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Only you can rock me
五十嵐 薫
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エンピツユニオン

2008年02月14日(木)
溺愛

君は言った。
「10年の年月をかけて、すっかり忘れた。 」

ということは、僕が彼女を忘れるにはまだだいぶ時間がかかるってわけだ。

「けれど」
君は続ける。
「やっぱり好きなものは好きだね。10年たっても変わらない。 」

そう?
僕は彼女じゃなく君が好きだな。

だって君、生きてるしね。






『天国の記憶 抜け落ちた髪の毛
 死ぬほど乾いた 喉の奥で
 笑うことさえ出来ない 足元だけが崩れる
 使い古された身体 このまま黙って…

 おまえと一緒に
 消え去ることが出来ない

 生まれる前から おまえを知ってるのさ
 壊れていくのが そのままでいいなら
 誰も気付きやしない 誰も気付きやしないさ
 そうだろう そうだろう

 おまえと頭のところで裏返し
 おまえと頭のところで裏返し

 死んだものほど愛してやるさ
 死んだものほど愛してやるさ』

 溺愛 / THE STALIN






誕生日おめでとう。
また、来年。



2008年02月11日(月)
loop the rope up 2

女のマンションは、三宿の交差点を越えてすぐ左に入った奥の、一方通行の道路沿いにあった。
築年数は古いが、南向きでオートロック付きなのが気に入っていると女は言った。
「殆ど賃貸の物件でね、モデルとか大阪から出てきたばかりの芸人とか住んでるの。」
女は郵便受けのDMに肩を竦めながら続ける。
「売れても売れなくてもみんなすぐ出て行っちゃう。1LDKって中途半端なのよね。」

女の部屋は最上階の角にあった。
リビングにはソファーと50インチのテレビを中心に組んだオーディオボード位しか目立つ家具はない。
ドアの開いた寝室にはセミダブルのベッドがポツンと見える。
「あんた、キングサイズのベッドとか木馬とかそんなの想像してたでしょ?」
女は笑いながらコートを脱ぎ、ソファーに放り投げる。

女はまだ痺れの残る手で苦労しながらラバーの下着を脱いだ。
体中に走る蚯蚓腫れやラバースーツの跡を眺めてると、女が人ではない何か別の生き物に見えてくる。
「やっぱお風呂入っちゃ不味いかなぁ?」
女は左手に巻かれた包帯を気にしながら僕の顔を見る。
「ねぇ、髪だけでも洗いたいな。」


6畳ほどの広いバスルームには二人でゆうに浸かれる大きな陶器のバスタブがあった。
1920年代のアンティークだと女は自慢する。
「このバスタブ置きたくてリフォームしたようなものよ。」
僕は女の話を聴きながらバスタブに浸かり、腕を伸ばし洗い場にいる女の髪を濯ぐ。
結局女はバスタブに入ってきた。包帯の上には厚くサランラップを巻いている。
「無理ね、イベントの後お風呂入らないなんて。」
それでも一応傷口を湯に浸さないように左手を自分の右肩に乗せている。
組まれた腕の中で女の乳房が歪む。
湯船の中で触れる女の身体は驚くほど白く、そして柔らかかった。



さっきから女は僕にもたれる様に身体を預けている。
女の重さは殆ど感じなかった。
ふと、眠っているんじゃないか?と思った瞬間女は口を開く。

「ねぇ、こないだの女子大生とかさ、あーいう女の子どー思うの?」
「どうって?」

「鈍感とか食い物悪いとか散々言ってる割りに、そんな女の子大好きでしょ?あんた。」
女は頭を逸らし僕の顔を見上げる。
「ああ、好きだね。」

「鬱陶しくない?」
「仕方ないよ。ああいう女しか興味持てないんだよ。」

「鬱陶しいのが好き?」
「いや。」

「鬱陶しくなきゃ尚いいんだけどね。」



女は馬鹿みたいと呟きながらバスタブの湯を手のひらで掬い、僕の顔にかける。



「ところでさ、君が女子大生って言ってる子。」
「うん。」

「あれ、本当は中学生だ。」
「本当?」

「うん中学二年。な、実に鬱陶しいだろ?」



女は苦笑いを浮かべながら腕を伸ばし、僕の顔を両手で覆った。



2008年02月10日(日)
loop the rope up

「誰が回してるとか、オーガナイザーは誰だとか、そーいうことに興味無くして久しいの。」
ラバーと金属だけを身につけた女はそう言いながら、ため息と共にソファーに腰を落とした。



カーテンの隙間からフロアを眺める。
二回目の緊縛ショーがたった今始まったばかりだった。
甲羅彫りの上半身を露にしたスキンヘッドの男が、若い女を汗まみれになって縛り上げている。
フライヤーによればこの若い緊縛師は、明智伝鬼に感銘を受けてこの世界に足を踏み入れたとあった。
まるで、ロックスターに憧れてギターを買う少年みたいな書き方だ。
明智伝鬼とは生前一度話したことがある。
付属する肩書きとは随分印象の違う静かな人だった。



視線を女に戻す。
女は左腕に巻いた包帯を気にしてる。
さっき入れたばかりのタトゥから薄っすらと血が滲んでいる。
腕を一周するトライバル模様だと言っていた。
ところでこの女の昼の仕事は介護福祉士だ。
確かもう何年も特別養護老人ホームで働いているハズだ。
タトゥ入れること自体は驚きもしないが、老人を風呂に入れる時も長袖を着るつもりなのだろうか?



「もう少し待ってて。」
女はラバーの衣装の上にミンクシールのコートを着込む。
ロープで吊るされたお陰で指に力の入らない女の代わりにボタンをはめてやる。
女は口角を軽く上げ「ありがと」と囁く。






「見た?あの下手な縛り方。」
女はタクシーの中で指先を揉みながら毒ずいた。
「いつか殺しちゃうよ、あいつ。最低でも誰か骨折するね、アレじゃ。」
僕は女の腿に手を置いたまま黙って話を聴く。
「よく放置プレーとかいうでしょ?あんなの、下手な奴に縛られて放置なんかされたら人間簡単に死んじゃうんだから。」
女の腿には縄の後がハッキリ残っていた。指先に炎症の熱が伝わってくる。



「SMとかさ。よくわからないんだよ。」
タクシーは246を女のマンションのある三宿に向かう。
僕は冷たい空気が恋しくなり車の窓を少しだけ開ける。
「よく言うね、あんた。こないだもどっかの女子大生とか拾って調教してたじゃない?」
女は口の端っこで笑う。指先に血が戻ってきて痒いと言って手を擦り合わせる。
「調教って?あんなのSMじゃないよ。アナルにつっこんだだけだ。大体あいつら子供の頃からレトルトとかインスタントばっか食ってるから感覚が鈍感なんだ。」
「何それ?」
「ケツに何入れられようが、写真撮られようが気にしないんだよ。」
「それ食べ物のせいなの?」
「じゃない?大味なモノ食ってるから感覚鈍くなるんだ。鈍いから強い刺激じゃないと。」
「刺激じゃないと?」
「いけないんだよ。」

女は鼻で笑いながら言った。
「馬鹿みたいね。私、いきたいなんて思ったこと一度もないわ。」






246は真夜中だというのに混んでいた。
右側の車線から大型スクーターやオフロードバイクが追い越していく。
空は今にも雫を落としそうな曇天だ。
さっき電光掲示板で見た気温は2度だった。

鈍感なのは僕も一緒だ。
女の首を絞め、ケツに突っ込み、写真に撮り、それを売る。
そんなことを何年も何年も続けている。いい加減ウンザリしてもいい頃だと自問しながらも、だ。

何かに見返るを求める限り行為は常にエスカレートする。
そして見返りは即物的なものからどんどん遠ざかり、終いには何が欲しいのか自体がよく判らなくなる。

我ながら本当に。
本当に、鬱陶しい。






「寒いわ。窓閉めてよ。この下殆ど裸なんだから。」
女が口を尖らせる。

僕は薄ら笑いを浮かべ窓を閉じた。



2008年02月04日(月)
end of the world

車窓を流れる景色を見てた。
外は白と黒と灰色の世界。
ウラジオストックまでの十数時間、この景色は続くだろう。



サングラスを外しこめかみを揉む。
ここ数日雪を見すぎた。
何故だがチュニジアの砂漠の風景が不意に頭を過ぎった。



世界には。
君に見せたい風景がたくさん在る。

世界には。
君と見たい風景がたくさん在った。



車窓は結露で滲み、世界は唐突に終わる。


エンピツ