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五十嵐 薫
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頑張ろう東北!
エンピツユニオン

2009年07月09日(木)
lotus

熱帯植物園の中の一角。
様々な種類の蓮が集められた池があった。
見慣れない青や黄色や赤の鮮やかな花弁。
しかし、水中からすくっと起立するそのフォルムは、先日獅乃と一緒に不忍池で見た蓮と、なんら変わらないものだった。

植物園らしくそれらの蓮の近くには、その蓮の原産国と呼称が日本語と英語で表記してあった。
「star of …」のようないかにも蓮らしい名前以外に、人名そのままのものが多かった。
つまり、これらの美しい蓮たちは野性のものではなく、人の手によって交配されたものなのだ。

まるで神の庭だ、と思う。

仏が座す花を指して神も何もないが、ここにある花たちはみな「創造物」なのだから仕方ない。

確かに、モネの例をひくまでもなく、人はこの花から何か特別なものを感受するようだ。
僕は少し酔ったような気分になる。



花を見つめる君の横顔を眺める。
温室の湿度にぐったりしつつ、それでも口許に笑みを浮かべ、ゆっくりと視線を動かしている。
時々、珍しい花に感嘆の声を上げ、美しい花にため息を漏らす。

「この蓮。」
「これかい?」

君が指さした蓮はまだ固そうな蕾だった。

「夜咲く種類らしいですよ。」
「へぇ、蓮なのに?」

君は笑って頷く。



それにしても、神の庭は少しばかり暑すぎる。
もしエデンの気候もこんなものだったのとしたら、そりゃ服なんていらないはずだと思う。

今一陣の風が吹いたら、どんなに気分がいいだろう。
池には波紋が立ち、花や君の髪がゆらりと風になびいたら、どんなに気持ちいいだろう。

しかし、ここは熱帯植物園だ。
風は吹かない。
微熱の中で、極彩色を眺める場所なのだ。



「行こうか?」
「はい。」



月下に咲く原色の蓮はさぞ美しいことだろう。

君の横顔を見ながら思う。



ねぇ今夜。
微熱の中で、極彩色を眺めよう。



2009年07月07日(火)
JILL STUARTの女

終電だった。
乗客の大半は一つ前のターミナル駅で降りてしまい、車内はガラガラだ。



シートにもたれて寝込んでいる酔客が一人。
ひとつのイヤホンを分け合ってiPodの液晶をのぞき込んでるカップル。
膝にアタッシュケースを乗せた初老のサラリーマン。
あとは僕と、僕の目の前のシートに座っている若い女。



次の駅でカップルと、初老のサラリーマンが降りた。
「本日の上り電車は全て終了しました。」
駅のホームに響くアナウンスに酔客が頭を上げる。
ドアが閉まった直後に跳ね起きる。

結局酔客は次の駅で降りた。
家人と話しているであろう携帯での会話の端々から、ターミナル駅で降りそこねたことがわかった。



いよいよこの車両にいるのは僕と女だけになった。

女は顔をこちらに向け、僕の方を見ている。
やたら目があうと思っていたが、そうじゃなかった。
女はさっきからじっと僕を見つめている。

綺麗な女だ。
少し青白いのは酔っているせいか、電車の蛍光灯のせいか。
CanCamのモデルみたいな髪型。
JILL STUARTで売ってるような服。
そのひらひらのスカートからのぞく脚もいい形をしてる。

女は口角を持ち上げ、こっちを見てる。

つられて僕も微笑み返す。



次の駅で終点だった。
何故女は僕も見つめて微笑んでるんだろう。
頭の中では色んな考えが渦まく。
何にしろ、とりあえず。
好意を向けられてるのは判る。
僕は意を決して女に話しかけた。

「ねぇ、隣に座っていい?」

女は黙って微笑んでる。
僕は立ち上がり、女の隣に座った。



駅に近付いた電車は減速のためガクッと揺れ、女が僕に身体を預けてきた。
女の髪がフワリと揺れる。
僕は女の肩に手を回す。
女は身体を硬くしている。
僕は喉がカラカラになり、やたら水が飲みたいと思う。



電車は駅に着いた。
終着のアナウンスが薄暗い駅に響き渡る。
旗を持った駅員が順番に車両を回り、寝込んだ酔客や忘れ物の有無をチェックしてる。

僕は女の髪を撫でながら囁く。
「着いたよ。これからどうする?」
女は黙ったまま身体を預けてる。
「ねぇ、何したい?」
僕は女の耳たぶを軽く噛みながらさらに囁く。
肩に回した反対の手で女の腿を摩る。

女の脚は冷たかった。



「お客さん、終点ですよ。」
駅員の声がすぐそばで聞こえる。
僕は顔を上げ駅員の顔を見る。
「お客さん?」



僕は、女が死体だということにやっと気付いた。



2009年07月01日(水)
トロイメライメルトダウン

車窓を落ちる水滴がふいに斜めに流れ、僕は電車が動き出したことを知る。
動き出した車軸は僅かに微熱を帯び、世界の湿度をさらに上げる。



ベッドの上に座っていた君が不意に顔を上げる。
発光する液晶に照らされた横顔の白、闇と同化した漆黒の髪、腕に走る幾筋かの赤。
カーテンの向こうの雨の匂いに鼻をひくひくさせた君は、すぐに自嘲気味な小さい笑いを口に滲ませた。



動き出した列車の、窓を流れる水滴越しの世界を眺めながら、僕はアインシュタインのことを考える。
考えるけれども、すぐに飽きる。
この世界の形とか、この列車の行き先とか、止まないこの雨のこととか。
浮かんでは消える取り留めない思考は、窓を流れる水滴に似てるとぼんやり思う。



何度目かの決意。
同じ数の諦観。
降っては止む雨のようだと君は思う。

永遠に雨の止まない熱帯雨林なんてどうだろう?
何もかも腐敗した森に立ち暗い空を見上げる自分。
自分、なのだろうか。
腐敗した肉を滴らせたこの骸骨を、私と呼んでいいのだろうか?

君は死んだ後の世界を思いながら、回り始めた睡眠薬が意識の底でゆっくりと熔解していくのに気付く。



雨音。
暗転。

トロイメライ。


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