母のタイムスリップ日記
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2010年04月07日(水) 目覚めた こ・と・ば?


気温が下がり 午後には雨。
母と家で過す。
意識的に部屋を移動しトイレ誘導。
気分転換と歩行リハ。

午後には 訪問リハビリを受けた。

時計と言う単語を久しぶりに母の口から聞けた。
施設に入所する前の約10年ほど 母はよく時計を見ていた。
時計を見ると決まって「おかちゃんが心配するからそろそろ家に帰ります」と言い出していた。
帰らなければならない理由は その時その時で変化したが 時計をみると次には「帰る」が始まると予測できたので 此方も「また始まる…」と身構えてしまっていた。

今家に戻ってみて やっぱり時計をみる。
でも次に言葉が出てくる事はない。
あの時は 時計を見られることは しんどかった。
今は ちょっぴりさみしい。
でもきっと 言葉にしないだけで 何かを考えているのだろうと思う。

言葉といえば…。
寝室からトイレへ移動する時 母は 寝室を見渡して「もちゃもちゃ いっぱいあるなぁ」と言った。
ギョッ!
話にも驚いたし きちんと見ていることにも驚いた。
そして「プッ」と吹きだしてしまった。それから暫く その言葉を思い出しては笑いが込み上げた。
母健在!
確かにぬいぐるみ等沢山の物が溢れていた。

療法士さんが見えている時も言葉を発した。
お母様の出身地がお隣の県で 療法士さんも聞き覚えのある方言だった。
なんて言ったか 今 思い出せない。

母がくしゃみをした時 私はいつもそのくしゃみに衝撃波を受けたかのように後ろにのけぞるようにしている。
今日もくしゃみが出て のけぞったら「ごめん」と母は謝った。
以前は 決まって出ていた言葉だが 最近は 何の反応もなかったのだ。 数年ぶりにその言葉を聴いて嬉しくなった。

母の前で新聞を読み出せば 決まって新聞をとんとんと叩いて「私をみて」とアピール。
母の目の前を通る時は大概目と目をあわせるようにしているが 時折 顔も見ないで過ぎてしまう時がある。
すると母は 手を上げて何か言葉を発する。
「私 ここにいるんだからね」と存在を知らせていると感じる。
「あ ごめんごめん」と母に謝ることになる。
するとニコッと笑う。

家にいると 言葉を聴く機会が増えて「わぁい」と嬉しくなる。
これまで ただ言葉を使う機会も過せていたので 頭の中で眠っていたのだろう。言葉が目覚めてくれて嬉しい。


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