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2005年12月01日(木) |
「耐震計算偽造:都道府県による民間検査機関検査、国交省が容認へ」←何でも「民に出来ることは民に」は間違っている。 |
◆記事:「耐震計算偽造:都道府県による民間検査機関検査、国交省が容認へ」
耐震データ偽造問題で、北側一雄国土交通相は30日、国指定の民間確認検査機関に対しても、
都道府県の権限で「立ち入り検査」が実施出来るよう検討していることを明らかにした。
現行制度では、国が年1度程度の立ち入り検査を行っているが、検査員の数など形式的な調査に終わっているのが現状。
実際に建築確認業務を行っている自治体の関与で、民間検査機関への監視を強める方針とみられる。
北側国交相は、全国のマンションなどの耐震性を調べるサンプル調査についても「検討したい」と述べた。
この日午後の衆院国土交通委員会で答弁した。毎日新聞 2005年12月1日 東京朝刊
◆コメント:小泉首相、何でも「民が出来ることは民に」やらせるのは間違っているのですよ。
建物を建てる時には、国家における「三権分立」に相当する仕組みが機能する筈だった。
つまり、設計(建築士)、設計通りに建物を建てる施工(工務店、建築会社)、
設計通りに施工されているかを確認する監理(検査機関)である。これが全然機能していない。
そもそも、以前は、検査は市区町村が行っていたのだが阪神・淡路大震災のときがきっかけで、変更されたのである。
即ち、市区町村では、処理能力に限界があり、施工主に義務づけられていたのは、建築前に行う「建築確認」のみだったのだ。
本当は、施工が設計通りに行われているか確かめる、「中間検査」、
完成した建物の検査、「完了検査」が行われなければいけないのだが、
中間検査と完了検査は行われていなかった。
その結果、「完了検査証」の無い、耐震強度が十分でない住居が乱立し、
阪神・淡路大震災 のときには、多くの家屋が倒壊した。
震災の死者の8割は倒壊した家屋の下敷きになった。圧死だったのである。
そこで、1998年の建築基準法大改正により、3回の検査が義務づけられることになったのだが、
同時に、検査を民間検査会社に委ねてもよいことにしてしまった。
ところが、今の法律は、検査すべき項目も、検査の方法も定めていない、というのだから、驚く。
当時、これを重く見た日弁連(日本弁護士連合会)は相当猛烈に反対した。
検査が商売になったら、甘い検査になるに決まっている、と。しかし、法案は可決されてしまった。
◆検査会社にとって施工主は「客」だから、欠陥を指摘しないのだ。
実際、日弁連の予想通りになった。
検査会社にとって、依頼主は客だから、なるべく検査を簡単に済ませてしまうのである。
厳格に検査されたら、手抜き工事をしている連中はひとたまりも無いので、
なるべく検査が甘い検査会社に仕事が集中するようになったのだ。
その結果、専門家ならば、唖然とするほどひどい設計と施工がまかり通るようになってしまった。
実際、渦中の姉歯建築士は、検査を担当していたイー・ホームズのことを、
「基準が甘いから、いい」 と、言っていたのである。
◆「民が出来ることは民に」じゃなく、「民が出来ても官がやるべきこと」があるのだ。
衆議院選挙の時に、小泉純一郎内閣総理大臣は、「民が出来ることは民に」、
という言葉を百万回も繰り返していた。
しかし、今回の例を見ると、必ずしもそうではないことが明らかだ。
何でもかんでも、公費負担を抑えることを優先すればよいというものではない。
日本国憲法は前文で、国民の「平和的生存権」を守らなくてはいけないと謳っている。
いつ倒壊するか分からないような建物は、住人の「平和的生存権」を侵している。
建築物の検査は、国民の生命に関わるのだから、国が必要な予算を振り分けて、
まともな検査が行われるようにするべきなのだ。
2004年12月01日(水) 「改正刑法など成立」←同時に成立した「犯罪被害者基本法」に意義がある。
2003年12月01日(月) 小泉首相は説明責任をないがしろにしている。民主主義国家では許されないことだ