スカーレットの心のつぶやき
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2012年09月11日(火) 長くて怒涛のような一週間

3日から始まった一週間は

私にとって、

とても長く感じられた。

そして

色々なことが

まmるで怒涛のように押し寄せた

一週間だった。

義母と夫が自転車に乗っていて転んだのは

先週の月曜日だった。

そして、月曜日に行った医者では骨に異常はないとの診断。

でも、あまりにも痛そうなので

火曜日に別の整形へ連れていき

義母は左足を夫は右脇腹の肋骨を骨折していることが判明しだ。

義母が別の病院に紹介され、木曜日に受診することになっていた。

火曜日の診察後、夫は午後から仕事に行った。

私も、少しホッとしていたが

火曜日の午後4時過ぎに

仕事先から電話が入り、

夫が会議中に意識がなくなったとのこと。

そのまま、かかりつけの県病院へ救急車で運ばれた。

私は急いで県病院へ。

夫は内科の処置室で点滴をしていた。

内科の主治医の話では

脳のCTでは異常はない。

血液検査も変わったことはないとのこと。

何故、このような状態になったのか分からないが

夫が呼吸がしにくいと言っているので

過呼吸かもしれないと判断、

点滴をしながらしばらく様子を見ることになった。

午後7時半に点滴が終了した。

点滴中は意識も戻り、会話もできるようになっていた。

私が帰ろうねとベッドから夫を起こそうとしたとき

夫がぐにゃぐにゃと倒れてしまった。

医者や看護師がバタバタとかけつけ

私は処置室のドアを閉められ中の様子がわからなくなった。

ドアが締まる直前に、看護師が夫の心臓マッサージをしているのが見えた。

私はとても不安でたまらなくなり

親友と姉に電話をしてしまった。

親友がかけつけてくれた。

姉夫婦も来てくれた。

夫の肋骨が折れている胸のCTを撮ったところ

折れた肋骨が横隔膜の上の動脈を切り

そこから出血し、その血液が

胸に大量に溜まっていて

肺もパンクした状態で

緊急性血気胸状態だと言われ説明を受けた。

一刻も早く血液を取り除かないと

左の肺や心臓を圧迫して死ぬ可能性もあると知った。

夫は救命センターのHCUに運ばれ

胸に管を入れて血液を抜く処置がされた。

どのくらいの時間が経っただろう。

私が夫の様子が落ち着いたと知り帰宅したら

午後11時頃になっていたから

相当長い間、待っていたことになる。

その時に医者から

まだ出血するようだったら

開胸手術をする可能性もあると聞いた。

その晩は寝たが

5日の水曜日の朝6時半に病院から電話が入り

やはり手術しないといけないから

早く来てくれと言われた。

水曜日は、義母は一日家で待つことになっていたので

朝・昼・晩の食事を作ってまず持っていった。

そんなことをしている場合ではなかったのだが

義母を放っていくわけにもいかず

また事情説明もしないといけなかった。

それで、病院へ着いたのが予定より大分おくれてしまって

夫はもう手術室に運ばれていた。

別の医者から説明を聞き

娘も呼び寄せた方が良いと言われ

相当深刻な状況にあると知った。

手術中、親友と姉が来てくれたが

二人ともびっくりしていた。

娘がお昼に到着。

夫は予定より長くかかったものの

一応、出血している箇所を止血出来て

ICUに運ばれて来た。

でも、夫には肝硬変という病気があり

出血しやすい状態なので

まだまだ余談は許されない

水曜日はICUの傍にある控え室に泊まってほしいと言われた。

その晩は娘と二人で泊まった。

夜中に、医者が来て、悪化している

尿もでなくなったし

輸血もどんどんしているが出血しているし

点滴を入れたので、その水が体中に溜まっている。

人工透析を始める、水も抜く処置をすると言われた。

そして、脳と心臓を生かすために

他の臓器が不全状態になりつつあり

覚悟しいておいてくださいと言われた。

その話を聞いた途端に私は体中が震えて来た、

怖かった。

娘は泣いていた。

なんとか朝を迎えて

一日に三回ある朝の面会をした。

夫の顔は夫ではないくらいパンパンに腫れていた。

体中にありとあらゆる管が付いていた。

まだまだ危ない状態にあると言われた。

私は一晩中眠れなかったし

考えたのは夫のお葬式やその後のことだけだった。

覚悟はしたものの不安がいっぱいだった。

木曜日に市民病院へ行くことになっていた義母のことは

夫の一番上の兄夫婦に頼んでいた。

そして、病院へ連れていってくれたので

夫の病院の帰りに義母の所に寄った。

すると入院していないとのこと

急いで義母の家に行った。

義母の足は手術が必要ではなく

今のまま自然にくっつくのを待つしかないと診断され

入院はさせてもらえなかったと聞き

本当にどうしたら良いのだろう・・

義母は火曜日にMRIを撮ってもらった病院に

入院させてほしいと言った。

翌日金曜日は朝一に夫の面会に行き

一度帰宅してから

母のことを話に整形外科へ行った。

事情を説明して入院を頼んだが

事情があるとのことで断られた。

別の整形を紹介された。

市役所の福祉科へ相談に行ったが

母は介護認定も受けていないので

サービスも受けれない。

今、申請しても申請が降りるのはひと月先だと言われた。

仕方なく、また別の整形へ行き

事情を話したが、やはり入院をさせてもらえなかった。

私は帰りの車の中で涙が出て来て情けなくて泣いた。

私の姉に話をしたら

姉がある病院の関係者に知り合いがいるので

入院を頼んでみると言ってくれた。

その日の夕方に入院させてもらえると連絡があった。

地獄に仏とはこのことだ。

姉に心から感謝した。

夫の病院には朝と昼と夜の三回の面会時間には

必ず、娘と一緒に行った。

娘は心細く、付き合っている彼に連絡していたみたいで

彼が大阪から飛行機でやって来てくれた。

二人は婚約状態にある。

だから、私が住んでいる家に泊まってもらい

行動を共にしてもらった。

夫の病院へも義母を入院させる時にも

一緒になって手伝ったりしてもらった。

義母は無事入院。

夫も一時の危篤状態から脱して生還してくれた。

日曜日に娘と彼が広島と大阪へ帰って行った。

9日の日曜日は

予定していた役員会があり

欠席のつもりだったが

新しい仲間が三人参加してくれるので

顔だけでも出さないといけないと思い

夫の朝の面会のあと、娘たちを見送り

義母の病院へ行き、その帰りに予定している店に行った。

9人集まって色んな話をして

会のこれからのことなども話が出来た。

夫や義母のことがあり、なかなか動けないが

それでも、仲間たちが支えて頑張ってくれると思うと

嬉しくなった。

そして

昨日、事故にあってから一週間、

夫は驚異的な快復をしている。

昨日は体についていた管が外れた。

そして、何と胃の中に入れていた栄養チューブが抜けたから

三時頃にゼリーを口にすることが出来た。

嘘のようだ。

本当に凄いことだ。

夫の生命力が強かったから生還したのだと思う。

ICUからはまだいつ出ることができるか言われていないが

そんなに先のことではないと思う。

そして、

日にちはかかると思うが

HCUへ入り、一般病棟へうつって

きっとまた元気になって退院できると信じている。

義母もひと月入院したら元に戻る可能性もある。

年末頃には二人とも退院できているだろう。

今日は奈良に居る夫の二番目の兄が帰省する、

朝6時に迎えに行くことになっているが

義兄もきっと安心するに違いない。

本当に良かった

一時は神も仏もないと思ったが

今は素直に神様有難うと言える。










スカーレット