
「何笑ってんの?」 「その首を傾げる仕草、小鳥みたいだよ。」
女も微笑み、手を小さく羽ばたかせた。
「カワセミって珍しい鳥なの?」 「いや、そうでもない。氷取沢とかでもたまに見るよ。」 「東京じゃ見ないわ。」 「コンクリートの堤防だと巣が作れないんだよ。」
渓流はいよいよ細く急になってきた。 たっぷりと湿り気を含んだ空気が、目的の滝まであと僅かだということを教えてくれた。
「もうすぐ?」 「もうすぐ。」 「つまんない。」 「え?」
女はもう一度首を傾げ笑った。
「もっと歩いていたいわ。君と。」
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