母のタイムスリップ日記
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地域の中で認知症の啓発活動が行われている。 認知症の理解を深める第二ステージ。 これからも順次進められていくのだ。
関わった方が 今ひとつ何かが足りないと感じているのだそうだ。 介護している人の声と当事者がいない...ということ。 この間 母のことや他の事で参加できなかった。
「誰かいないかしら...」と水を向けられた。 ...そうだよね。地域の中では なかなかいないのだ... 「やりましょうか?母と私」 「エッ いいですか?」 「何処まで出来るかは判らないけれど 1歩踏み込むきっかけになるのなら協力しますよ」と言う事で 予定は組み込まれた。
本当は もう少し軽い方がいいのだけれど...今 協力できる人はいないのが現実である。
これをきっかけに 変化が生まれる事に期待している。
ここに書いたことがあるかどうか...。 私は 人が運営する事に乗っかるのは好きだが 自分から何かを背負う事はあまり得意としないし やらなくて良いのならやりたくないのが本音。 これが いつの間にか...。 自分で変わろうとしたのなら褒めて貰えるし高い理想を持っているなら良いのだが そういうことではない。
基本は母と共にいかに歩むか...それだけ。 それだって 積極的に介護を始めた訳でもないし...。
母の介護だって 過去の介護者の作った道にのっかっているんだと言う想いがいつもある。 だから 自分に今できる事を試みて 次の人にバトンタッチできればいいのだろうと考えるようになった。基本は 無理をしないということ。 そうしているうちに何かが変わるのだろう。 それが 将来お世話になる時にプラスされるなら尚よいのだ。
みんなの前で誇れる程の介護なんてしていない。 用は誰にもできる事をしているに過ぎにない。
でもこれがちょこっと変わる。 母と共に出る事で 介護している人が「それ位ならできる」と思って貰えたらいいなという想いである。 「介護が楽しいものよ」何てことは言うつもりはない。 苦しい事もあるよでも けど 歩むうちに何とかなってくるのよね...って言う程度のもの。それを感じて貰うきっかけを作ってみようかなと思った。 私の介護なんてその程度のもの。
それも母次第私次第。 命あってのものだから....どっちが先立つか知らないけれど 出来る限り母の後に...と望んでいるけれどね。 できる時にできる事をあまり無理せず...である。
さてと 今日もいつも通りの日。 深く眠っている母を起こして トイレ誘導して「大」「小」排出して貰って 食事介助をして...。 母の笑顔を貰って...。
あっ いやいや 今日は母から「ばぁかぁ〜」とも言われたんだな。 母の背中はますます丸くなって円背になっている。 そこで母の頭をグイと起こした時「ばぁかぁ〜」って言われたんだ。 勿論 私が悪い。 でもね 実はそういう言葉を発してくれたことが嬉しかったりするのだ。 「いよっ!よくしゃべってくれた!」と。 そこで「ありがとうね」と母に感謝いたのだった。
食事は そこそこのペースで漬物と鳥皮だけは残量。 施設の食事+くだもの+お刺身。お汁はグリンピースのミルクスープだったのでお腹の事を考えカット。水分不足は困るので ジュースで補完。
午後は役所に出向いて臨床心理士の語る認知症。 それから 参加者の質問に専門職や介護職の方が応えてくださった。 勿論介護者からも...。
その中で吹き出してしまったのは 精神科医に「先生にはお世話になったけれど 本人が行きたがらないので 通院できないのです。ごめんなさい」と複数の人が謝っていた事。 補足で「介護する家族の多くの人が同じ思いをしていますよ」と伝えるとホッとなさっていらした。 やっぱり できない事に介護者は「申し訳ない」って思っているんだなぁ。 そんなの介護者の責任でもないだろうに...。
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