スカーレットの心のつぶやき
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2012年07月24日(火) 論争

基本的に、論争は喧嘩ではない。

お互いが自分の考えや信じることを

理論立てて述べるのが論争だ。

しかし、

論争はややもすると感情が伴い喧嘩となってしまう。

これは、家族の間ではあまり行われない。

家族間で論争する機会がないと思うからだ。

家族間でお互いが違う考えや意見を持っていても

その結論を出すために論争する時は

その家族にとって一大事が起こった時であり

人生の中で何回もあることではないと思っている。

論争が起きるのは

やはりイデオロギーが関わってくる時が多い。

勿論、憲法で思想・表現・言論の自由が保障されているのだから

何を考え、何を思い、何を述べようと問題はない。

ただ、相手を傷つける言動を除けば。

傷つくというのはその人の主観であり

たとえ、論争をした場合でも

相手を傷つけてやろうと思って述べることはあまりない。

論争が過激になって来ると

論争している論点からずれて行き

相手の人格性や人間性への批判が起きてくる。

そうなったら喧嘩だ。

特に、考え方が左と右に分かれていることを

お互いが話すということの難しさを

最近感じることが多い。

原発のことも、女性宮家のこともオスプレイのことも

政治的な事柄は特に論争が喧嘩となりそうだ。

だから、卑怯だと思っても逃げるが勝ちかもしれない。

見てみぬふりをして

自分はその中に入っていかなければ一番安全だが

時に、私はこう思うということを

相手に伝えたくなる私は

お互いに似た考えを持っているからという安心感の元

話をしてみてアッ!しまったと思うことがあるのだ。

相手も自分自身も嫌な気持ちになるなら

初めから論争などしたくない。

矛盾しているかもしれないけれど

ネット上でよく見かける論争から喧嘩に以降してしまったものを

目にするのは気持ちが重くなる。

何のために嫌な思いをする必要があるか?

なるべく論争などしないで居たい。


スカーレット