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2006年12月29日(金) |
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ミッドナイト・カルーアミルク |
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馴染みというほどでもないバーで思わぬ長逗留をしてしまうことがある。 たまたま隣に座った女と性癖の一致を見たとか、50インチのプロジェクターでバルサの試合を中継していたとか、そういった理由とは別の、いわば時間に手綱を緩められたようなそんな感覚。
まさに今夜がそうだった。
シングルモルトの喉越しを楽しみ、アンチョビーを乗せた薄いトーストを齧り、ダーツに興じる忘年会帰りのグループをぼんやり眺めた。 別に酩酊するわけでもなく、かといって何か考えていたわけでもない。
もしかしたらカウンターとスツールの高さが絶妙だっただけかもしれない。
カウンターに乗せた右肘を突かれた。 横を見ると真横に女の顔があった。
「こんばんは。お久しぶり。」
「やぁ。」
軽く会釈しながら女のプロフィールを眺める。 見覚えのない顔だった。 どっちにしろ昔仕事をした女か、それとも誰か友人の連れだったか、そんなところだろう。
スツールを左にずらす。 女はするりと横に座った。
「カルーアミルク。」
それで思い出した。
「オマエ、いつこっちに?」
女はバーテンダーの手元を見つめたまま答えなかった。 口元には微かに笑みを浮かべている。
前に置かれたカルーアミルクのグラスを手にとると、女はやっとこっちを向いた。
「横浜で飲んでればいつか会うような気がしてたわ。」
「横浜で、って。北新地よりだいぶ広いぜ?」
女は僕の唇に手を伸ばす。
「しっ。ここじゃ前どこにいたかとか誰にも言ってないんだから。」
女はそう言うとさらに顔を近づけて小さく続けた。
「昔、男だったこともよ。」
僕は黙ってグラスを手にとり、目の高さに持ち上げた。
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