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2007年07月30日(月)
ときどきちょっと固まる(2)







夏の冷奴に
ぽん酢と間違えて餃子のタレをかけてしまって

扉のかどに
足の小指をしこたま打ちつけてしまって

古い友人に
「holidayってさぁ、何曜日?」と訊かれて

母がアルマゲドンを
イグアノドンの様な恐竜だと思ってたことが判明して

バーでゴッドマザーを頼んだら店員さんに
ホットバターですか?と問い返されて

生まれたばかりの甥っこ2.0に
人差し指をぎゅっとつかまれ放してもらえなくて

うちの網戸を勝手に開ける近所の猫が
ついにとぼけた顔して部屋にあがりこんできて

「ときどきちょっと固まる(2)」を書いてて、書きあがって
上書き保存するまえにパソコンが固まって










2007年07月23日(月)
退院の前夜









一週間で痩せ細ってしまったひと
仕事に帰るのがこわいひと
おとななのにみんなから嫌われてるひと
こどもが好きなひと、きらいなひと
お見舞いがたくさんくるひと、こないひと

本物の酔っ払い
看護婦さんに渡してくれとたのまれた
ラブレターってやつ
夫が浮気したと勘ぐって
喧嘩して帰った奥さん
関節技を教えてくれた自衛隊員
競馬新聞
おばけ(らしきもの)

足をなくした年下の子
やさしいけどさびしげなおばさん
そのひとに近づかないほうがいいというおじさん
顔の半分に大きなこぶが出来たお姉さん
喋れば嘘ばかり言いふらしてるおばあさん
生まれたばかりの赤ちゃんは
ちゃんと指がうごいてた
余命1年の禿げたおじいさんは
毎日とってもおしゃれだった

ビルから落ちたって死なない気がしてたくせに
ほんとはいのちなんてベッド脇の電球くらい
とっても簡単なんだって分かって
そしたらもう間に合わない中学受験なんか
どうでもよくて

退院の前夜には
窓際どうしで仲良しだった
杉本さんがこっそりカーテンを全部開けてくれて
窓の向こうの高速道路の灯りをいっしょに眺めた
それから隠しもっていたらしい梅酒を
洗面用のコップにいれてくれた
「十二歳に勧めないでよ。教師のくせに」
でもうれしかった

「いいじゃねえか。けち」
ふたりで乾杯した












2007年07月16日(月)
カメに小銭を投げつける








父に連れてってもらった水族館
薄暗い廊下を進むと
左に大きな水槽があって
濃い緑色の濁った水のなかから
ジュゴンが二頭こちらを見ている
右にはとても長い柵があり
その遥か遥か直下に
50メートルはあろうかというプールがある
プールには小銭が敷き詰められている
そこには全長15メートルくらいのカメが
ゆっくりと、不気味に泳いでいる

怖いもの見たさで
柵をしっかりつかみつつ
覗いていた私に
父はもっとよく見せてやろうと思ったのだろう
黙って私を膝からがっしりかかえ
柵の上へと持ち上げた

あ、ひ

走馬灯を見た
わずか五年ほどの人生では
あまりにも短かかったものの
突き落とされるっ、食べられてまうっ、という死への危険を
私の脳はたしかに感知したのだった
そのときの恐怖はざっくり
海馬ヒポカンパスに刻まれてしまい、そのため

私は中学生になるまで
そんな大きさのカメがいると信じていたし

大人になったいまでも
眠りにどこまでも落ちていくような感覚におそわれるとき
必ず下方には
あの恐怖の大ガメがゆっくりと、不気味に泳いでいるのを
見てしまうくらいである

先日、たまたま行った水族館で
その恐怖の一室を発見した
ここだったのかーっ!と叫びたいのをこらえつつ
その戦慄の展示室を冷静に観察してみると
そこは学校の教室くらいの広さだったし
特に薄暗くもなかったし
ジュゴンもいなかったし、そもそもそんな水槽すらなかった
ただ、20年以上の時を隔てて
カメはまだいた

なんてことない大きさの
室内に作られた円形の池
その深さおよそ20センチ
なんの縁かつぎなのか
ちらほら投げ込んである小銭
ぐるっと囲んである背の低い柵
そのまわりで
ママー!カメ〜!とかなんとかはしゃいでいる子どもたち
その声援をうけながら
ゆっくり、ちゃぷちゃぷ泳いでるA4サイズのカメ

コトバをうしなうわたくし
とりあえず、んにゃろーと
五円玉をカメの背中に投げつける









2007年07月09日(月)
天国のような(3)











よかったねって言ってほしい
もう病気じゃないよ、よかったね
よかったねって言ってほしい
もうお部屋も汚さないよ、よかったね
よかったねって言ってほしい
もう痛み止めもいらないなんて、よかったね
よかったねって言ってほしい
もう分かってもらわなくていいから、よかったね
よかったねって言ってほしい

よかったね、よかったね
わたしがあるく
わたしのなかの
わたしだけの
天国










2007年07月02日(月)
お返事











日が暮れると彼女は
飼い猫のタロを呼びに出る
皺だらけの顔に
似つかわしくない美しい声で
下着姿のまま
近所をうろつきまわる
僕は窓越しにうっかりと
返事しそうになってしまうよ
鳴き声なんかいちどだって
聞こえたことないもの