「また喧嘩か?」 「……気にすんな」 「だって珍しく何発も喰らってんじゃん……複数人か?」 立て付けの悪いロッカーの扉を、南は必死で引き、やたら大袈裟な音をたてて開く。 そして即座に聴こえた亜久津の言葉に、南は動作を止めた。 「千石」 「…………また?」 「ぁあ、しかも一方的に逆ギレしやがった」 淡々と無表情で語りながら消毒液に浸した脱脂綿を傷口に押し付ける亜久津を見ながら、南はうっかり呟いた。 「うぁ、質悪ィ」 「は、何今更言ってんだよ」 するとふと、微かに笑ったように見えた亜久津に、南は暫く黙りこみ、そして彼に背をむけて着替えはじめる。 「……でもさぁ、俺彼奴と付き合い長いけど、彼奴にそんな殴られた人間ってお前が始めてのはずだけど?」 「…………何が、言い」 鋭い視線で南を見返すと、部室のドアが勢い良く開き、除いたオレンジ頭がすこし目に痛く思えた。 「チャオー!?」 「「……千石……」」 見事に被った言葉に、3人同時に吹き出す。 程なくして始まる二人のやりとりを背にして、南はそのまま部室を出た。 声が聞こえなくなればいい、早く、早く聞こえなくなれ、と思いながら、なおかつ不自然に見えぬように、半ば感情を押し殺して扉を閉めた。 この感情につける名なんて大層なものはありはしない。 これはただの、錯覚のようなものだ。 そう、きっと。 この感情につく名なんてものはないのだ。 -- もう何がなんやら……ぐるぐる。
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