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2004年09月08日(水) |
ドボルザークは「鉄道オタク」だった。今日が誕生日。 |
◆ドボルザーク(1841年9月8日生まれ。1904年5月1日没)。没後100年なんですね。
知らなかったですね。今日が誕生日というのは、すぐ分かるのだけど、没後100年か。その割にはあんまり、特集を組んだコンサートとか、ないですね。バッハ(1685‐1750)生誕300年とかすごかったのですがね。レコード会社とかいろいろ企画を考えてました。勿論クラシックの話だから、規模はたかが知れています。
ドボルザークはもう少し、いろいろやってあげても良いとおもうのですがね。大抵、こういうキリのいい年にはその作曲家のあまり知られていない作品がCDになったり、コンサートで取り上げられるという企画が持ち上がるのですが・・・。
要するに、普段から十分親しまれているからね。名曲コンサートで「新世界より」(交響曲第9番)が日本で一年に一体何回演奏されるか。それから、素人オーケストラも必ず一回は演りたがるからね。アマチュアまで含めたらすごいと思いますよ。
◆ものすごい鉄道マニアだった、ドボルザーク
音楽家とか芸術家は変わった人が多いです。鉄道ファンが変わっているというわけじゃないけど、ドボルザークは、かなり今でいうところの「鉄道オタク」です。
彼は、毎日、プラハのフランツ・ヨゼフ駅に通い(仕事の後に)何時間でも機関車を眺めて喜んでいました。時刻表は全て暗記していました。機関士と知り合いになれた時は、「天にも昇る心地だった」と書いています。
自分が行けないときには、しばしば弟子(作曲の弟子です)を駅に行かせて、どの機関車がどの型の列車を引いていたかをしらべさせたりしました。
あるとき娘の婚約者に、新しい機関車の車体番号を調べに行かせたら、婚約者の男性はそんなことそれほど興味がないので、間違った報告をしてしまい、これがあとでバレます。
そしたら、ドボルザーク先生、激怒し、お嬢さんにむかって、「お前、ホントにこんな間抜けと結婚する気か?」と言い出したそうです。作りじゃないです。実話です。
◆「新世界」じゃなくて「新世界より」なんです。
何を細かいことを、と思われるでしょうが、まあまあ。
彼は、ヨーロッパ国民学派のひとりで、ボヘミア地方の生まれです。今のチェコですね。
東欧ってのは、アジアとヨーロッパの中間みたいな特徴があって、ハンガリーなんかはもっとそれが著しくて、ハンガリー語には、日本語と発音と意味を同じにする言葉がいくつもあるそうです。ボヘミアはそこまでいかないけれども、ボヘミア民謡のメロディーというのは、なんとなく東洋っぽいのです。泥臭い感じがあります。
ドボルザークは、作曲をしながらプラハ音楽院で教えていましたが、1892(明治25)年9月にニューヨークに行きました。青果商の大金持ちの奥さん、ジャネット・サーバー夫人が作った、ナショナル音楽院という学校の学長として招聘されたのでした。何故、遠い見知らぬ国へ来たかというと、お金です。
サーバー夫人のオファーは、年俸が1万5千ドルで、当時のボヘミアの通貨単位グルデンに換算すると、3万グルデンに相当するのでした。一方、プラハでの彼の年俸は1200グルデンでした・・・。年収が25倍になると聞いたら、それはね。やっぱり。
ナショナル音楽院では作曲の授業をしましたけれども、理論的なことを教えるのは、あまり好きでも得意でもなかったらしいですね。ある時、学生達に「モーツァルトについてどう思うかね?」と訪ねました。「古典派からロマン派への架け橋」とか「オペラの形式を確立した」とか、理屈っぽいことをいうと、「違う、違う」といいながら、窓に歩み寄り、空を指さし、「見たまえ。モーツァルトは太陽なんだよ!」などと言っていたそうです。良いですね。作曲家って、理屈っぽい人が多いですから。
今日まで、日本で、通算何回演奏されたか分からないほど、頻繁に演奏される、彼の交響曲第9番ホ短調は、アメリカ滞在中に祖国を懐かしく思い出しながら書いた曲なのです。だから、「新世界」じゃないのです。"From the New World" 、「新世界より」(祖国に向けて・・・)という曲なのです。
◆もし、コンサートで「新世界より」を聴くことになったら、知っていると面白いこと。
この曲は80人ぐらいのオーケストラで演奏すると思いますが、悲惨な奏者が二人います。
一人目は、チューバ奏者です。これがチューバです。先日、ヴォーン・ウィリアムズという作曲家のことを書きましたが、かれは、この楽器の為の協奏曲を書いた極めて、珍しい人なのです。
さて、話をドボルザークの「新世界より」に戻すと、この40分強の曲の中で、チューバ奏者は8小節しか音を出しません。第2楽章の冒頭と第2楽章の終わりにそれぞれ4小節。しかも、長い音をのばすだけの、簡単なもの。あとは、どうするか。座っているだけなのです。いや、はっきり言うと、寝ています。この、チューバ奏者がいかに寝ていないように見せかけて、寝ているか、に注目すると、面白い。
二人目の悲惨な人は、シンバル奏者です。これは、もっとすごい。第4楽章にただの一発。シンバルのパートには全曲を通じて、この一音しか無い。ただし、その前第3楽章にトライアングルがあるから、多少救われます。
シンバルなんて誰でも出来るではないかとおもうと、これがそうでもないのです。持ってみると、かなり重いです。それを両手に一枚ずつもって、合わせるわけですが、重いから、下手すると、完全に出遅れる。
打楽器の音は目立ちます。絶対に聞こえる。これが間違えたら・・・・。しかも、全曲通じて一つしか音がないのに、遅れたり、強すぎたり、弱すぎたりしないように音を出さなければなりません。
その前に、何度か叩く音があるなら、「カン」がつかめますよ。しかし、ずっと音を出さないで30分以上待って、いきなり弱めの音で、「シャーン」という感じの音を出さなければいけないというのは、なかなか、分かってもらえない辛さのようです。人は皆、打楽器なんて簡単だと思いますものね。
でも4楽章よく見ていてあげて下さい。その一音のために、じっと集中力を高めている打楽器奏者がいるのです。
2003年09月08日(月) 「国連はイラク復興に責任 日本の積極貢献を要請 ブッシュ大統領」 お前なあ、いいかげん張り倒すぞ。