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JIROの独断的日記
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2004年06月14日(月) マスコミは「佐世保少女殺人事件」を取り上げるのを、もう、止めろ。

◆事件の悲惨さを訴えているが、視聴率が欲しいだけなのだ。

民放各社は視聴率、週刊誌は売り上げが命。番組や編集担当者はその数字だけで評価される。勢い、視聴率なり、売り上げ部数なり、「数字」が取れる話題をなるべく長く扱う。それだけの話である。いやな話だ。人の不幸でカネを稼いでいるのだから。

何故、このようなことを書くのかというと、Web日記を書いていてアクセス解析をつけてみて、分かったのである。普段、わたしのサイトへのアクセス数は100台だが、かつて、田中真紀子の長女の記事をめぐり週刊文春が出版差し止めになった事件を取り上げたら、サーチエンジンでヒットするせいで、アクセス数が普段の40倍の4000に達した。

そのときに、「なるほど、週刊誌が田中真紀子ネタを血眼になってさがすわけだ」と納得した。それから、何度かそういうことがあった。今回佐世保の事件を取り上げたときも、記事の引用を載せていたため、被害者の少女の名前での検索に引っかかったらしく、凄まじい数のアクセスがあった。

断っておくが、私は、自分の日記へのアクセス数が増えたことを自慢しようとしているのではない。そんなものは自慢にも何にもならない。私は、アクセス数には特別な意味はないと思っている。アクセス数が多いサイトが必ずしもいいサイトだとも考えていない。

しばしば、「いかにして、自分のホームページへのアクセス数を増やすか」などという記事をネットや雑誌で見かけるが、どうしてそんなことにこだわるのかと思う。それは、何年も公開しているのに、誰一人読んでくれないというような極端な場合ならば気になるだろうが、いかにしてアクセス数を増やすかというようなことは、枝葉末節であり本質ではない。


◆いつまでも、事件を報道することによるメリットが認められない。

話がそれたが、要するに、今回の小学生の殺人のように、大衆の好奇心をくすぐる事件を、マスコミはいつまでも、微に入り細にわたって、伝えるが、それはやめるべきだ。

なぜなら、長い期間、報道することによって、同種の犯罪が減るのか、つまり、詳細な報道が模倣犯抑止力を持つか、というと全く関係がないのである。

むしろ逆であって、事件の細部が知られるようになると、同じような性格特性を持つ、つまり、凶暴性を秘めた子供が同じような事件を起こす可能性がある。


◆遺族が気の毒だ。

無くなったお嬢さんの父親は新聞記者だが、日に日に精神状態が悪化し、肉体的な衰弱も激しくなっているという。この父親は、娘が殺されたその血まみれの現場を見たそうだ。学校が呼んだらしいのだが、扱いが酷すぎる。

被害者を病院に搬送しないことを救急隊員を決めたのは仕方がないとしても、こういう、事故や犯罪の被害で、酷く痛んだ遺体に家族を対面させるときは、それなりに、綺麗にしてから見せるものである。そういうことを仕事とする人がいるのである。

それをこの、気の毒な父親は、教室の血の海の中に横たわる愛娘の遺体、クビをざっくりと切られた、その傷口、加害者によって痛めつけられた娘の顔面など、全て見てしまったのだ。気の毒すぎる。もう、一生、一日もその光景が浮かばない日はないだろう。ただでさえそういう、発狂寸前の状態なんだから、マスコミや世間は面白半分に騒ぐべきではない。人の不幸を好奇心だけでもてあそぶものではない。不謹慎だ。


◆それにしても、「犯罪心理学者」ってのは、何の役にも立たないね。

さきほど、こういう事件がおきるといつも出てきて、見当違い、若しくは素人でも言えるようなことばかり、嬉しそうな顔をしてしゃべる学者がまた、テレビに出て、尤もらしく能書きをたれていた。

犯罪心理学者ってのは、一体どういう仕事をしているのだ?その仕事の目的は何なのだ?犯罪を減らすことではないのか?

そうだとしたら、何の役にも立っていないではないか。犯罪者の心理を研究して、犯罪を食い止めることが出来るというのならば、存在価値を認めよう。しかし、いつも、こういう事件になると出てくる犯罪心理学者は、事件が起きた後から、「そのときの犯人の心理は〜だったかもしれない」などと後付けの説明をするだけで、しかも、その内容は、我々素人でも言えるようなお粗末さだ。犯罪はいつまでも減らない。逆に凶悪化しているじゃないか。

この学者さんによれば、今回の事件の犯人の少女は「ちょうど、自我が芽生える時期だったのかもしれない」そうだ。張り倒すぞ、このやろう。当たり前だろ、そんなこと。小学校高学年になるところで、だれだって、自我が芽生えるよ。自我が芽生えるとカッターで人の首を切るのか?バカ。まったく、学者なんてのもいい加減な商売だね。この程度のことをしゃべって、先生、先生と大事にされて、放送局からはこづかい銭が入るわけだろ?


◆偽善はよせ。

学者じゃなくて、犯罪評論家じゃないか。何の役にも立たない。こういう人間にいつもコメントさせる、テレビ局の神経も全く分からない。多少なりとも、「事件を真剣に考え」ているフリをしたいのだろう。そういうのを「偽善」という。

繰り返す。マスコミは、被害者の少女も、少女の父親がどうなろうが、加害者の少女がどういう人生を送ろうが、全くどうでもよいのだ。ただ視聴率が欲しいから、この事件をいつまでも扱っているだけなのである。いい加減に、この事件を取り上げるのは、止めろ。


2003年06月14日(土) 「退職金16億円全額を軽井沢に寄付 ソニー大賀氏、」 なかなかできることではない。

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