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2010年08月09日(月)
雨を売る








雨を売る店のなかは
形の決まらない窓枠でいっぱい
店ごと大きな壜みたい

雨を売る店のなかではお客さんたち
耳と胸とおもいでだけになってしまうし
その他はロッカーに置きっぱなし
並んだ雨を眺めていると
きっと子どもの頃に降った雨も
見つけられる

端の茶色い新聞紙で包んでもらって
買って帰る雨の使い方は
もちろんお客様の自由です
私は明日の朝さっそく
こいつで目を覚ますことにいたします

残ったぶんは仕事の合間にでも
ポケットから取り出して
眺めたりもするでしょう















2010年08月02日(月)
にぎやかな大通り(2)





ご自由にお持ちくださいなと
マジックで書かれた小さな箱が
街にはいくつも置いてある
箱は音がよくたまるように出来ている
音が箱の中にたまると歌が出来る
でも喉で歌うための歌じゃない

バスの座席を急ぎゆずったのは
ひとつの音
ピアノのお稽古から帰ってきたのも
ひとつの音
トレー片手にパンの値段を覗きこんでる
ひとつ、ひとつ、ひとつの音

ひとつの音が鳴り終わる間にも
ひとつの音がまた鳴りはじめる
しわしわの両手に伸縮自在の
旗を持ってやって来る
苦悩知らずの音楽家が
家々の壁に筆をはしらせているみたいに

いまではその小さな箱は
街のどこでだって見かけるようになりました
何十年かけたって片付けられないくらいにね

バッグを降ろして髪を束ねたのは
ひとつの音
ポストに手紙が落ちるのを聞いたのも
ひとつの音
テールランプを振り返って見送っている
ひとつ、ひとつ、ひとつの音

ひとつの音が鳴り終わる間にも
ひとつの音がまた鳴りはじめる
百年あとの
おんなじ夜
オーケストラのチューニングは
けれどもまだはじまったばかり