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JIROの独断的日記
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2005年01月19日(水) 総合学習を見直しへ ゆとり教育の柱、文科省が検討←週6日に戻さないと、取り返しがつかないと思います。

◆記事:総合学習を見直しへ ゆとり教育の柱、文科省が検討

 

 文部科学省は18日、ゆとり教育を掲げる新学習指導要領の目玉である「総合的な学習の時間」(総合学習)の在り方を見直す検討を始めた。中山成彬文科相は同日、子どもの学力低下に関連し、総合学習より国語や算数(数学)などの基礎的教科を重視すべきだとの考えを示した。

ただ総合学習の見直しには、教育現場から「生きる力を身に付けるための処方せんだったはず」との声も上がっており、小、中学校への導入からわずか3年での見直し論議には反発も予想される。(共同通信) - 1月18日21時56分更新


◆コメント:総合学習と称する「自習時間」が週に4時間もあるのですよ。

以前にも取り上げたことがあるけれども、私の知る限り、少なくとも東京都の公立小学校・中学校では、「ゆとり教育」を導入する前から、これが教育か、というほど、学校・教師・授業のレベルが低下していた。

 その上に「ゆとり教育」を始め、土曜日を休みにしてしまい、さらに、国語・算数・理科・社会の時間をそれぞれ減らして、「総合学習」という「授業」が週に3時間も4時間も加えられた。

総合学習という曖昧な表現は、いかにも役人が責任逃れに考えつきそうな名称であり、実際に、総合学習の時間に何を行うかは、現場で勝手に決めろというのが文部科学省の指示であった。

 さすがは、国家公務員試験で一番成績が悪い奴が配属される役所と揶揄されるだけのことはある。驚異的な無責任さ、である。

現場の教師も給料が低くて、有能な人材がいないから、急に「総合学習」で「子供の個性を伸ばせ」などと、抽象的なことを云われても、何をしたらよいか分からない。

 近所に住んでいる、外国人を呼んできて、バナナを使った変なおやつを食って「国際感覚を養っ」たことにしてしまう、という、殆ど喜劇としか形容しがたい状況となった。

子供の学力の無さは、我々の小学生の頃と比較すると唖然とするほどであり、中学生が九九を覚えていない、ローマ字は全然分からない、などということが、普通になってしまったのだ。

私は、これは、国民を暗愚にして、統治しやすくするための、超長期的国家的陰謀なのではないか、その背景にはアメリカがいるのではないか、などとスパイ小説のようなことまで本気で考えた。

陰謀はともかく、せめて自分の子供は救わなければと思い、私立に入れた。どんなに程度の低い私立でも、公立よりはマシ、と本気で言われているのである。

教育と教養とは同一ではないが、教育がなければ、教養の素地が出来ぬ。

今日、日本で犯罪や不祥事が増えているのは(外国人による犯罪は別として)、教養の無い人間が増えて、そういう人間に限って子供が出来、教養がない人間の「拡大再生産」が行われている、という皮肉な現実が一因になっている、と、私は考えている。

以前、故・ライシャワーハーバード大学教授が「日本人の教育に賭ける情熱」を高く評価していたことを書いた。早く、その情熱を取り戻さなければならぬ。土曜日に休んでいる場合ではないぞ。


2004年01月19日(月) 「陸自先遣隊、イラク入りへ=クウェート出発、オランダ軍先導」 小泉は平然としている。腹が立つ。
2003年01月19日(日) 周囲の人がうつ病になったら。

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