母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
| 2010年04月04日(日) |
言葉によらない表現力? |
今日は 近所の桜を眺めながらお散歩できたらいいなと思っていた。 だが気温が思ったよりあがらず 家の中ですごす事にした。
先ずは トイレ誘導し「大」排出。 その後入浴・洗髪。 傷の処置(やけど) 順調に回復はしているが まだ 処置の必要がある。
昼食後 テーブルに私の珈琲カップを置いた儘 その場を離れた。 大概の場合 母が手を伸ばしてひっくり返すので 中身の入ったカップは母の手の届かない場所に移動させて置くのだが その時はきっと微妙に手の届く所に置いてしまったのだろう。 戻ってみて 室内が珈琲の匂いがするなと思った。 が それよりも母の浮かない表情の方が気になって「どうしたの?なんか心配な事あるの?」と問うてみた。 言葉が返ってくることはないんだけれど…。
その時 母が手を伸ばしながら 指先をゆらゆらと揺らし腕で線を引くように右から左へ動かした。 珍しいアクションだなぁと思ってテーブルをみるとカップが倒れて珈琲が零れていた。 「これかぁ」と言ったら 少し頷いた。
「大丈夫よ」とすぐさま テーブルを拭いたら 母笑顔に戻った。 急に 母の手指の動きに意味があったのかと気になった。 いつも意味は在るのだろうけれど…それが母の頭の中のイメージだったりするので理解できない事も多いのだけれど。 読み解くのも 面白いかなと感じた。
母の夕食が済んだころ 夫が帰宅した。 食後の母は 本当に機嫌が良い。 夫は 毎日 起き抜け時・夜のトイレ誘導時の母しか見ていないので 上機嫌で笑顔を見せる母に驚いた様子だった。 「ただいま」と言えば ニコニコ笑顔で頭を下げてみたり。 ちょっと意味不明であっても 隣に座した夫になにやら疑問符形で話しかけたり…。 それが 夫にとってかなりの驚きだったらしい。 何も話せなくなった母と思い込んでしまっていたようである。 「こりゃ 凄い。ひょっとして もっと話せるようになるんじゃないの?若しそうなったら 一冊の本に出来るよ!」と。
会話を取り戻せるなんて思ってはいないが でもかなり反応が良い事は確かである。 折りしもラジオからは「にほんのうた」が流れていた。 この音楽にもかなり反応していたのだ。 歌にも興味を示さなくなって久しいのだが ラジオから流れるメロディーを口ずさんでいたら 歌詞は合わなくとも唄おうと口をパクパクさせて首を左右に振っていた。 デイで音楽療法も取り入れているのでその効果も上がっているのではないだろうか?
長い年月を認知症の症状と共に過している母だが 母自身がそれを淘汰しているように思えてくる。 進行していると感じている此方の想いを敏感に捉えて哀しんでいたのではなかろうか…とさえ思えてくる。
今日も「よく噛んでね」と言ったら 深く頷いてしっかり噛んでいた。 施設にいたころも同じように言っていたが やはり時間が気になっていたし食べさせないと大変だと焦ってもいた。
今は 時間も気にならないし 食べなかったら時間をずらせばいいとのんびり構えている。 そうしてみたら 口を開かないと言う状況や噛まずに飲み込むなんてことは起きなくて 食事もかなりスピードアップしてきているのである。 施設にいた頃より ずっと介護が楽になってきているように感じるのは気のせいだけではないと感じる此の頃なのだ。
おそらく これは周囲の感動が母に元気を与えてくれているのだろう。 デイの職員や介護仲間や我家族の感動が母の気力を呼び起こしているのではなかろうか…。
この元気がなくなる時の事を思うと怖いけれど それもまたよしとして行かなければならないのだろう。
|