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2009年11月30日(月) ■ |
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まっすぐにむかう |
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いま私の目の前にあるもの 肉(高級)、しゃぶしゃぶ鍋、甥っこ2人(5才と2才)、 その他大勢(姉夫婦、母、肉を持ってきてくださった伯父様)
子どもの成長にはたくさんの栄養が必要である 骨を成長させ筋肉を発達させるため、また免疫力強化の為にも しっかりタンパク質は摂取すべきである しかしながら31歳の私とて、肉(高級)は精神の健康を保ち 且つこの不景気を乗り切っていくうえで重要な栄養素である こんな霜降り、人生であと何度口に入るものかい すなわちこれは戦闘である、繰り返す、訓練ではない
肉を食う、黙々とでいい 口は忙しいので、「うまい!」とは心で叫ぶ 甥っこどもに負けず、食う 甥っこどもが食べるのに飽きたあとも、食う 膝にのってきても、食う かまえ、あそべと騒がれても、食う 背中にのってきても、食う 首を絞められても 耳を舐められても 鼻に指をつっこまれても なにやらふたりして こしょこしょ相談話をはじめても、無視して食う
子どものはなしはわからない 子どもは子どもたちのコトバではなすから おとなが聞いてもめちゃくちゃにしか聞こえない めちゃくちゃってのは理屈のこと 野蛮でまっすぐな根っこのほうの気持ちの理論 清潔にひんまがったのは おとなになった奴らのほうだから かれらとはなしをするのなら 膝を曲げて背丈をおなじにしてみたり それから頬ぺたをくっつけてみなくっちゃ 見下ろしてるうちはわからないはずの 小難しい論理だってやわらかく すとんって音をたてるでしょう でも、そんなことよりいまは食う、肉、食う
やがて、お腹もふくれきって 絨毯のうえにつっぷし倒れこんだ いま私の目の前にあるもの 満腹、その至福、に伴なう息苦しさ、それから 椅子のうえから離陸体勢 ふらいんぐぼでぃあたっく、一秒前の甥っこども
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2009年11月23日(月) ■ |
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云わず野原 |
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賑やかな場所をえらびます できればいい匂いのする 美味しい料理があるところ ぼくたちはもう話すことがないから
けれども賑やかな場所をえらびます それが野原に椅子をおいたとしても きっとおんなじことなんだけど もうたくさんは話さないほうがいいから
隣りの人たちが難しい話ばかりしていて その隣りでは誰かが冗談をやってる どっと笑いが盛り上がるね、そうだよ 若い頃なら話せることがいくらでもあった
口で云えることでは、なにも 云えなくなってしまったり 考えてできることも少なくなって いつからか 手放せないものばかり 抱えすぎたぼくたちの距離からは
黙ったほうがいい、という会話しか 聞こえないようになったけれど
だから賑やかな場所をえらびます ウェイターが皿をさげながら もう一杯如何と訊ねて 有難う、もう結構と答えるのだとしても
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2009年11月16日(月) ■ |
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幽霊 |
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可哀相な娘 娘の暮らした家の軒先 日没前と没後との曖昧な 蛙の声と川音との結び間 枝垂れ柳の枝垂れた辺りに
娘の姿とよく似たものが 俯いて立って居ります 時折、村を訪れる旅人だけが その娘に似たものを見やり慄いては 幽霊、と呼び囁いたりはするのですが
それは娘がというわけでなく 娘の受けた仕打ちがというのでなく 畳の細目に摺り付いた土と 拭き取った痕の様なもの 床下の行李に隠されていた端書き その行方の様なもの 村の連中、子供達までもが 微笑みを湛え乍ら決して
口にはしない、暮らしと喉の奥底へ 飲み込まれたものが行き場なく ああして集まり、寄ってたかり 薄ぼんやり 形をなして居るのでしょう
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2009年11月09日(月) ■ |
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いつもいつまでも |
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いつもいつもこのままではといつも いつまでたってもいつまでも こんな調子でこのままで いけないのだぞとわかっているくせ ついついついついこんな具合で いつまでたってもいつまでも
いったいいつになったらといつも しかられそしられけとばされてはいつも あげくしらんぷりされてはいつも、いつも あたまをさげたりなみだぐんだり
いよいよいいかげんまずいのだからと いつまでも このままでいるとおもうなと いつになく いちねんほっきのいちだいけっしん したのがたしか一昨年の いつだったのやらいつでもよいが
いつでもこんなを繰り返すうち いつになったら、と云ってるうちにまさか 云ってるだけの暮らしがよもや 意外と気に入ってしまったわけではあるまいなと
あげく、いつのまにかこんな唄まで できてしまったわけではあるまいなあー、と くちずさんではいつまでたっても ついついつつついこんな調子で、具合で、じぶんで いつまでたってもいつまでも
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2009年11月02日(月) ■ |
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夕暮れすぎて |
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夕暮れすぎて夜になったら まだ夕暮れのままの場所まででかけましょう そこはビルが半分だけ立っていたり もう半分で海が見えたりするところ コートを着たままやって来たのに まだ夏の匂いのするところ
夕暮れどきは子どものものだとおもうから 少し恥ずかしくても子どもの姿になってしまうから 子どもの姿でいるだけで お喋りすることがいくらでもあるでしょう そこはもう会えないひとたちが木の後ろに隠れて 話だけ聞いててくれそうなところ もう会えないひとたちの名前がほんとは夕暮れなんだと 気付いてはまた忘れていってしまうところ
夕暮れどきが 夕暮れすぎる場所に立ってみれば 振り返ってみるだけで町も 少しだけ離れたところにいてくれる おとなの姿のままのきみがもしも そんな場所で僕をみかけたら なんだ、ひとりじゃないかっておもうのかもしれないけれど
それは外灯がちらちら灯りはじめた隙間にいて、僕も ただの詩の一行になっているのかもしれないところ 風には汚れた手を洗いながら でも生きてた、よかったねと言ってあげられるかもしれない、 でも死んでたとしたってそれはどっちでもいいよって おもえるかもしれないところ
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