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2007年09月24日(月)
道具箱







がっこうの机にはいってる
大きな茶色い道具箱

じょうぎにも
くれよんにも
やまと糊にも
おかあさんの書いた
ボクのなまえがついていた
はさみにも
ほそい柄のところにちゃんとついてた

ボクはもうじぶんのこと
オレって言いたいし
おかあさんといっしょにあるいてる
そんなとこ友達に見せたくないんだ

だからマジックで書かれた
このなまえ
もう恥ずかしいよ
もうオレ、じぶんで書ける

がっこうの机にはいってた
大きな茶色い道具箱
はさみ、じょうぎ、糊、くれよん
いまもどこかに
あるかなあ










2007年09月17日(月)
文庫本







きみが本屋で
料理雑誌をぱらぱら眺めてるとき
ぼくは台所の掃除を投げ出して
インターネットで天気予報を見ていた

きみがアルフレッド・Dの文庫本の代金を
小銭でぴったり払ってから外へ出たとき
ぼくはぼくが誰にも似てないんじゃないかって
ぼんやりとかんがえながら靴をはいてた

きみがバス停で
おばさんたちに横はいりされてたとき
ぼくは煙草を忘れたことに気付いて
靴をはいたまま爪先立ちで家のなかに逆戻りしてた

きみが馴染みの食堂で
カキフライ定食の漬物だけよけているとき
ぼくは駅前の大きな時計のある広場で
次々と繰り出される大道芸とバンドに拍手をおくってた

きみが外灯の少ない夜道を抜けて
ローソンでアイスクリームを買っていたとき
ぼくも帰りにはアイスクリームを買おうと思ったよ
それからぼくはぼくにも似てないんじゃないかって気がしてた

きみがマンションの明かりをつけて
バスタブに腰掛けながらお湯がたまるのを待っているとき
ぼくは本屋の店員さんに
アルフレッド・Dはもう売り切れましたと聞かされたのだ










2007年09月10日(月)
大きな声









もう読み終わってしまったのに
一頁だってめくった気がしない
夫婦という行為が
一冊の書物なわけはないけれど

息子は智子さん、智子さんと
横浜の主婦と恋をしている
日記帳にはその事しか書かれていない

ブレンドコーヒーをもう一杯注文する
小柄なウェイターが応えてくれる
彼にはわたしが見えている
だったらこの
空いたカップをはやく下げに来なさいよ!

買ってもらったばかりの
スカートを履いて嬉しそうに
女の子が古い玄関を出て行った
あれは桜の雨の日で
駅までおとうさんを迎えに行ったの

神様、わたしはさびしかった
こうしてひとりでいるよりずっと











2007年09月03日(月)
背骨









こどもができたかもしれなかった
真ん中に接がれた真新しい
一本の小さな背骨のことをおもった

二人ともとってもみっともなかった
不安で、焦りで、慌てちゃって、けれど
取り乱さないようにつくろいあって
まるで関係のないことばかり話して
ひとりになると途端にそれがよくわかるんだ

こどもができて結婚していくともだちが
このくらいの年齢になれば周りにはたくさんいるね
だからってそれが
ふたりともともまだ幼すぎるってことには
どちらもまだやらなきゃいけないことばかりってことには
こどもができたかもしれないからって
どちらがハッピーエンドなのかってことくらい

それで立ってるしかなかったろう
かなしいことをせずにすむようにさ

でも結局
こどもなんかできていなかった
もういちど真新しい一本の
小さな小さな背骨のことをおもった

電話をはさんだあちらとこちらで
一人
安心した、でも
と言い
もう一人なにも
言えなくなったところ