母のタイムスリップ日記
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昨夜 介護仲間と連絡を取った。 「返事は明日に」と。
朝から電話待ち。 それぞれの事情があるから仕方ない。
ようやく連絡が入り 会う約束をしてようやく用事が済んだ。
夕方 ふるさとのもと同僚に電話して話しこむ。 ふるさとの果物を送ってくれたので其のお礼。 でも積もる話がある。 ちょうど お母様を預かり中。 90歳だが 認知症はない。 生活は自立しているが…。いろいろご苦労あり。
認知症のある近所の方が喉に食べ物を詰まらせて亡くなったそうだ。 当然ながら検死。 転倒も多かったので あざがあり虐待を疑われた介護者はとても嫌な思いをなさったそうだ。
何時 どうしたかを聞かれ 話にズレがあると近所の人に確認を取るといった風だったと言う。 亡くならせてしまった悲しみに暮れる介護者に2重の苦しみが襲う。 近所の方は「ちゃんとしていた。虐待はない」という気持ちになるほどだったという。 信じられない虐待があるからそうなるのだろうけれど…。 困ったことだなと思った。
それから諸々…結構長い時間あれこれと話した。
電話を切ってから 今度は従姉妹に電話。 両親共に認知症で 1人で孤軍奮闘している。 状態が良くないと耳に入ったので電話をした。 留守だったので留守電話を入れておいた。 電話が来たのが 10時前。 経過をいろいろ聞いた。 看護の岐路。介護の岐路。 よくぞ踏ん張ったと思う。 ケアマネに恵まれ 施設に恵まれて…無事に乗り切ったと思う。 一時は肺炎のため気管切開の判断を迫られ ピンチを乗り越え。今度はイロウの選択。これも乗り越えた。 施設に入った時にはミキサー食だったが 施設側の努力で今は普通食になっているという。 おじさんは 徘徊で3日間行方不明となり 近所で無事保護されたという。 従姉妹は それ以来内と外にドアストッパーをかけて徘徊できないようにして仕事に出かけていたそうだ。 今 おじとおばは特養に入所していると言う。 夫婦で同じ部屋に布団を敷いて過してみたら…と提案されたそうだ。 困惑している従姉妹に良い面と悪い面のお話をした。 従姉妹納得していた。
電話番号を書いてあるものを紛失して連絡できなかったそうだ。 きょうは そんなことも想像して電話番号も留守電に吹き込んでおいたのだった。 認知症の人を置いて仕事に出かければ どういうことになるか判っているのに少しこちらの配慮が足りなかった。 もう少し頻繁に電話を入れておけばよかったんだなぁ。
他にも 電話の話がある。 今日は ほんとに電話が多かった。
おっ台風過ぎたんだな。 それにしても ちと寒いな。
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