妄言読書日記
ブログ版
※ネタバレしています
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2008年11月28日(金) |
『文学賞メッタ斬り!2008年版 たいへんよくできました編』(他) |
【大森望 豊崎由美 PARCO出版】
ようやく、最新刊に追いつきました。え、もう大分遅い? 半年後には2009年版が出るでしょうけれど、まぁまぁ。
今回のトークショーは、長嶋有と石田衣良。 どっちも読んだことないんですけどねぇ・・・。 大人気ない中原昌也と、腹黒い大人な石田衣良の確執(一方的)、そしてなんだか世間知らずで可愛い長嶋有。 そこにいないのに、人気者だなぁ。中原昌也は(メッタ斬りでは)。 大森望がよく、伊坂幸太郎は黒さが足りない、と言っていた意味が、石田衣良の受け答えを読んでいて納得。 黒いっつーか、なんて言うかな〜。ま、作家なのに大人でスマートですね。そりゃもてるよね。 伊坂くんももてるんだけど。 石田、長嶋両氏の本が読みたくなりました。ようやく。今更。 2009年版のゲストは、ぜひ、町田・布袋両氏を。 さすがのメッタコンビも隅でおとなしくなりそうなバトルが展開する・・・かも?
いつものごとく、137回も、138回も受賞作はおろか、候補作のどれも読んでない現状なのでメッタ斬りの内容、選評の内容それぞれどれくらい妥当なのかは判断がつきません。 それにしても、鹿男って直木候補になってたんだな〜。早いなぁ。 万城目くん、鹿男以来書いてなくない? モリミーに置いていかれちゃうぞ!
直木、芥川以外では、ぼちぼち読んでいた本も話題になっていて、概ねその通り、という感じの評価がされてました。 曽根圭介の「鼻」は私的にそんなに評価高くなかったけど。うーん、ただイヤナ感じだったからだけかも。構成としてはよかったのかなぁ。 乾ルカが褒められてて嬉しかったけど、この人も新作出ないなぁ。地元の作家なので、がんばって欲しい。 朝倉かすみが候補に挙がってきたらもりあがりそう。
毎度の文学賞の値打ちを参考に次読む本を選びたいと思います。 それにしても、いまだに「読者が犯人」というミステリーに挑んでいる人がいたんだなぁ・・・。苦労に対して効果があまりなさそうなトリックだよなぁと私は思うけれど、読んでないからなんとも言えないな。 上手いこと書いたら、傑作になるのかも。 円城塔と西村賢太は読んでみたいな。
2008年11月26日(水) |
『九十九十九』(小) |
【舞城王太郎 講談社文庫】
清涼院流水のJDCシリーズのスピンオフを、舞城が担当。 その担当キャラは九十九十九。 清涼院流水の、小説は『コズミック』『ジョーカー』『Wドライブ』を読んでいるけれど、名探偵を大量に投入、事態をひたすらに拡大、そして、まあこの辺でよしとしよう、という終幕という話しと、それ以上にアナグラムに代表される言葉遊びへの異様な執着などなどから、あぁ頭おかしい人が出てきたなぁと思ってました。 まぁ、一言でいうと非常識な作家です。 ミステリファンに空前絶後の話題を提供してくれたという点、評価すべきかなぁと思いつつ、疲れるんだよなぁ・・・・読むの。
けれど、本作は舞城の小説なので、流水のことは脇に置いておいて。
最初、舞城が人のキャラでスピンオフなんてなんだかもったいないなぁ・・・と思いながら読み始めたのだけれど、すぐにこれは人のキャラを借りたというものではないとわかります。 九十九十九の話しですらない。 なのに、流水の小説を解体しつつ、既存のミステリ小説もついでに解体しつつ、小説の枠組みすら踏み越えて、舞城のどの作品よりも舞城らしいというアクロバティックな作品。
なにしろ、毎度定番の西暁町に九十九十九が生まれるわけですから、九十九十九であって、それは流水の九十九十九ではなく、まぎれもなく舞城王太郎の九十九十九。 JDCの麗しい九十九十九を期待するとショックが大きいかも。
先日『決壊』を読んでいる中で、どうにもこうにも舞城が読みたくなってこれを読んだのだけれど、なぜかぽろっと「平野啓一郎」の名前が登場して、え、神?さすが、舞城、という気分になりました。 まぁ、かなりいろいろな作家の名前が出てくるのも確かなのですが。
【平野啓一郎 新潮社】
怒涛のように物語が進行し始める下巻。 ・・・上巻をもっと端折ってたら、一冊に収まったんでは。
たぶん、以下は色々とネタバレを含みます。
次々起こる、犯罪、便乗、中傷やら偽善、全て実際に起こった事件のコラージュにしか見えなかった。 酒鬼薔薇事件から、911、拉致殺害事件、それらが満遍なく羅列されて、あの事件報道の日々を思い出させる。 それはただただ不快な気持ちで、犯行DVDのシーンはネット上に公開された殺害シーンを無理矢理見せられるような不愉快さと嫌悪感でいっぱいになる。 とかくただただ、不愉快で仕方がない終盤。 それが何に起因するのだろうと思いながら読んでいたのだけれど、この小説がただ現実をなぞっているだけで、そこに何も作者の思いも思想も考えも見えてこなかったからだと思う。 それでこの現実をどう捉えているんだろう、というのが見えてこない。 だからただ、残酷なシーンを、無残な現実を見せられただけという印象になる。
たとえば、散々いろんな作品で取り上げられた「どうして人を殺してはいけないのか」という問いにも、取り上げただけで作者自身の回答は提示されなかった。 他人の死を自分のことのように取ることのできない人間がいる、という事実のみが提示される。
読み終わった後に残るのはだからなんだったんだ、という気持ちばかり。 そんな「決して赦されない罪」の話しは毎日のように聞いている。 そこから先のことを作家の想像力で見せて欲しいのに。 崇の顛末がその先だというなら、それはお粗末過ぎるように思う。 それともそのことを考えるのは読者にゆだねているのだろうか。 だとするなら新聞で充分。
どこか作者の視点は、現実の社会を見つめるというよりは、眺めているというふうに見えた。 私的には、決壊というより崩落って感じだ。 ラストシーンはなんとなく『グラスホッパー』のことを思い出した。 別にパクッたと言う意味ではなく。
読んでいる間、ずっと舞城くんの文章が読みたくて仕方が無かった。 『スクールアタックシンドローム』でも読み返そう。
【平野啓一郎 新潮社】
『一月物語』の時は擬古文とその内容の無さにうんざりさせられたのですが、この作品は現代物で普通の文体。普通と言っても「足音」を「跫音」と書くくらいには普通じゃないですが。
表紙に書いてある、全国でバラバラ遺体が発見されて云々の展開になるまでが、長い。 最終章になってようやくである。 崇がどうでもいいことをぐだぐだ語ってなければもっと早く話し進むんじゃないの?と。 今、それ必要? まあ、下巻でなんらかの効果が出てくるかもしれませんから、内容についてはあまり今は言わないでおきましょう。
でもきっと、下巻を読んでもこの小説の評価は上がらないと思う。 むやみやたらに引かれた傍点も気に障るし。 そんなに強調しないと気が済まないのか。 そんなに読者が信用できないか。それとも、自分の書いたことに自信が持てないのか。 きんぴらごぼうに傍点をつける意味を教えてくれ。
装飾過多なだけでちっとも響いてこないんだ。この人の文章。 賢いことも博識なこともわかりましたよ、もう!
【和田竜 新潮社】
『のぼうの城』に続き二作目。 マイナー路線の時代小説でいくのかなぁと思ったら、次は伊賀であれ?と思ったのだけれど、伊勢を治める信長の次男信雄vs伊賀の争いで、まあやっぱりマイナーと言える舞台。 でもそれよりも、伊賀の忍びの非道さと、浅はか具合が、新しい。 なるほど、確かにそんなもんかもしれない。
主役は伊賀一の忍びの無門。 その技は恐るべきものだが、惚れたお国には頭が上がらず、腕が立つのをいいことにあまり何事も深く考えず十二家評定衆の思惑通りに動いてしまう。 微妙に抜けた人物となっている。 だからといって、微笑ましくはないのは、「絶人の域」と呼ばれるほどのすさまじさぶりだから。 これでもう少しかしこければ、もっと活躍できるのになぁ・・・となんとも惜しい気分になる。 バカというより、やる気に欠けるのが原因か。
当時の人物や出来事を、現代人感覚で解釈、設定するところが和田竜の時代小説の特異さだと思うので、今回もまあこんなもんではないかと。 でももう一歩突き抜けてくれてもいいと思う。 一度もっと一人の人物を掘り下げて考察してみたらいかがか。
文吾(のちの五右衛門)が美形なのが終始どうにも想像できなかった・・・。
2008年11月13日(木) |
『イノセント・ゲリラの祝祭』(小) |
【海堂尊 宝島社】
藤原伊織の小説みたいなタイトルな、白鳥&田口シリーズ第4弾。 田口先生がついに厚労省に殴りこみ?というような内容紹介がありますけど、殴りこみというより、差し出されたというか、生贄?
前々から言ってるけど、海堂小説の大半はミステリーじゃないので、今回も帯に騙されず怒らずに・・・。
海堂劇場の第一段階が終了したという印象でした。 イノセントよりも前に出た作品全てが、その第一段階の布石。 内容は、新書の『死因不明社会』の小説版というか、続・死因不明社会というか。 新書を読んでいた人にとっては、入りやすい反面、同じ話しがもう一度延々出てくるので、しつこく感じるかもしれない。 読んでいない人は、怒涛の情報量に脱落する可能性が。 私は二回説明されて丁度よいくらいだったので、おさらいくらいの気持ちで読みましたけれど。
今までの作品で、小出しにして提起してきた医療問題を全面的に俎上に載せて、延々厚労省での医療事故調・創設検討会の会議で押し通し、それを小説として読ませるというのはなかなか力量があると思うのですが。 もちろんここにいたるまでに、キャラクターを定着させているというのも大きいとは思うけれど、検討会メンバーは田口先生と白鳥以外は初登場なので、レギュラーキャラの力はそれほど及んでいないのは明らか。 とはいえ、この本一冊だけの評価はそれほど高くはならないとは思いますけど。
『ひかりの剣』の時に、海堂先生は扇動者のようだ、と書いたのだけれど、今回そのまま扇動者のような彦根というキャラクターが登場し、それがまた『死因不明社会』で海堂先生が述べたことをそのまま、やや過激に終盤主張して、おやおやという気分。 だからと言って、彦根が海堂先生の分身だとは思いませんけど。 だいたい彦根のようなやり方では、言ってることが正しくても読者だってどうも同意しにくいことくらい、海堂先生は理解してることでしょう。 海堂先生と同じ主張をする彦根がああいうキャラなのは、先生がいつも暗に訴えている「自分の頭で考えろ」「言われたことを鵜呑みにするな」というメッセージの表れのような気がする。
今回、舞台のほとんどが霞ヶ関だったので、白鳥のパートが新鮮でした。 ここしばらく、白鳥がいなくて寂しかったし。 白鳥が孤独に闘っている様を見てちょっと目頭が熱くなってしまった・・・あれ、そんなの私だけ? 田口先生、もう少し白鳥に優しくしてあげてもいいんじゃないかな。 そんな田口先生にかかると、今話題のモンスターペイシェントも大した問題ではなくなるところが凄い。 ぼんやりしてると思ったら、本当に肝が太いなぁ。田口先生は。 せっかく厚労省に行ったのに、またも姫宮との顔合わせはなし。残念。 何気にシリーズ皆勤している兵頭って偉いなぁ。
ずっと著作を読んでいれば、海堂先生が現状の日本の医療制度が変わることなんて全く信じてなくて、希望的観測すら持ってなく、そもそも小説で変わるなんてことにも期待していなく、それでも白鳥が孤軍奮闘している様を書くのは変わらなくとも現状を知るべきだと訴えていることを読み取れる。 今回、改めて問題点が詳らかにされ、読者に認識させた先生が、次にどの段階に連れて行こうとしているのか。 彦根の呼びかけのメールのようだった今回の作品に、どう答えるべきなのだろう。 多分、そんな読者の姿を映す鏡が田口先生。 傍観者に徹した田口先生が、次からはどう動くのか期待したい。 というか、彦根や白鳥に言わせっ放しなのもなんとなく、釈然としないので、田口先生なりの回答が見たい。
2008年11月11日(火) |
『ひかりの剣』(小) |
【海堂尊 文藝春秋】
海堂作品は装丁がかっこいいのが多いのだけれど、今回は微妙だなぁ。 まんま過ぎる。
速水と帝華大の清川が学生時代の話し。 舞台は再び、1988年。 二人のパートが交互に語られるのだけれど、清川パートが一人称なので清川の方が比重が大きい印象を受ける。 もうちょっと速水も・・・。 学生時代清川を見てると、『ジーン・ワルツ』の頃には少しはマシな男になったのかなぁと思い直さないこともない。 何せかにせ速水が男前すぎるから、しょうがないと言えばしょうがない。
前半の速水は、侍とか武士とかそういう雰囲気だったのだけれど、終盤はジェネラルの片鱗がうかがえて、なんだ結局20年後のあの顛末は高階先生のせいだったんじゃね?というようなことを思った。 高階先生が免許皆伝しなければ、生真面目速水でいったことだろうに。 いや、20年後も生真面目は生真面目なのだけれど。 田口先生が高階先生と速水の関係を知ったら、やっぱり私と同じ様なことを思ってやり切れなくなりそう。
田口先生はともかく、速水もサボり魔だったのが少し意外。 速水の「俺のわがままが許せないのなら、勝てばいい」というセリフ、田口先生に言ってみたら?と思うと可笑しい。 (土壇場ではいつも負けるジェネラル速水)
医鷲旗の行方は、地味ーに『ジーン・ワルツ』で明かされていたので、正直勝負の行方は大体想像がついていたのが、やや残念。 何もあそこでさりげなく書かなくてもよかったような気がするんだけどなぁ。
間違いなくこれは青春小説でした。 でもやっぱりそれとなく、医療崩壊の兆しは挟み込んでますけど。
ブラック・ペアンの裏ではこんなことも起こってたんだなぁと、合わせて読むと高階先生の奮闘振りがより際立つ。 さすがのちの院長。
ジェネラル・ルージュ以降、いろんなジャンルで桜宮市の医療事情を書いてきて、次は久々に田口&白鳥シリーズに戻る。 種まきは終わって、今まで提示されてきたことが結果を現し始める展開がそろそろ始まる気がする。 そして、そのクライマックスは東城大学付属病院の崩壊。 ここまで明確に手の内をさらしている海堂先生がいったいどういう場所へ案内してくれるのか。 私には海堂先生は医療ミステリーの旗手というよりは、希代の先導者、もしくは扇動者に見える。非難じゃないよ。
2008年11月10日(月) |
『ジーン・ワルツ』(小) |
【海堂尊 新潮社】
今回は桜宮市を出て、東京は帝華大学の産婦人科医・理恵が主人公。 初めての女性主人公です。 海堂小説の脇役としての女性キャラはいいと思うのだけれど、主人公としてはどうかな〜と思っていたのですが、及第点かな。 同性としてはやはり同性キャラには採点が辛めになるのはいたしかなたいのです。
読み終わってみれば『螺鈿迷宮』と対になる小説のような気がしました。 舞台が帝華大学なので、いつもの面々は全然出てきませんけれど。 理恵は人工授精のエキスパートであり、代理母出産の疑惑を巡る内容ですが、テーマは不妊治療も含めて、出産などの産婦人科医療の危機。 お産によって母子が死亡したために、医師が逮捕されたのはほんとにあった事件。 産婦人科医療の危機は最近も、事件があったのでタイムリーなんですが、あらすじだけ見ると、人工授精や代理母のことがメインのように見えるのはやや不利な気がする。
理恵が担当する、それぞれにわけのある5人の妊婦たちは、特別な存在ではないと、身近な出産を思い出すと実感される。 もちろん、人工授精や代理母出産はないけれど、流産や先天的な異常はある。 それだけに海堂作品の中では一番、実感を伴って危機として受け止められる一作でした。 あちこちのシーンで思わず落涙。 妊娠・出産ってするしないに関わらず、女性には大きな問題です。
理恵が取った方法の善し悪しは問題ではない。 なんとなく女版速水みたいだな〜と思った。 そして、理恵のやり方は小説と言う手段を取った海堂先生自身にも重なった。
理恵に相対するには清川がやや軟弱な印象。 一人称が僕なのが意外だった。 理恵がどうなっていくのか、清川がどうするのか今後のことも気になる。
なんだか未来は明るくない感じではあったけれど、『医学のたまご』を読んだ人には、少なくとも双子の片割れはしっかりと成長していることを知っているから、安心できる。
前々から思っていたのだけれど、極北市っていくらなんでもなネーミングだと思う・・・。 そのうち、舞台になったら嬉しいけど。
2008年11月07日(金) |
『医学のたまご』(小) |
【海堂尊 理論社ミステリーYA!】
最近、ヤングアダルト向け小説がひそかに流行なんでしょうか。 ヤングアダルトとライトノベルの境界がいまいちわからなかったのですが、本書を読んでそうかと納得するものがありました。 それについては後述します。
中学生の薫くんがうっかり潜在能力テストで全国1位の成績を取ってしまったために、ご存知東城大学医学部で研究することになってしまう話しです。 全編横書きなのがなかなかに辛かったのですが・・・。
私は海堂作品を刊行順にここまで読んできているので、その流れから見た感想になります。 前作ブラック・ペアンで現在(田口&白鳥シリーズを一応現在とすると)よりも20年前の東城大学附属病院が舞台になりましたが、今回は現在よりも10年ほど先の大学が舞台。 この30年という時の流れを端々に感じて感慨深い作品です。 何よりあのナイチンゲールで幼かったアツシがこんなに立派になったかと思うと、そのいちいちに目頭が熱くなる。 終盤でアツシが薫に「逃げ出すなよ」と言う時、きっと脳裏には瑞人のことがあるんだろうなぁと思うと、ナイチンゲールも無駄ではなかった、と思うのでナイチンゲールでがっかりした人はこちらも試しに読んでみたらどうでしょうか。印象が変わる・・・かも?
学長になった高階先生が薫に「偉いね、君は」と言った時、30年前から今まであったであろう色々なことがぶわっときて、海堂先生の作品では一番本書が感動的でした。
ブラック・ペアンの時に、海堂作品には悪人がいない、と書いたのだけれど、今回の藤田教授と言うのはどうしようもなくずるい人。 全てを中学生の薫のせいにしようなんて酷いよーと思いながら読んでいたのだけれど、アツシや薫のパパは藤田教授ばかりが悪いのだろうか、と提示する。 ただ諾々と流されていた薫にも非はあるんじゃないかと、突然見知らぬ世界に放り込まれた中学生にとってはなかなか厳しいことを求めるな、と思うのだけれど、「無知は罪である」という海堂先生の考えは子どもでも大人でも変わりはないという姿勢の表れなんだろうなぁ。 この辺が、ライトノベルとヤングアダルトの違いかな、と。 大人が自覚的に10代を意識して書いているかいないか。 自覚的に書いたとき、それは逆に10代だけではなく大人でも読める作品になるのではないかなと、本書で感じました。
薫くんは、これからも東城大学でがんばるようなので、アクの強い面々と渡り合っていってもらいたい。
端々にここ10年での変化がさらりと書かれていてそれが凄く驚く。 まずは万年講師の田口先生が教授になってた。 まだ愚痴外来やってるのだろうか。 そして、救急が無くなっていた・・・速水・・・。 それだけに留まらず、実は病院自体一度つぶれているというのだから、一体この先どんな事件が起こるのか、不安するやら期待するやらです。 紆余曲折ありながらも、田口先生や、高階先生や、三島事務長(は変わらず)や、垣谷先生が残っているのがしぶといな〜とは思いますが。
2008年11月06日(木) |
『ブラックペアン1988』(小) |
【海堂尊 講談社】
ペアンって何?というところからなんですが、ペアンは表紙に描いてある鋏のような手術道具のこと。 手術シーンが多く、いろんな用語やら道具が飛び出しますが、なんとなく医療ドラマの手術シーンを思い出しつつ、あんな感じかな〜くらいの把握でも問題ないかと。
東城大学附属病院サーガとでも呼べばいいのか、今回の舞台はいつもの附属病院ですが、年代がタイトルにあるとおり1988年と田口&白鳥シリーズよりも約20年ほど遡ります。 主人公は研修医の世良くん。 まだ試験に合格したかどうかもわからないうちからこんなに色々させられるんだな〜研修医って、とその過酷さに驚きつつ、『ブラック・ジャックによろしく』的な重さはいつもの通りないのでご安心を。こちらが物足りない人はそちらをどうぞ。 海堂先生の作品は徹底的にエンターテイメントで、泣かせないところが毎回素晴らしい。
今回の話は世良くんを案内役として、今現在の東城大学附属病院のルーツを辿るのが趣向の一つ。 高階病院長がまだ鳴り物入りでやってきたしがない講師として奮闘している様が非常に新鮮。 この時代があるからこそ、今があったのか、と納得です。 そして若い頃はやや白鳥っぽい。 いまやすっかり狸親父な高階病院長が、佐伯教授やライバルたちと奮闘している様は素敵です。
現在はすっかりベテランとなっている、猫田さんや藤原さんの現役時代(猫田さんは引退してないけど)、花房さんの初々しい頃が見られるのもまた楽しいです。
そして若いと言えば、田口・速水・島津トリオが2年生の研修でやってくる様はちょっとしかないとはいえ、非常にうれしいサービスです。 例の手術中に卒倒事件も登場。 三人のレポートが三者三様に無礼で、三人らしい。
とまあ、レギュラーキャラの若かりし頃にばかり気をとられがちな本書です。
海堂小説の主人公はみんな、一言よけいに本音を言いすぎる傾向があるようで、今回の世良くんも例に漏れず。
今回はAiも登場しないし、過去の話しなので問題提起はなかったのですが、強いてあげるなら新しい機械を導入する難しさという点でしょうか。 まあしかしそんなことは気にせず、ようやく海堂先生が純然たるメディカル・エンターテイメントを書いたと捕らえたらよいのかな、と。 ストーリーテリングがもう少し上手ければ、サスペンスと呼べたかもしれないけれども。
バチスタ以外、悪役キャラというものを書かないのは何か理由があるのかなぁ。 渡海先生はもっと悪人かと思ってた。
2008年11月04日(火) |
『もっと!イグ・ノーベル賞』(他) |
【マーク・エイブラハムズ 訳:福嶋俊造 ランダムハウス講談社】
いかに笑わせ、いかに考えさせたか、を基準に選ばれるイグ・ノーベル賞を受賞した研究を紹介している本書。 もっと!とついているように、どうやら前にも出ていたらしい。
悪ふざけといえば悪いふざけにも取れそうな受賞サイドの態度ですが、賞をもらうほうはいたって真面目に研究している(暇つぶしという例もなくもないが)ことが多い。 「知らないうちに死亡届が出されてしまった人びとの生命を回復させた、インドの「死人協会」の創設者」なんていうのは、凄い大真面目にやった結果の受賞。 「抽選のはずれ番号を「当たり」と発表して民衆の大暴動を引き起こしたペプシ・コーラ社」は、好きでそんな事態を引き起こしたわけじゃないだろうに、平和賞を受賞。
そんな研究があったのか、というものから、それをそのように解釈して受賞させてしまうのか・・・と両者にたいして呆れるような、感心するような、なんとも真面目なのが馬鹿馬鹿しいという好例ではないでしょうか。 イグ・ノーベル賞は。
2008年11月01日(土) |
『レッド・クリフ Part1』(映) |
【監督:ジョン・ウー アメリカ・中国・日本・台湾・韓国】
不安と期待が入り混じりつつ待ち焦がれてました。赤壁映画。 本作はPart1なので、長板から開戦直前まで。 予告の時点で、赤壁にしては戦いが昼間だし、陸上だし、火の手は見えないし・・・?と思っていたのですが、要するに赤壁の戦いはまだ描かれていません。 ややがっかり。
赤壁にいたるまでのあれやこれやが、やや冗長気味に描かれるPart1は三国志ファンから見ると、長い・・・と思わざるを得ない。 ファンとしては、活字やゲーム上でしか見てこなかった、あれやこれやの合戦が実写にするとどうなるのか、という部分が見たいのです。 まあ、長板は見れると思ってなかったので嬉しかったですが。
Part2ではごりごりのアクションを期待してます。
あれこれと三国志を読みまくった結果、逆にそれぞれに人物に対する確固たるイメージと言うものがなくなって、ジョン・ウーが有名で人気の人物たちをどうキャラ付けするのかが、もう一つの楽しみでした。 さほど奇をてらったキャラ付けや、意表をついた解釈はなくて、その点では安心できるのではないでしょうか。 私は少々オリジナリティがあってもよかったんですけど。
演義がベースなので、曹操がどうしようもない悪役だったらいやだなぁと思っていたのですが、なかなか素敵な感じです。 終盤、色ボケ・・・?ってなって残念でしたが、2での挽回に期待します。 もう少し、魏の武将のこと紹介してください。誰が誰なのかさっぱり。
意外にもいいなぁと思ったのが、孫権でした。 やや神経質そうな悩める若い君主のチャン・チェンがとてもはまり役。 呉清源の次は、呉候なんですね。 呉さんのときより、二枚目度が上がってました。というか、呉さんは終始、なんだかわからないキャラでしたが・・・。
思いがけず出番がいっぱいあった、甘興の中村獅堂。甘寧と呼ぶ方が通りがよいのですが。
蜀の武将が呉サイドよりもいっぱい出てるのは、やはり人気の問題なのでしょう。 関さんがかっこよかったのが嬉しかったのですが、馬に乗ってもいいんではないでしょうか。そして、もう少し大きくて声の低い役者さんがよかったのではないでしょうか。西岡徳馬に顔が似てました。 でもアクションは無双ばりに華麗です。 張飛もかわいく、趙雲はやっぱり白馬に乗っていました。趙雲のフー・ジュンは無限序曲に出てたのだなあ。
キャラとしては魯粛が好きです。 (他の三国志でも好きな人物ですが)
主演のお二人は、俳優としても非常に好きな二人なので、正直、いるだけで私は満足だったりするのですが、トニー・レオンには劉備をやっていただいて、桃園の誓いやら三顧の礼をやってもらいたかった。 周瑜は一番、オリジナリティのある設定になっていて、ひたすらいい人になってました。それもちょっと物足りないんですが・・・。 金城武の孔明は、見る前はなんとなく違うような?と思っていたのですが、もう可愛いからいいや。 孔明がというより、金城さんが。 こちらも、他のキャラクターよりオリジナリティが付加されていて、お茶目な感じに仕上がってます。 鳩、扇いでたりする。
二人とも、天才、切れ者という印象は薄くなっていて、親しみやすい印象。 でも、孔明の策はやっぱりどこかえげつないなぁという気がする・・・。人数が少ないからしょうがないとはいえ。
やたらエロい小喬の怪我の手当てはなんなのか。 じらしプレイに耐えるトニー・レオンが素敵でした(そこ?)
とまあ、それなりに満足したように思います。 主に俳優の力ですが。 脚本はどうもいらんシーンや、長すぎる場面が多すぎて、退屈に感じることがたびたびありました。 2はアクションが増えるだろうので、そういうこともなくなることを期待してます。 待て、4月。
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