スカーレットの心のつぶやき
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2006年01月17日(火) 出会い��

拒食症、過食嘔吐、

この病気は経験したものしかわからない。

自分自身の心の闇を反映したもの、

誰のせいでもないもの、

自分自身の心が弱いために発病したもの、

他人に何を言われても、

自分がそうだと気付き、

治そうと思う気持ちがない限り、

一生治らない病気だと思う。

私の九州大学附属病院への入院は6回に及んだ。

入院して様々な医者と向き合った。

初めて入院した頃は

まだこの病気そのものの認識があまりされていなくて

医者さえわからないことだらけだったみたいだ。

私はモルモットにされた。

あらゆる検査という検査をし、

それでも体そのものには異常なしという結果が出て、

主治医は焦ったみたいだった。

私の主治医はまるで絵から抜き出てきたような

それはそれはステキな男性だった。

私よりも3歳年上の病院一のハンサムな男性で、

ファンも多かった。

私の痩せた体を医者の前にさらけ出すのは

正直言って辛かった。

でも、医者は医者、

私は患者、そう割り切って医者と対峙した。

三ヶ月で13キロ以上太った私に

主治医は褒美としてドライブと食事に連れて行ってくれた。

初めて食べたグラタンの味、

そしていすず117クーペでのドライブは

本当に今も思い出に残っている。

医者は言った。

「あなたのような患者は初めてだ、

でも、とてもいい勉強をさせれもらった。

あなたの心の中にある

あらゆる問題を僕に話して欲しい、

そして出来る限りの力になりたい」と。

私の周りの冷たい視線しか感じて居なかった

その頃の私にとってまるで医者は天から降りてきた

神様のように思えた。

私はこの医者のためにも治ろうと決心した。

一生懸命だった。

初めて出会った医者が

あの医者であったことに心から感謝している。

もし、あの医者でなかったら

今の私は居ないだろう。

もっともっと深く傷つき、

全てをなくしていただろう。

人と人との出会いはその人の人生に大きな意味を持つ。

私が今まで出会った人たちとの関係は

全てが良い物だとは思えない。

でも、悪いものだったとしても

それはそれで意味のあるものだと思いたい。

そうでなければ、

今まで私が歩いてきた人生そのものが

皆否定されてしまう。

生きているということ、

生かされているということ、

ただ、この世に存在しているということ、

これらがまさしく人生の意味だと思う。

私の発病のきっかけになったRとのことも

そして彼の人生を躓かせてしまったHのことも、

皆私の人生の中で意味のあるものなのだ。

そして、それが今の私へ繋がっているのだと

人生の折り返し地点を過ぎ、

今ようやく分かってきたような気がする。

再発を繰り返し、

自殺未遂を繰り返した私の人生の中で

少しだけ光を見つけることが出来たことは

最後の入院の前に

夫と出会えたことだと思う。

偶然とは言え、夫との出会いは不思議なものだった。

夫との出会い、

それこそ私の人生の中で一番意味の大きい出会いだったように思える。


スカーレット