スカーレットの心のつぶやき
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2006年02月07日(火) そして・・・��

子育てがこんなにも大変なものだとは

あの頃の私は毎日が驚きの日々だった。

今まで生きてきた私の人生は

自分の思う通りにならないこともあったけれど

それでも、皆が私に合わせてくれたこともあり

病気を抱えながらも生きてくることが出来ていた。

でも、子どもはそうはいかなかった。

私のしたいことも我慢しなければならない。

私の思うようにならない。

そのジレンマに毎日がイライラの日々だった。

夫の元へ戻った私の心臓の具合も悪くなり、

電車で30分かかる道のりを

実家の母は回数券を買って

娘と遊ぶために我が家へ来てくれるようになった。

母と娘が遊んでいる姿を

私は横になって眺めていた。

楽だった。

あの息の詰まるような娘との二人だけの時間を

過ごさないで済むということだけで

私の日々は明るいものになった。

母への感謝の気持ちは今も持っている。

私が娘を産んだことが

私の唯一の親孝行だと母は言った。

姉には子どもは居ない。

だから一人っ子である娘は

父や母にとって唯一の孫になる。

私の心臓のことを考えてみれば

結婚しても子どもを産むことは出来ないと思っていたから

母たちにとっても

孫の顔を見ることは夢にも近いものだったに違いない。

それは言わないけれど分かっている。

だから私が娘を産んだことが

母たちにとっては私の唯一の親孝行だと思ったのも無理はない。

そんな母だったから

毎日毎日通ってくれた。

そして娘は母と本当に仲良く遊んでくれた。

娘が幼稚園の年中さんの時に

私が心臓の二回目の手術をしたのだが

その時も母は娘を預かってくれた。

母と娘は今でも信頼関係がちゃんと築けている。

私と娘の間に欠落している信頼関係が

母との間には築かれているのだ。

これは仕方ないことだと思う。

私にとって娘は大事な存在ではあるけれど

私を悩ます存在でもあるのだから。

私は結局私だけのために生きていきたかったのかもしれない。

皆が私の方だけを見てくれる

それで初めて私は自分の存在価値を見出すことが出来る。

異常だけれど不安の中で生きている私にとって

誰かに必要とされていること、

誰かに愛されているという実感、

それがあれば私は普通に生きていける。

だからこそ、夫が娘の方ばかり見るようになったことが

私の病気の再発の原因になったような気がするのだ。


スカーレット