消毒液の匂いが、少しきつい。 放課後の保健室は無人。保健医は他の教師達と会議中だ。 もうすっかりお馴染みになってしまった千石による放課後の消毒に、亜久津は溜め息をついた。 何が楽しくてやっているのかよくわからないが、千石は亜久津が怪我をしてくる度に、放課後に保健室へと彼を連れ込んで、何気ない会話をしながら消毒をするのが常だった。保健室に入れなければ駅前の薬局でわざわざ薬を買って公園か、どちらかの家で手当てをした。 「まったそんなに怪我してきて……今日は誰……?」 「……誰だか知らねぇよあんなバカは……ってかテメェは母親か」 どうでもよさそうに、呆れた視線を向けられたにも関わらず、千石はえへへ、と締まりのない笑顔を浮かべた。 「へーえ……やっぱり優紀ちゃんってこういう事言うんだ」 「別に……どうでもいいだろ……」 「………」 珍しく千石は何も言い返さなかった。 ただ、目をふせて、先程の笑みは微かなものになった。 沈黙。 さらに沈黙。 声は一切聞こえなくなる。 聞こえるのは脱脂綿を壷から取る時に触れた金属の音と空気転換のためか、開けっ放しのカーテンを揺らす冷えた風ぐらいだ。 ふいに脱脂綿が傷口に押し付けられ、亜久津は声をあげた。 「……痛ッ」 「…………」 気づけば千石は完全に俯き、亜久津の腕をぎゅ、と掴んでいた。脱脂綿を摘んだピンセットを持っている手は震えている。 「……千石……?」 「……ごめんね…あっくん……」 「ぁあ?」 「……護れなくてごめんね?」 「護る?」 「うん、俺…いっつも亜久津が傷つくの止めらんないね」 「…何言ってんだよテメェは…」 「……だって…」 千石は亜久津の腕から手を離した。 そしてそのまま深くうつむいた。そのせいで明るい色をした髪の毛がサラサラと流れた。顔は完全に見えず、表情は読み取れない。 手からピンセットが滑り落ち、耳に響くような軽い金属音を響かせた。 「…亜久津が怪我するの見るの、俺、ヤなんだよ…」 「……別に、傷ぐらいどうって事…」 「どうって事あるよ!もしも…もしも傷が、残ったら、それは…」 言いながら千石は流れ落ちてくる髪の毛をかきあげるように頭を抱えた。亜久津は言葉を出す事もできずに、ただ千石をみたまま。 「俺以外の、誰かが亜久津に何か、残すのは嫌なんだ……傷とか、痣とか…あると……なんか、その人の、所有物みたいだって、思っちゃうんだよ……」 「……俺は、」 「わかってるよ?亜久津は、誰のものにもならないし、誰のものでもないのはわかってる、けど!」 「……千石、もういい」 「俺は、亜久津が誰かに縛られるのが嫌なんだよ」 「……バカか、」 「バカだよ」 「…つーかさっさと消毒続けろよ、保健医くんぞ」 「……うん……」 千石は、納得したのかどうかはよくわからないような微かな頷ずきをした。だがピンセットを拾わない所からみると、納得してはいないようだ。 「……あっくん?」 「…何だよ…」 「……喧嘩、避ける事も覚えてね?」 「……これからもいちいちてめぇが何か言う気なら……努力してやる」 「…ありがと」 -- もう何がなんやら色々ごちゃごちゃ…。 そして何が小動物だったのかここまで書いた今ではさっぱり謎…最初どんなオチにしようとしていたのか…(死)
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