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2008年12月29日(月)
王様、メイド喫茶へ行く(後)








−メニューには、メイド手作りおにぎり1000円とあるが?
それはたぶん。世間的には高いほうかと思われます。

−さらに1000円で写真をいっしょに撮ってくれるとあるが?
それもちょっと。いや、迷いますが。

−ちょっと頼んでみてもいいか?
ダメです。


動物園に行けば動物に触りたくなるのは人情
階段のおどり場に行けば踊りたくなるのもこれまた人情
メイドがいる喫茶に行くのですから
王様もどうやら、もっとメイドさまとこみゅにけいしょんしたかったようなのです
いや、むしろ向こうから積極的に話しかけてきてくれる、と
胸をときめかせていたのやもしれません

実際にそういったお店もあるのでしょう
さりとてこの大晦日、表通り有名店での大混雑を避ける為、
我々が入った裏細い場所にあったお店はどうやら
初心者では太刀打ちできない、玄人達の集まる場所だったようです
なんせ、客数自体少ないものの
メイド様はもっと少ない
その少ないメイドさまを客どうしで奪い合っているのですから

『教室』の前髪を長く垂らした、もの静かそうな男の子は
ひとりでお茶を飲んでいますが、メイドさまがお近くを通られた途端、もの凄い勢いで
ご自分の所有するフィギュアのコレクションについて語りはじめます
その途切れない熱い演説と相槌の応酬の、ほんの一瞬の隙をついて
『医務室』の二人連れの男性方は、先日行ったイベントについて大声で話しだし
ねえ。きみは行った??と強引なまでに会話を奪い取ろうとする、そんな具合

−あの…、えっと…
王様も自分の中の何かをかなぐり捨ててまで
話しかけようとはするのですが
フィギュアも持たない、イベント行ったことがない、痛車にすら乗っていない
そんな王様になんの話題が振れるでしょうか
空振りのたびに訪れる、なんともやりきれない虚しさに、涙がココアを波立たせます

ではご主人様、いってらっしゃいませっ

けれども店をでたあとの
「いやぁ。可愛かったなぁ」の王様の一言は、決して負け惜しみではなかったはずです
完全アウェイ世界でぼくたち果敢に戦ったよ、
これで悔いなく新年が、それから三十代が迎えられそうだよ、と
互いの健闘を称えあう王様とワタクシの目には
麗しい秋葉原の夜景が映りこみ、そこには一点の曇りもなかったのですから


−それにしても可愛かった。否、可愛いの一言では足らないな。
 嗚呼。執事よ。この気持ちをなんと表現すればよいだろうか。
(それは萌…。いや教えないでおきましょう。)













2008年12月26日(金)
王様、メイド喫茶へ行く(前)








怪しい看板がある、着飾った女のコがいる
それを奪い合う男たちがいる
2007年大晦日
新宿発秋葉原経由メイド喫茶行き

その場所は王様が20代の終わる前に、もとい
この摩訶不思議な島国に滞在中、どうしても
行かなければならぬと己に課した場所だったようです
自国のお城にいるメイド連中には
まったくもってかまってもらえない、という
複雑な事情も絡んでいたのでしょうが
王様は入店前から、まずこの街に馴染むために回したガチャガチャで
アリア社長ストラップを入手し、それを嬉しそうにポケットにしまってから
しぱぱーん、と両頬を叩くという気合の入れようでありました
いざ、気合注入
いざ入店、いざやっ

おかえりなさいませーご主人様っ
写真やテレビとはやはり台詞の重量感がちがいます
いろんな意味でずしりときます
けれど王様はすでに、キャバクラもゲイバーさえもクリアしてきたのです
このくらいではたじろぎません
へへんってなもんです
けれど王様がワタクシに見えないところでそっと涙を拭いていたのは
夢にまで見た、まるで王様のような待遇(お出迎え)に
ついつい禁じえなかったのやもしれません

そのお店は、教室、医務室など様々なセットが用意されている
少々変わった趣向になっておりましたが
ワタクシどもが通されたのは、なにをどう間違われたか『女の子の部屋』
フリフリ、ぴんく、ぬいぐるみばっちしでございました
これにはさすがに王様もいささか緊張なさったようで
えー
っと。
ここでなにをするんだっけ。
あ、そうか、お茶を飲むのか。これ。そこな娘、ココアを持て。
この国のメイド様は、王様が震える声で注文されたココアを運んでくると
わざわざ笑顔とシェーカーで振りまくり、泡まみれにしてくださいました

−なあ、執事。
はい。

−ココアをシェイカーで振ってもらって600円。これは高いか安いか。
ちょっと判断しかねますね。

−しかも請求書にさりげなく落書きまでされたぞ?ウサギの。
おそらくそれも仕事でしょう。

−あっちのフリフリ娘が『教室』の黒板に
 ウサギを描いてるのも仕事なのか?しかも『ぴょん☆』の、吹き出し付きで。
はい。おそらくは。

−……………………。
もしかして、カワイイとかおもってます?

−なあ、執事。今回ちょっと長くなりそうだ。
はい。では珍しく「つづく」ということで。















2008年12月22日(月)
ホットケーキは誰のもの










ホットケーキと書いてみれば
とてもよくわかるんだ
ホットケーキと書いてみれば
とても簡単、と訳したくなる
簡単な約束(ミルク)簡単な仕事(タマゴ)簡単なメール(シロップ)

ホットケーキと書いてみたよ
だけども簡単なことなどそうはないんだ
ホットケーキと書いてみたよ
そしたら涙っていうふうにも読めるんだ
簡単な別れ(ミルク)簡単な暮らし方(タマゴ)簡単な景色(シロップ)

あしたには大地震がやってくる
ビルも家も神社も教会だって
大洪水に押し流されちゃう
雷に打たれ竜巻に吹き飛ばされ
挙句は火山弾にぶつかって
燃えて砕けて誰ひとり
残れはしないだろうけど

それでもいまは
このホットケーキを食べなくちゃ















2008年12月15日(月)
いそがしい朝





 

時計の針が僕を追い出そうとする
アナウンサーは、急げ!と怒鳴る
もう電車は1時間も前から
プラットフォームでレールを研いで待っている

本棚が破裂する
絨毯はひっくり返っている
窓が力加減なく開いて
すぐにまたとって返す、繰り返して
大事なレコード達がぶっ飛んで
砕け散らばった床では
朝露の溢れた蛇口を支えられはしないだろう
だから靴も鞄も当分の間
水浸しだっていうのに
それでも朝食だけは
ちゃんと摂らなくちゃっていうんだ

蒸気をありたけ撒き散らしたあと
珈琲豆を置き去りにして
やかんだけが疾走り去ってみつからない
蒸気の中から
トースターが、ぱたん
真っ黒いパンを天井高く打ち上げた
そいつを落下するまえに
ヘッドスライディングで受け止めたのに
僕の滑り込んだ行き先が
まだ布団の中だったなんて



















2008年12月08日(月)
モノクローム









だからビル並びの繁華街では
ひとはかえって目立ちません
服もぎらぎらとさせてなければなりません
街はもともとモノクロで大昔には
誰かが絵に描くとその場所に
うっすら色が付いたものでした
時間に擦られて、古ぼけていっても
誰かがカメラをかまえ写真に撮ると
街にもきれいに色が付き直す

住宅街を歩いていると
ときたまモノクロのままの場所が見つかります
忘れられてきた場所といった印象をもちますが
それは間違いでむしろ
写真に撮ってはいけない場所
ということなのかも
そんな風景のなかにいると
どんなにか古ぼけた服を着ているひとでも
輪郭がくっきり浮き立って
見えるものです

















2008年12月01日(月)
哀れ楽しむ入門






ネコをみかけると
おっかける
ネコはびくっとしたのち一目散に逃げる
さわりたかっただけなのに
しゃーっと威嚇されてるじぶんを
哀れたのしむ

休日のぽかぽかとよいお天気
だけど出かける用事もなく
会うひともなく
それなら散歩に行きたいところを
無駄に部屋でまるくなり日暮れをむかえるじぶんを
哀れたのしむ

傷ついたのとか傷つけてしまった、とか
日本中が涙した、とか
悲しんでますアピール光線を厭いながらも
あえて鏡に向かって乱反射させ
むかし女の子に言われた台詞をそおっと呟いてみては
哀れたのしむ

けれど、むかし歴史の加藤先生はおっしゃいました
過ぎたことをいつまでもひきずるな、と
その立場を省みないお言葉をおもいだしつつ
ときどきむかしの詩作用ノートなぞ
紐解いては冷や汗かいてるじぶんを
哀れたのしむ