母のタイムスリップ日記
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2011年07月22日(金) ショート切り上げ!


母の所に出かけてから 予定の動きをしようと思って家事をしていた。
そこへ 仕事に出た夫から電話がきた。
「これから ベランダの柵のペンキをはがしに行くからお茶くらい出してよ」と。
夫は 母の体調の変化を知らない。其の上 今日の私の予定も知らない。

妻としてはずるいかもしれないが 夫の帰宅前に家に戻って きちんと家事をこなせるなら特に話しておかないでもいいかと思う。
特別のことが起きれば 携帯に連絡が入るだろうし。

そんなズルが裏目に出てしまった。
母の所にもいけないし最悪 予定の行動にも影響しそうな気配。

慌てて 今日の予定を伝えた。
結局 母の所には寄れない。

作業に見えた人に 作業の予定を伺うとペンキ塗りまでの行程らしかった。
「どれ位時間かかりますか?」と聞くと「予定があるのですか?」と聞かれ「お昼までだと助かります」と伝えたら「了解しました」との事で午後は予定通りの行動が出来そうだ。

母のことは 連絡があるだろうから…と気にしながらいた。
お茶を出したりして…。早昼飯を軽く摂って身支度を整えた。

ショート先からは 特に連絡が無かったので胸を撫で下ろした。
胸を撫で下ろすのは 母が落ち着いているなんて思ってのことではない。
予定の行動が取れるという意味でだ。
判っていても…「ごめんなさい…」と。

見学先では かなり刺激を受けた。
同行した仲間も同様。
おそらく 人によって受け止め方が違うのだろうから何ともいえない。
ただ 少なくとも同行した人みんなが同じ思いだった。

予定の半分が過ぎて次の場所へ移動する前にちょこっと休息を取っているとき携帯のなる音が聴こえた。
嫌な予感。
携帯を取ったら着信履歴が2回。
もう予感は 確定。
ショート先からだった。
母が嘔吐しているとのこと。
「迎えに行き 明日までのショートはキャンセルします」と伝えた。
とりあえず予定は消化できた。
後ひとつは もう少し先延ばしできるから。

電車に揺られて ショート先に向った。
明日 明後日は自宅に足止めは間違いないので 母に必要な物を購入した。

母の顔色悪し。
職員曰く「声も出さなくなっている」との事だった。

経過を伺い 家に向う。
いや 正確には診療所に向う。

車椅子を押しても 登り道だけれど15分程度の筈。
タクシーも考えたが 乗車中に嘔吐が起きたら迷惑をかけるし準備もしてないのだ。

未使用の衣類の入ったバックは 施設預かりにしていただく。
施設を出て 数十メートル行った所で入れ歯を装着していない事に気付く。
入れ歯は 代替が無いので困る。
施設に電話したら 直ぐに届けに来てくれた。

それからとっとこ夕方からの診察の始まった診療所へ。
いつもの若い医師ではなく お父さん医師。
前回の血液検査のデータを読みながら「なぁにも問題となるところはないのだね」と話された。
原因は…2つの思い当たりを言われた。
しかし手術対応は難しい場所だから無理。

「寝かせずに起こしておく対応が良い」とカルテを読んだ上での医師の言葉だ。それは 私も感じていた事だ。

つまりは 罹り付け医のいう「踏ん張れよ」と所見と一緒。
年なので避けては通れない…という事。

今日出かけたところの話を思い出す。
「誤嚥性肺炎は 口腔ケアを丁寧にすれば避けられる」と言う言葉。
それは 介護しながら密かに感じ始めていた事だった。
これまでは 私自身が感じた事で 実際介護していて誤嚥性肺炎がなくなっていると言われれば ヤッパリそうかと意を強くした。

医師にお願いして とりあえず水分補給のため点滴をしていただく。
ぽったん ぽったんにお付き合いして2時間半。
薬を頂いて 車椅子を押して家に戻った。
それから 母の夕食の支度。

食事の前にトイレサインがあり 「小」排出。
これは 点滴の水分だと感じた。

いつもの4分の1程度の摂取量。
食後またトイレサイン。
「まだ大丈夫でしょ」と思いながら誘導したら…「大」排出。

家で2回のトイレサインは いつもと違い「声も出して」のサインだった。
これだけサインが出せるのだから ショート先でも随分サインを出していたんだろうと想像できた。

2時間近く座位してもらって 就寝。

肝心なことが抜けているが 今日はこれまで。
母の様子をちょこちょこ見に行っているが 熟睡している。


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