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2005年06月14日(火) |
「新しい歴史教科書」がけしからん、という人、本当に、読みましたか? |
◆「新しい歴史教科書」を読んでみた。
我が日本国のような自由主義社会では、思想・言論の自由が認められている。
歴史的事実をどのように、解釈して、どのように表現するかは、自由である。
しかし、或る思想や表現に賛成するか反対するかは、まず、その思想・表現を知らなくてはならない。
それは、分かっているけれど、何せ忙しくて、私は今まで「新しい歴史教科書」なるものを読んでいなかった。
これではいかんと思い、扶桑社の「新しい歴史教科書」を読んだ。
◆この教科書が外交問題を生ぜしめるほどの問題を含んでいるとは認められない。
4月に中国で「教科書問題に抗議して」反日デモが起きたのは、記憶に新しい。
私は断言するが、当時のデモに加わった連中は、この教科書に何が書かれているか、全く知らないであろう。
この本が「日本のアジア侵略を美化」している、という人は、一体、どういう言語理解能力を持っているのだろうか?
◆日本の汚点も明瞭に記してあるよ。
例えば、満州事変のきっかけとなった、1931年の「柳条湖事件」については、こう書いてある。
1931(昭和6)年9月18日午後10時20分頃、奉天(現在の瀋陽)郊外の柳条湖(りゅうじょうこ)で、満鉄の線路が爆破された。
関東軍はこれを中国の仕業だとして、ただちに満鉄沿線都市を占領した。しかし、実際は関東軍が自ら爆破したものだった。これが満州事変の始まりである。
という具合である。
日本にとって、都合が悪いことを史実に忠実に記録している。
◆他国が「侵略を美化」と指摘しているのは、多分、ここ。
長くなるので、所々割愛するが、276ページ「大東亜戦争」(太平洋戦争)
1941年、12月8日午前7時、人々は日本軍が米英軍と戦闘状態に入ったことを臨時ニュースで知った。 (中略)
同じ日に、日本の陸軍部隊はマレー半島に上陸し、イギリス軍との戦いを開始した。
日本軍は(中略)英軍を撃退しながら、翌年2月には、わずか70日でシンガポールを陥落させ、ついに日本は、イギリスの東南味支配を崩した。
フィリピン・ジャワ・ビルマなどでも、日本は米・蘭・英軍を破り、結局100日ほどで、大勝利のうちに緒戦を制した。
これは、数百年にわたる白人の植民地支配にあえいでいた、現地の人々の協力があってこその勝利だった。この日本の緒戦の勝利は、東南アジアやインドの多くの人々に独立への夢と勇気を育んだ。
この辺りの記述「だけ」を切り取って恣意的に解釈すれば、日本が東南アジアに出て行ったことを賛美している、ということになるだろう。
が、その後、日本が調子に乗って、「大東亜共栄圏」などという概念を作り、戦局が悪化してからは、アジア各地域へ戦争への協力を求め、過酷な労働を強要し、その結果、フィリピンやマレーでは、抗日ゲリラ活動が見られるようになったことが、はっきりと書かれている。
決して、ノーテンキに、「日本は東南アジアで良いことをした」と認識しているわけではない。
◆中国の(官製)メディアが特に怒ったのは、東京裁判に関すること。
中国政府宣伝用新聞、人民日報の日本語版は今年4月12日に、「新しい歴史教科書」の東京裁判に関する記述に怒り狂っている。
この教科書はまた極東国際軍事裁判の日本A級戦犯に対する判決を公然とくつがえそうとしている。
周知のように、第2次世界大戦後、中国、アメリカ、イギリス及び旧ソ連など11カ国からなる極東国際軍事法廷は日本の戦犯を厳しく審理し、最後に東条英機ら7人のA級戦犯に絞首刑を言い渡し、1948年12月23日にそれを執行した。今回検定に合格した歴史教科書は法廷が「戦争犯罪で国の首脳に判決を下したのはこれまでの歴史に例がない」と公然とわめきたて、「東京裁判にはいまなお定説がない」という妄言を言い放った。これらの戦犯に対する判決をくつがえそうとする彼らの企みは歴然としたものである。
◆この教科書は偏向したり、歪曲しているのではなく、Everything is relative(全ては相対的だ)という立場なのだ。
「新しい歴史教科書」は極東国際軍事裁判について、
- この裁判の根拠は、日本が9カ国条約(1922年ワシントン会議において日・米・英・仏・伊・中・オランダ・ベルギー・ポルトガルの9ヵ国で結ばれた,中国に関する条約。以後ボリビア,デンマーク,メキシコ,ノルウェー,スウェーデンも加わった。第1次大戦後の日本の中国進出抑制のため米国が主唱したもので,中国の主権・独立の尊重と門戸開放・機会均等などを規定。)と不戦条約に違反したことを、理由に開かれたものだが、九カ国条約には、違反した国の指導者を裁判にかけて処刑することを認める規定はない。
- 裁判官は全て戦勝国の人間だったし、検察側の証拠は、殆どそのまま認められるのに、弁護側の証拠は、ろくに吟味することもなく全て却下された。
- 東京裁判で唯一国際法の専門家だった、インドのラダ・バール判事は、「この裁判は、国際法上の正当性を欠く」として、全員の無罪を主張したが、GHQは同判事の意見書を全く顧みず、これ以降、裁判を批判することを禁止した。
等の点で、法的正当性を疑問視する声もあった、という、他の歴史教科書には書いていない、「歴史的事実」を書いているだけだ。
むしろ、日本の大多数の教科書は東京裁判の結果だけをそのまま記述するだけで、後世の人間としての歴史的批判の観点がない、という点で不自然であるとすらいえる。
「新しい歴史教科書」は、物事は全て相対的であるという事実を示している。
東京裁判とて、必ずしも正しいとはいいきれず、現に、はっきりと法的正当性を否定する人物すらいたことを併記しているわけで、むしろこのような柔軟性がある歴史の見方、言い方を変えれば、連合国側におもねるばかりではなく、敗戦国側から東京裁判を見ると、納得できない点がいくつもある、ということを著しているという点において画期的なのである。
それを、いきなり、「日本の軍国主義」と決めつける方が、硬直的、情緒的思考であり、知性に欠ける。
2004年06月14日(月) マスコミは「佐世保少女殺人事件」を取り上げるのを、もう、止めろ。
2003年06月14日(土) 「退職金16億円全額を軽井沢に寄付 ソニー大賀氏、」 なかなかできることではない。