母のタイムスリップ日記
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2009年12月18日(金) 迷った時は 仲間へ


早朝 ミシッ グラグラという揺れで目覚めた。
「地震だなぁ」と感知していたが 暫く様子見。
昨日から伊豆で地震が起きているのでそれだろうなとラジオをオン。
震源地が判って ちょこっと一眠り。
でも 夫が早目に家を出るといっていたので 暫くして起きた。

夫を送り出してから プラゴミ回収だったと思い出した。
普段のプラに加えて 更に整理して集めた。
来週が最終なので もう1回で...。
まだ綺麗だけれど使わないと思うものは処分する事にした。
その中には 母が認知症と診断される少し前に送ってくれたものもある。
ちょっと迷ったけれど やはり使わないものは処分と決めた。

物は増やさないと思っていたのに 来年に向けて小さなシャトル鍋も購入している。何かと使う場面が増えるだろうと思うから。

さて 母の所に出向いていつも通りの介助。
今日は お腹がキュルキュルとなっていたので落ち着かないのだろうと感じた。
それが円背に繋がる。
緩めなのでガスが抜けそうになると泣き出す。
きっとどちらか判らなくて困っているんだろうと想像できた。
排泄のことやはり意識出来ているんだな。

食事も何とか定量食べ終えた。
少し前屈だけれど寝てしまう事はなかった。
一時間で完食できた。

それから口腔ケアを済ませて トイレ誘導。

後は職員にお任せして 介護者の会へ向かった。
今日は 介護者のお役に立ちたいという方が見える予定なので気が気ではなかった。
他にもお願いされた方が見える予定だったが 今日は見えなかった。
でも顔見知りの方が居たので 事情を伝えて次回お誘いくださるようにお願いした。

会も終わって家に戻るとファクシミリや電話が次々。
来年から変わるケアマネとあれこれと。
また母の施設からも...。一瞬ドキリとしたが 母の変化ではなかったのでホッとした。

食事も済んだ頃に介護仲間から電話。
奥様が入院中なのだが ようやく検査が終了し癌が見つかったということだ。
それも見つかったのは極々初期だが おそらくそこが原発ではないらしいという事だった。このまま病院で過ごすことに決めましたという報告。
「認知症と向き合ってゆっくり過せばいいんだな」と思い始めたのに 今度は命の限りを知る事になって...。やっぱり命の限りは切ないですよ」とお話くださり「どうぞ 逢ってやってください」と。
勿論 面会に出かけるつもり。

別の介護仲間は 検診で怪しいものが見つかったといっていたし...。
その方は 施設に託しているが それでも介護の関わり方を替えなくては...とあれこれ手を打っているようだった。

また 特養入所が決まったけれど 亜脱臼で通院しているが「入所できるのか」と不安がってる人もいらした。

介護の形態が変わるということは 介護者も立ち止まって考え込む時期である。それから先の選択がずっしりのしかかってくる。
逃げ出す訳にも行かない。
何れわが身にも降りかかって来るだろう。
大まかな選択が決まっていれば 介護の基本から大きくずれる事もないのだろうと思うのだが 命だけは...神のみぞ知る事だからねぇ。
計画通リになんて 稀の稀と自分に言い聞かせる日々である。

そうそう 此方からも介護仲間に電話をして聞いてみたこともある。
既に看取りの終えた方だ。
独特の介護をなさった方なので その辺のこだわりをお聞きした。
「何故」の部分がわかった。
今回 福祉用具に関しての選択は ケアマネでは把握し難くて 福祉用具専門の業者さんへ聞いて選んだ方が良いと言われたので「むむむ」と思った。
でも 正直にそういってくださるケアマネの方がいいのかななんて思った。
こんな時頼りになるのは 介護仲間かな。
その人の選択した意味 拘った意味 そして結果が見えて...。
そこを頭に留めて選ぶ事にした。


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