スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
結婚したらきっと良い人生が来ると信じていた。
何と甘い考えだったのだろう。
環境を変えると言う点では
結婚して実家を出るということが
一番良い方法だと思っていた。
二人だけの結婚式を挙げたあの立山での思い出は
20年経った今も心に残っている。
あの頃は派手な式が多かった。
披露宴でもお色直しを何回もし、
まるで芸能人かと思うような
お金をかけた派手な式が多かったように思う。
あの頃に私たちが上げた質素で
でも、心に残る式は貴重な存在だったように思う。
磁器婚式というタイトルでここにも書いたことがあるが
やはりあの式は正解だったと今でも思っている。
そして新婚時代もそれなりに楽しかった。
でも、一年経った頃から
私の中で少しずつ変化が現れてきた。
やはり駄目だったのだ。
いくら環境を変えたとしても
私自身の気持ちが変わらないと何もならない。
また私は食べられくなった。
そして痩せてきた。
食べられない状態は本当に辛かった。
日赤やそのほかの病院に入院もした。
食べることが出来なくて
体中にアンバランスが起きて
顔もむくみ始めた。
腎臓の機能も弱くなってきた。
腎臓病棟に入院して塩分と水分の制限の生活も送った。
弱い私はまた逃げたくなった。
何もかもから逃げたかった。
私の存在を消したかった。
夫は私に対して強い態度も見せず、
でも、そうかと言って労わりの言葉もなかった。
ただ、黙って私を見ているだけだった。
私にはこの家での私の存在価値を見出すことが出来なかった。
私など居る必要はない、
私は誰にも愛されてはいない、
私が居ない方が夫は幸せになれる・・・
そんな思いの日々を過ごした。
そして結婚して2年後に
私はそれまでで一番ひどい自殺を図った。
実家に戻っていた私は
近くの薬局で求めた睡眠薬を
一瓶全て飲んだ。
姉が気付いて夫に連絡。
夫の車で救急病院へ運ばれた時には
医者が駄目ですと言ったらしい。
それでも、私には生き運があったのだろうか?
救急救命センターに移送され命が助かったのだ。
私は悔しかった。
死にたいと思う者を何故助けるのか・・
家族を恨んだ。
誰とも会いたくないと思う反面、
私は無性にRに会いたかった。
やはり私の愛する人はRしか居ないと思った。
夫の気持ちを思いやることも出来なかった私は
無理を言ってRに病院へ来てもらった。
スカーレット
|