職業婦人通信
DiaryINDEXpastwill


2004年07月27日(火) オナラをこいたらサヨウナラ(後編)

ナルシストなのに
必ず一定の場所に来るとオナラをこいてしまう男、ナルシタ君(仮名)。

屁害に悩まされた一部の女子社員は
ついに本人宛てに直接、メールを送って注意を促すという行動に出た。

彼女たちの気持ちを考えると、
オナラのことなんて本人に直接言いづらかっただろうし、
でも、やっぱり本人以外の人(例えば上司とかね)を通じて言うのもナンだし、
穏便に済ませるためにもメールという手段を選んだのは
至極当然と言えよう。

----

が。

そのメールを送った翌日、ナルシタ君は会社を休んだため
メールを送った女子社員たちは
「薬が効きすぎちゃったかしら・・・」と、顔面蒼白となった。

しかし、休んだその翌日。

ナルシタ君は会社に出てくるや、誰もが想像だにしなかった行動に出た。

メール送信元の女性社員が所属する庶務課の課長に対して

「こんな失礼なことを言われるなんて!しかも仕事中にメールでそんなことを!
 僕はとても傷つきましたよ!」


と食ってかかったのだ。
(その際、決して「自分はオナラなんかしてない」とは言わなかったらしい。
 オナラしたこと自体についてはノーコメントだったという)

庶務課の課長は何のことだかわからずに目を白黒させていたが
事情を聞けば根源はオナラをめぐる騒動だという。
そのバカバカしさに庶務課長も泣きたくなったに違いない。

それでも庶務課長は結局部下の女性社員たちを呼び

「仕事中にそんなことを言われた本人のショックも考えてみろ。
 もっと他のやり方があったんじゃないか」

と、叱ったのであった。
おそらくそれはナルシタ君の顔を立てるための演技でもあっただろう。

それで事は収まると事情を知る誰もが思ったのだが、
ナルシタ君の怒りは納まらなかった。

次にナルシタ君が向かったのは労働組合。

組合長に直談判で
「これは人権侵害だ!!」
と言ったのだとか。

結局、双方の課長、部長、労働組合を巻き込んでのオナラ論議が展開され、
ナルシタ君がしょっちゅうオナラをしていたこと、
そして、その件で労働組合にまで駆け込んでいたことは
当然、周囲数キロの社員へ同心円状に広まってしまい、

ナルシタ君のあだ名は「オナラシタ君」というベタなものに変更され、
ついにナルシタ君あらためオナラシタ君は
「こんな会社、ボクはもうやってられません」という言葉と
周囲に強烈な屁の思い出(トラウマ?)を残して退職したのであった・・・。

----

屁ごときで会社を辞めることになったこと自体も
考えれば考えるほどバカバカしいというか脱力モノではあるけれど、

素直に「オナラしちゃってごめん」って言えばすんだのに、
つい恥ずかしさから逆ギレし、自滅に至ったナルシタ君に
我々が学ぶところは大きい。

今回、これを聞いた我々が教訓とするべきなのは
「恥ずかしくても、己の行いを認めて一言謝ればすむことがある」ということ、
そして、「オナラはできるだけ人のいないところでするべきだ」という2点なのだと思う。

身をもってそれを教えてくれたナルシタ君。
どこで何をしているかわからないけど、
君の前途に幸あらんことを・・・。


2004年07月26日(月) オナラをこいたらサヨウナラ(前編)

私は会社所有の単身者用マンションに住んでいるのだが
同じ階の住人で2つ年下の松下君(仮名)は、ちょっと変わったご近所さん。

出窓にはいつも麗々しいレースのカーテンがかけられ、
美しい花や観葉植物がいつも窓辺に置かれていた。

こういうことに男女の別をとやかく言ってはいけないのだろうが
男性にしてはとても美しい窓辺の演出だったため
サボテンさえも枯らしてしまう千代子は
しばしばその美しい花木に感じ入ったものである。

松下君は相当のナルシストとして社内でも評判であった。

自分の机の上にはいつも大きめの鏡が置いてあり、
これを仕事中にしばしば
うっとりと眺めているのを目撃され、女子社員から
松下あらため「ナルシタ」というあだ名を(わかりやすいな)奉られていた。

以下はこのナルシタ君をめぐって起きた、ある事件のお話である・・・

----

一年ほど前から、ナルシタ君は自分の席から離れた場所に
自分専用の書類棚をひとつ持っていた。
松下君は書類を扱うことが多い仕事だったのである。

で、一日に何回も、ナルシタ君は
書類を取りにその棚へやってくるのだが
必ず、彼はその棚のところに来るとオナラをする。

件の書類棚の近くには庶務課があり(庶務課には女性社員が多い)、
庶務課の女性社員は全員、毎日断続的に嗅がされるオナラに
ほとほと閉口していたのだという。

「自腹でミニ扇風機を購入し、
 ナルシタ君の書類棚方向に常に送風しつづけたのだが効果は薄かった」(体験者談)

と、自腹を切ってまで自衛策を講じたのだが、

あまりに屁の頻度が高く、おまけにそのオナラたるや
「百発百中、鼻が曲がって嫁に行けなくなるかと思うくらい臭い屁だった」(体験者談)
と評判の臭さだったために

やむなく庶務課の女子社員たちはナルシタ君本人に対し

『私たちの席の近くでオナラをするのはやめてください。
 オナラはトイレでお願いします』


というメッセージをメールで送ったのであった・・・。


----

・・・と、ここで退社時間となってしまったので
続きは明日〜。

(つづく)


2004年07月22日(木) キャンプwith酔払い

先週末の3連休はキャンプに行っていた。

キャンプは久しぶり。
昨年11月に酷い目に遭って以来
(おひまな方は2003年11月7日〜の日記をご覧ください)
である。

----

今回のキャンプも同僚と行ったのだが
そのメンバーの中に、最近入ってきたばかりの
派遣社員の女性が1名含まれていた。
が、この人のことを私はあまり知らなかった(部署が違うから)。

のっけから真っ赤なミニスカートをはいてキャンプにやってきたのには
ちょっとビックリしたが、

「え、スカートってやっぱりアウトドアじゃおかしいですよね?
 じゃあ今着替えますから〜」

と言うが早いか、
カバンからユニクロのイージーパンツ(推定価格990円)を取りだし
皆の前で着替えたのには全員が度肝を抜かれた。

そんな彼女と飲み始めて1時間後には
彼女が物凄い破壊力の持ち主であることを誰もが思い知ることとなった・・・。

この人はハンパない酒豪かつ酒乱であった。

最初のうちこそ「私って新入りだから」という遠慮があったのか大人しくしていたが、
次第にその頭角(馬脚といったほうがいいかも)をあらわし、

浴びるほどに酒を飲んで(結果、酒が足りなくなって後輩が買いに走るはめに)、
酔ったあげくに椅子から転落しただけではなく
後ろざまに背後の川原へまっさかさまに滑落し、擦り傷まみれとなった。

さらには下ネタに走り、なぜか『デルタ』という言葉が気に入ったらしく
「私のデルタはぁ〜」
と、自らデルタ話を開陳し、全員を引かせた。

その後は次第に意味不明な言語を発するようになり、

「あたしってホラ、日本の司令塔じゃないですかぁ〜」

などと話しかけられても
あたしゃアンタが日本の司令塔だったんて知らなかったよ・・・

----

こうして夜は更け、

ついに酔いつぶれた(というか、対応が面倒だから他の全員が酔い潰した)
彼女はテントに担ぎこまれた。

が、そのテントには誰も寝たがらず

「オレ、こっちのテントで寝るわ」と、ふた張りあるテントのうちもう1個のほうは
すぐに満杯となり、そっちのテントにあぶれた人は

「オレさー、いびきうるさいから車で寝るよ」
「あ、アタシも〜」
と、車で寝始めた。

自分の車がない千代子は
こうして結局、ヨッパライの隣に(しかもツーショットで)寝ることとなった。
貧乏籤もいいとこである。

彼女は夜中に起き出して
「千代子さん千代子さん」

と、熟睡していた私を起こし、

「あのね、40歳以上の男ってちょっと魅力あるよね」

と、まったくアウトドアにそぐわない話を振ってきただけでなく

適当にあしらってまた熟睡に入った私が
朝方に突如降ってきた雨の音にふと目を覚ますと

彼女はテントから首だけ出して仰向けに寝ているではないか。

ぬかるみはじめた地面を枕にした彼女の頭には
無数の雨が降り注いでいた。

彼女は
「あーーーうーーー」

と気持ち良さそうに顔で雨を受けてはいたが
仰天した千代子によってテントに引きずり込まれ、
タオルでがしがしと顔と頭を拭かれることとなった。

そういえば前回のキャンプでも
泥まみれになった他人を拭いてやったんだっけなぁ・・(回想)


翌朝、本人は起きた後も二日酔いのために
椅子に座ろうとして尻餅をついたりとフラフラしていたばかりでなく、
とにかく前夜のことは全て忘れていた。

本人いわく、
「とんでもないことをしない限り、前の晩のことは覚えていない」
そうで、

テントから首だけ出して寝たりとか、
20代の女性が「デルタ!」って連呼していたりとか
そういうことは「とんでもないこと」じゃなかったんだろうか、

と、

千代子は心中、首をかしげたのであった・・・。


2004年07月21日(水) 拝啓父上様

昨日、東京は7月観測史上最高の39.5度を記録したという。

----

昨日の午前11時すぎ。

外はピーカンに晴れて猛暑な模様ではあったが、
私はいつもどおり、クーラーの効いた社内で
(ハラ減った・・)と思いながら
のんびり友達にメールを書いていた。

そこへ、普段昼間になどめったに鳴らない私のケータイが
机の上でせつなげに(冬ソナの着メロ)鳴り始めた。

『冬ソナの着メロが鳴る』ということは
両親どちらかからの電話ということだ。

娘が仕事中だとわかっていながら電話をかけてくるほどだから
すわ大変な用、もしや家族に大事が?!

と思い、あわてて

「どうかしたの?」

と出ると、父がのんびりした口調で

「おう、ノリコ・・じゃなかった千代子か」

と言う。
のっけから娘の名前を妹ノリコと間違えたことに少々むっとしつつ

「なによ?」

と聞くと、父は

「今日はアチィなぁ。お前、今外にいるのか?
 ・・・あのな、さっきテレビ見てたら今日、
 東京は38度を超えるつってたぞ。
 お前、今日は昼間に外へ出る仕事あったら断れよ、んで外には出るな。
 どーーーーーしても出なきゃいけない時には帽子をかぶれ、なっ」


と言いだした。

家族に何かあったのかとばかり思っていた娘は
唐突な父の話に驚き

「ああ、そうね、暑いね、父ちゃんこそ気をつけて。・・・で、どうかしたの?」

と畳み込んだのだが、父は

「いや、それだけ」


・・・・。

父よ・・・。
暑いのはわかる。心配してくれるのも有難い。

が、娘はもう30歳だということを
アンタはわかっとるのかね?(しかも仕事中)


----

昔から私の両親は超超チョー過保護であった。

小学校で遠足に行くといえば
「生水は飲むな」にはじまり、遠足で遊覧船に乗るといえば
「避難用の浮き輪のそばから離れちゃダメよ」と言い、

修学旅行となればさらに
「ホテルの避難口を確認してから寝ろ」と言う、
そんな親であった。

大人になってからも
「口のうまい男についていってはいけない」
「男に酒をすすめられたら混ぜモノが入っている(変な薬とか)かもしれないから断れ」

等、変な心配事ばかりを探してきては
口うるさく言うのであった。

スノボに行くときに至っては
「雪崩が来たら、雪崩に飲みこまれる前に雪崩と一緒に滑っていけ、そうすれば助かる」
と、どこで聞いてきたのかもわからぬトンチキ情報を娘に教える始末。

それがどうにもうっとうしくて、
会社員になった瞬間、これ幸いとばかりに社員寮に入って家を出、
今日に至るのだが・・・

いまだに親は変わってはいないらしい。

そういえば、こないだ
『東京を直撃する台風が来るかも』
という情報がテレビに出たときも、

母から
「風でどっかのカンバンが飛んでくるかもしれないから注意しなさいよ」
という電話があったんだったっけ・・・。

----

拝啓父上様、

心配してくれるのはありがたいけど、
あなたの娘はもう30歳。

過保護はほどほどにね・・・。

----

最近読んだ本:
垣根 涼介「ヒートアイランド」(文春文庫)★★★★


2004年07月19日(月) 残念ながら事実です

先週、小型二輪の免許を取得できた!という話を書いたところ
「よかったね」というメールを多数いただいた(ありがとうございます)
とともに

「そんな技量で受かるはずがない、大げさに書きすぎだろ」
というメールも頂戴した。

非常に残念ながら
「そんな技量で」受かってしまったのは事実である。

(自分でも未だに「あんなので合格していいのか」とちょっと思ってる。いや、だいぶ)

エンストは日記では1回ぶんしか書かなかったけど
実はあの後もエンストもう1回やったし、
ウィンカーももう1回くらい引っ込め忘れた。
他にも有形無形のミスを重ねていたであろうことは
想像に難くない。

だから、実際はあの日記に書いたのよりも
さらにひどい検定内容だったくらいなのだ。

でも大丈夫、今すぐ公道に出るわけもなく
(この技量じゃムリなのは自分が一番よく知ってる)
中型の免許を取りながら練習を重ね、
もう少しまっとうに走れるようになってから
公道デビューしようと思ってるので。

というよりも、

「“エンスト”って“エンジンストップ”じゃなくて
“エンジンストール”の略なんだけど」


というメールを(多数)いただいたことのほうがショックであった。
マジで知らなかったよ・・・。

その程度の私ですから。ええ。ひどいもんですよ。


2004年07月16日(金) 三十路の挑戦 その5

「お前のバイクの免許がどうなるかなんて知ったことか」
と言われるのはわかっているのだけど、結局またバイクネタですんません。

----

さて、結局は免許を取らざるを得なくなった千代子は再度、
教習所通いをスタートさせていた。

1段階こそ最短5時間ですむところを11時間もかけてしまったが、
最近やっと、バイクにどうやって乗るかがわかってきた
(いまさらかよ、というツッコミはさておき)。

とはいえ、
角を小回りできず対向車と激突しそうになったり、
一本橋(平均台)を落ちずに渡る成功率は30%以下、
クランクではパイロンを蹴散らす
(↑このへん、わかんない人はすみません)
と、あいかわらずレベル的には最悪の部類で
教習所の先生には怒られてばかりである。

にもかかわらず、なんと千代子は2段階では一度もダブることなく
最短時数でパスしてしまった。

我ながら、
(先生、そりゃ甘すぎるんじゃ・・・)と思ったが、
時数をかければお金もかかるので黙ってパスさせてもらうことにした。
ということは、次は卒業検定である。

しかし、このレベルで検定なんか受かるはずがない。
だいたい、卒業検定に万が一合格したりしたら
とりあえず(125ccまでの排気量のバイクであれば)
公道に出ていいことになってしまうのである。

はっきり言って、こんなに運転できてない今の状況で
公道に出たら社会の迷惑になるだけでなく自分が死ぬ。
運転もおぼつかない人間を野に放って良いはずがない。

・・・と思いつつも、容赦なく卒業検定の日はやってきた。

私とともに小型2輪の卒業検定を受ける4人は、みんな十代の
ピチピチ女子ばっかりであった。
「わー緊張するぅ」
などとキャッキャキャッキャさんざめく十代に囲まれて
三十路のオバハン(彼女たちから見たらそうだろう)は
すっかり気圧されてしまっていた。

おまけに私は小心者のあがり症。

自分の順番が回ってくる頃には緊張の極北に達したばかりでなく、
頭の中は真空地帯と化しており、

出発した最初のころこそ、
(えーとギアをローにしてぇ、それからウィンカー出して・・・)
と、手順をモタモタと思い出す余力も残っていたのだが、

途中でウィンカーを消し忘れたままずっと走っていたことに気付いた瞬間、
いよいよ残された理性が真っ白に燃え尽きてしまったのである。

それでもヨロヨロとコース内を周回し、
指定されたコースの3分の1をクリアしたのだが、
そこでついに決定的なミスをやらかす瞬間がやってきた。

一時停止の標識前で
ギアをセカンドに入れたまました停車したうえ、そのまま発車しようとして、
あっさりエンストこいてしまったのだ。

私はあたふたモタモタと
(えーとこういうときはギアをローにして、それからアクセルあけて
半クラッチにしてぇ・・・)
と、必死に所定の手順を踏んだのだが、
いくら頑張ってもバイクが動いてくれないのである。

(なんでぇぇ!?神様ぁぁ〜〜〜)

と、私は完全なパニックに陥った。呼吸まで苦しい。

見かねた試験官が千代子を

「千代子さ〜ん、エンジンかけなきゃバイクは走らないでしょ!!!」

と一喝するまで、私は口でハァハァしながらクラッチとギアを
いじりたおしていたのであった。

・・・あ、エンジンかかってないんだっけ・・・
エンストってエンジンストップってことだもんね・・・ハハ・・・(脱力)

そう、私はエンジンをかけなおさないまま、
必死にバイクを始動させようとしていたのだ(バカ)。

そのことに気付いたとき、私の魂はほぼ抜け殻となり意識は遠のいた。
口からエクトプラズマ出てたと思う。

が、ボーゼンとしている私に試験官はひとこと、冷たく
「じゃ、千代子さん、心の準備ができたら行きましょうか」
と言ったのであった。

心の準備・・・やっぱりそうよね・・・もうダメ(検定中止)ってことよね・・・
そりゃそうだ、エンストこいたんだもんね、えへへ・・・

その後、どうやってコースを回ったのかほとんど覚えていない千代子であった・・・

----

合格発表を待ちながらも、私は相方や浮気相手や友達や同僚や、とにかく
いろんな人に「落ちたよ」メールを打ちまくり、同情と励ましと哀れみのメールを
受信しまくって自らをなぐさめていた。

合格発表はひとりずつ別室で、試験官と二者面談の形式で行われる。

千代子はけなげにも
(どうせ落ちるにしても、せめて
落ちた理由と、ダメだったところを聞いてメモってこよう)
と思い、ノートとペンを持って部屋に入っていった。
みんな、こんなケナゲな私に惚れるといいと思うよホントに。

試験官は
「千代子さーん、だいぶ緊張してたみたいだねぇ〜
 だぁ〜めだよ、エンジン切ったままじゃさ〜」

と、欽ちゃんのような口調でのんびりと叱った後、唐突に
「で、結果だけど、合格
と言ったのである。

不合格の「ふ」を聞き落としたと思った千代子は
「・・・はぁ?あのすみません、もう一度」
と言ったのだが、何度聞いても
「合格ですよ」
という答えがかえってきたのみであった。

私はまたも口からエクトプラズマを出し、
持っていたノートとペンを膝からばさばさ取り落としながら
「あの・・・ほんとに合格なんでしょか・・・」
と繰り返した。

あんまり何回も確認されたもんだから、試験官はついに
「合格じゃないほうがよかったですか?」
と、少しイラついた口調で言い出し、

私はサザエさんのように
「んがぐぐ」
と喉をつまらせ、へどもどしながら
「いえいえあのその、合格嬉しいです、はいあの、合格でいいです」
と、頭の悪い返答をした。

こうして私は、125ccまでのバイクを晴れて運転する資格を得たのである。
信じられん。このあたしが小型とはいえ、バイクで街に出ていいなんて・・・。

というわけで、とりあえず小型二輪の資格を得た千代子だが、
まだ三十路の挑戦は終わってはいない。
次なる挑戦は、本来の目的であった
400ccまで乗るために必要な中型二輪の免許である・・・。


2004年07月13日(火) イメージ

さっき後輩の女の子たちとお昼を食べていて、
「今日で梅雨あけらしいね〜」
「暑いですねぇ〜」
という話になった。

----

私が

「でも、アタシ暑いの大好きなんだよね〜
 暑けりゃ暑いほど元気になるって感じ」

と語ったところ、

後輩のコがぽつりと

「え〜千代子さんって
 なんか、
 暑いと怒ってそうなイメージ・・・」

と言った。

----

暑いと怒ってそうなイメージ・・・。

これを良い意味で捉えろってほうが難しいと思う。
それって、
「あっちーんだよ、もームカつく!」
とか言ってそうなイメージってことだよね・・・。

あたしってそんなイメージなのか。
少ししょんぼり。


--

最近読んだ本
「チルドレン」伊坂幸太郎(講談社)★★★★☆


2004年07月12日(月) 三十路の挑戦 その4

またまたバイクの話で申し訳ないんですけど


==これまでの話ダイジェスト==

1、突然なんの脈絡もなく、バイク(中型二輪)の免許取得を思い立つ
2、近所の教習所へ入校
3、頼みもしないのに彼氏まで後を追って入校、30歳を過ぎてカップル通学という恥ずかしすぎる展開に
4、ギア、クラッチなど全ての操作がさっぱり身に付かず、教習所から小型二輪免許への降格を申し渡される
5、その後もさっぱり教習ははかどらず、規定時間を大幅にオーバー中
6、教官から「根性がない」と説教されたのを期にやる気が失せる

================

という状況で、すっかりやる気がなくなり、ここ1週間は教習所にも行かず、
このままフェイドアウトしそうな雰囲気だった千代子であったが・・・

----

小型二輪の免許取得までは、実はあと1時間(2段階のみきわめ)と
卒業検定を残すのみの千代子である。

が、その最後の関門を乗り越えるだけの精神力が
今の私にはない。

例えるなら、
「あと一口の食べ残したご飯がおなか一杯で食べきれない苦しさ」
みたいな状況。

1週間乗らないでいると、もともと苦手意識でいっぱいだった
ギアの操作やバイクそのものの感覚がどんどん失われていくのがわかる。

そうなるとますます教習所に変な恐怖感を覚え、足は遠のく一方であった。

そして私はついに、相方リョウスケに対し
「すまん、もうあたしゃ教習所に行く気がしないからリタイヤするよ・・・
 リョウスケのバイクにタンデム(2人乗り)させてもらうのを楽しみにしてるよ」
と告げたのであった。

相方は驚愕し、
「あと1時間だろ?そしたら卒検だけだろ?なんで今辞めるんだよー?
 バカじゃん、もったいないじゃん」
と私にかきくどいたが、私の決意は変わらなかった。
こんな腰抜けの私には免許取る資格なんかないのだ。

そして翌日、Sに対しても
「色々相談に乗ってもらってお世話になったんだけど
 二輪の免許はあきらめるよ・・・ごめん」
と話したところ、

Sもしばらくは説得してくれたものの、
千代子の決意が固いのを見てあきらめた・・・かに見えた。

が。

その3日後のことである。

「ちょっと用がある」とSからのメールがあり、
言われるままについていくとそこにはなぜかボロいバイクが
わんさか転がっており、

勝手にSがそこにいる男と話をし、
バイクを試乗しだし、
そして気がつけば商談成立。

なんだかよくわからないが、
こうして千代子はSから中古のバイク(5万円)を
買い与えられたのであった。

そのバイクは、千代子がかねてから「免許取ったらこれに乗ろう」
と心に決めていたエストレヤというバイクだったから、
買い与えられたのは嬉しいけれど、
めちゃくちゃにボロい。
そして、何より私にはそれに乗る免許がない。

が、

「大丈夫、見た目はボロいけど走るぶんには問題ないし
 ちゃんとメンテナンスの面倒はオレが見てやるから、
 お前は安心して免許を早く取れ、なっ」

と、Sはなぜか嬉しそうに言ったのであった・・・。

----

こうして退路が断たれ、
免許を取らないわけにはいかなくなったため、
久しぶりに今日、教習所の門をくぐる千代子である。

というわけで、三十路の挑戦はまだつづく・・・。


2004年07月08日(木) 三十路の挑戦 その3

三十路の挑戦はまだ続いている。

----

それにしても非常に厳しい。
バイクの免許取るのってこんなに大変だったのか。

中型2輪の免許を取得するために教習所に入ったにもかかわらず、
小型限定(125ccのバイクしか乗れない)という
屈辱的な降格を強いられてからはや2か月。

が、まだ小型限定ですら取れてないという目下の状況である。

1段階(最短5時間)のところを11時間かけて
やっとこさ通過し、
2段階にさしかかって間もなくの先週のこと。
千代子は教官に呼ばれた。

〜以下、教官との会話〜

教官 「千代子さんさぁ・・・やる気、ある?」
千代 「ハァ・・・そりゃもちろん免許欲しいですから」
教官 「じゃぁさ、もうちょっとなんていうかな、こう、根性入れなおさないと」
千代 「・・・根性・・・ですか・・・」
教官 「このままじゃ、全体的なレベルとしてちょっとツラいんだよね」
千代 「・・・・・・」
教官 「底上げしてかないと当分卒業できないよ」
千代 「底上げというと・・どのへんを・・・」
教官 「全部」

というわけで、その晩は

「ああどうせダメな女さあたしゃ。
 そもそも30歳独身子供なしの負け犬だからねっ。
 やる気とか根性なんて母ちゃんの腹の中に置いてきちゃったし
 全面的に底上げが必要だなんて言われても
 具体的に一体どうすりゃいいのさ、えっ?」

と、相方にかきくどきつつ、深酒に走った哀れな千代子であった。

----

甘く見ていた自分が悪かったとはいえ、
根性がないと免許って取れないのか?

じゃあムリだな・・・。
だってあたし根性なんかないもん(あっさり)

だから、
「私が悪かったです、やっぱ根性ないんで2輪免許取るのやめます」
という言葉が喉まで出かかっているのだが、

すっかりバイクにハマってしまった相方が
「千代子と一緒にバイクで日帰り温泉に行くのが楽しみだねぇ」
などと無邪気に語っていたりとか、

浮気相手のS(筋金入りのバイク乗り)が、毎日のように
「千代子が免許取ったら一緒に峠を攻めに行こう、色々教えてやる」
(千代子には峠を攻める気なんてないのだが・・・)
などと楽しみにしていたりするものだから、

「千代子の根性のなさっぷりにはガッカリだよ」
と、双方の男に言われそうで恐ろしく、
言い出すことができぬままにずるずると時が流れている。

あーどうしようかなー。根性なしの女でごめんって感じなんだけど
ホントに辞めたいんだよな・・・。


2004年07月05日(月) カフェイン戦隊エスタロンモカ

先週は非常に忙しく、睡眠時間が異常に少なかった。
・・・といっても、もちろん仕事ではない。

----

まず、月曜日から昨日の晩に至るまで、毎日飲み会だった。
月曜日は会社の人と、
火・水曜日は友達と、
木曜日は浮気相手と、
金曜日は相方と、
飲んでいたわけである。

さらにここのところ、夜中にNHKで毎晩ウィンブルドンを
放送しており、飲んで帰ってきてはこれを欠かさず見ていたため
毎晩寝るのが3時とか4時とかになってしまっていた。

私はゴルフ以外のスポーツ中継はたいてい好きで見るが、
なかでもテニスはベスト3に入るほど好きだ。

にもかかわらず、テニスってさっぱり日本じゃ放映されない。
あんなに面白くて、男前もいっぱい出てくるスポーツが
何故日本ではサッパリ人気がないのかわからん。
ウィンブルドンくらいしか日本で(しかも地上波で)
テニスをじっくりテレビ観戦する機会はないのである。

と、話がそれたが
とにかくそういうわけで毎日慢性的な寝不足が続き、
当然のように会社でも眠くてしかたがなかった。

朝、満員電車に揺られながら
立ったまま寝て、

昼ごはんを口に入れたまま眠くなって(赤ん坊と同じだ)、
机につっぷしてわずかな睡眠をとる毎日であったが、

昼過ぎは特に地獄だった。

眠いのに眠ることを許されない環境というのは
こんなにも過酷なものかと、あらためて実感。
このまま眠れるなら1万円払ってもいいとさえ思った。

そんな具合で毎日、
口と目が半開きになってぼんやりしている私を見かねた
同僚にすすめられたのがコレ

コーヒー3杯ぶんのカフェインが大脳皮質に作用して
眠気を除去するという。12錠で500円ぐらい。

「どうせ大して効きゃしないだろう」と思いつつも
藁にもすがる思いで2錠をごくりと飲んだところ、

・・・すごいねコレ。すごいねエスタロンモカ(商品名)。

飲んで5分後には眠気もだるさも吹っ飛び、
すっかり元気になってしまったのである。

こうして
「カフェイン戦隊エスタロンモカ」として
生まれ変わった私は
強大な敵(貯めこんだ仕事)を全てやっつけ、
ボスキャラ(明日の仕事)までを撃退して
すがすがしい気持ちで家路についたのであった。

が。

飲みに行くために電車に乗っていた私は
突然の激しい眠気ウェーブに襲われることになった。
薬が切れたのである。

今まで抑えこまれていた眠気が一気に噴出し、
もう、立っていられないほどに眠い。

エスタロンモカは
眠気もだるさも吹っ飛ぶ素晴らしい薬であるが、
その効能が切れた瞬間の
だるさと眠さの大ウェーブはハンパではない、
ということを
身を持って知ってしまった千代子であった。

たまらず近くの駅で電車を降り、
お茶を買ってまたエスタロンモカを2錠服用したところ
5分後にはまた、ぱっちりと目が覚め、
カフェイン戦隊のヒーローとして
新たなる敵・飲酒星人ウワバミン(←底無しに飲めるため「ウワバミ」と呼ばれる友達)
に立ち向かい、
必殺技「とりあえずナマチューね早く早く」を繰り出したりしながら
元気に飲み会を終えることができたのであった。

----

こうして先週は、エスタロンモカを連続服用しながら無事終了したわけだが
薬を服用してまで酒とテレビにあけくれる女30歳の人生、
これで良いのかという疑問は見て見ない方向で。


最近読んだ本:「玉蘭」桐野夏生(朝日文庫)★★★☆
自意識の強い女の出てくる小説はいつ読んでも疲れる。


千代子 |MAIL
ご感想をどうぞ。





My追加