母のタイムスリップ日記
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2010年12月09日(木) ショートステイへ

 昨晩は 母が寝てから ポテトピザ風を仕込んだ。
これは 今日開催のサロンのクリスマス会に使うもの。
家にある食材で作れて 手のかからない割りにちょっとおしゃれに見えるから持ちよるには便利なもの。
ジャガイモをマッシュして 玉葱を刻んだ物とアンチョビを刻んだ物とベーコンを入れて混ぜて お皿に盛り 上に2種のオリーブを埋め込む。
後は 朝チーズを乗せてオーブンで焼いて ルッコラを散らす。

朝焼き上げたものに 庭の隅で育てているルッコラを乗せてラップをかけサロン会場に持ち込んだ。
クリスマス会の準備には間に合わないので先に運んでおいたのである。

今日から母は 4泊5日のショートステイである。
迎えの来るまでの隙間に母を1人置いて会場に走って大急ぎで戻った。
食事の済んだ母は さほど不安がらずに待っていてくれた。
迎えの来る時間前にトイレ誘導して「小」も済ませた。
ショートの間は 母のサイクルに合わせてのトイレ誘導はないので 家に居る間に出来る所までと思う。

今回のショートステイは 多床室。
施設入所している時も個室。これまでのショートステイも個室だった。
初めての多床室 さて母はどういう気持ちだろうか?
同室の人がいて少しは気が紛れてくれればいいなと思う。

帰りの送りの車がないという事でこちらが迎えに行く事になっていたのだがご好意で 少し遅れるけれどショートの方で送りをしてくださると言われた。
其の上 いつもは迎えに行くのだが 今回は 家で待っていられることになった。
ご好意に甘えさせて貰う事にした。

母を送り出してサロン会場に向かう時 ご近所さんに話しかけられた。
「毎日忙しそうですね」と言われ「母がいるから...そうみえますかね」と返事した。「よくやりますね」とお褒めのことばも戴く。
それから あれこれと...。
「親を見送るのも寂しいでしょう。認知症もないのでしょう」と言われた。
「いや もう認知症と診断されて20年近く経ちますよ」と伝えると「あなたの事は判るのでしょう?」と聞かれた。
「いえいえ 初期の頃から私は従姉妹でねぇ。最近はおかちゃんと呼ばれていますよ」と伝えると驚いていらした。
「親を見送るというよりも 母と私とで今をそれぞれ踏ん張って過して 別れる時がきたら そこまで...と思いますので亡くなる事に格別の想いはないですよ」と伝えた。
「がんばっているからこそですね」と言われた。
「いやいや がんばっているからと言うほどのこともしていませんよ。ただただ普通に...ですよ」と言ってみたもの どれほどのことが伝わったか...。
其の方 病と共存なさってるので いろいろ思うところがあるのだろうと想像できた。
母の命について聞かれる時涙ぐんでいられたのだ。
私は 其の方と機会があれば話したいと思っているが 相手から病の話が振られない限り質問する事はしないようにしている。
自分のペースを守って過されているようにみえるのだ。
サロン事も気になりながら 20分ほど話し込んで別れた。

サロンでは 皆さん揃っておいでだった。
持ち寄りのものでワイワイと。
来年の話も含めておしゃべりをしてビンゴゲームを楽しみサロン終了。

家に戻って 少し休息。
夕方のお迎えがない。
それだけで夕方以降の時間をゆったりと使える。
母と共に過ごすことで時間がかなり制約されているのだと改めて感じた。
買い物に出て ご近所の独り暮らしの方と出会い 岐路は一緒にテクテク歩いて戻った。
「今日は 寒い」とサロンの時から言われていたので歩く事で体が温まるだろうと思ってお誘いした。
歩く事が嫌いな人ではないと判っているのでお誘いできた。
家の前まできたら「足もホカホカしてきた」と言われていた。

家に戻って購入してきたイカでシオカラを作った。
夫が市販のシオカラを買って食べていたので これなら家で作った塩辛のほうが美味しい筈と思ったのである。

全てを母がいるから出来ないと言う訳ではないのだが 今更ながら自分が放棄していることがいろいろあると感じた。
美味しい物を作って食べる事は大好きだけれど マンネリ料理の連続。
最近 ようやく作るという事にも時折意欲が湧く。

はてさて あれこれ書いていると時間がいつも通りになってしまう。
ソロソロと睡眠時間としよう。

そうそう 母 ショート前に便通もありホッとして送り出せた。


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