母のタイムスリップ日記
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| 2009年08月08日(土) |
逢っても 逢わなくとも どうせ… |
家事を済ませて いつものように母の所へ出向く。 今日は 曇り空。でも 動けば暑い。 髪を束ねて帽子を被って 自転車を飛ばす。
「美容院行けたらいいけれど この空模様では…」なんてぼんやり考えながら施設に着いた。 母は今日も起きていた。 直ぐにトイレ誘導。「大」「小」排出できた。 ちょこっと時間があったので 髪の毛を梳いたりした。 昼食の案内があって ホールへ移動。
今日は 皆さんデイに出かけて ホールで食事するのは2人のみ。 定席を替えて 向き合うように座った。 先週は 正面に向き合って母の笑いに不機嫌になったので ちょっとずらして座った。
昼食の献立は 鳥から揚げの野菜ソースがけ 茹でキャベツのサラダ つぼ浸け 味噌汁である。 から揚げ大丈夫かなと思ったが 何とか噛んで飲み込んでいた。 でも 時折こほこほした。 部屋で食事している方もこほこほが目立つ。
衣もせいかなと思って ちょこっと母の物を失敬して舌で食べてみた。 鶏肉の筋が多少口の中に残る部分があった。 噎せるのはどうやらこれみたいだな。 それから 肉の切り分けに工夫しながら 母の介助。 すると噎せがすくなくなった。 ちょっとした事だけれど ただ刻めば良いのではないんだよね。 でも関われるのは母の分だけだけれど。
母の飲み込みがゆっくりなので ちょこちょこ席を立って作業していた。 かみ終える頃に母の所に戻るように心がけた。 ちょこっと居室に戻った時携帯をチェックした。 すると弟から2度の着信があった。 折り返し電話をするとなんと下の中華料理のお店で食事中だという。 「何処にいるの?」と聞かれて「母の所」と伝えた。
直ぐに職員に振り替え可能なら 訪問をこの時間に済ませて貰うと助かると伝えた。 OKを戴いて 訪問に入った頃弟2人が来た。
多少残量して 口腔ケアを済ませて 外出。 弟の車 今回はワゴン車。 ステップも高かった。2人で腰と膝を抱えて車に乗せた。 2人で抱えればこんなに楽に出来るんだと思った。
母は弟の顔をみると「うふふ」と笑う。 さて これからなのだ。
夫の会社は車なら5分くらいで行ける。 夫がいるかいないかは判らないが 来ているのだから顔だけ見せて置くべき。 だが 顔を見せても 見せなくとも気分を害するのは同じ筈。 こちらで介護することは承知していても 兄弟の関わり方には不満を持っているのである。 逢っても腹が立つし 来なければまた文句も溜まる。 どうせ 後でいろいろ言われるのは私だし…だったら「きてましたよ。お世話になっています」の挨拶に連れて行ったほうが良いと思った。
生憎夫は外出していて 弟達とは逢えなかった。 其のまま ちょこっとドライブして 私は食事 母はケーキセット 弟達は珈琲を飲んだ。
弟達は 仕事でこちらに来て帰路に立ち寄ったのだそうだ。 帰省ラッシュの中戻るので早めにこちらを立ちたい様子。 本音で言えば 私が遠慮なく「こうして」と頼めるのは弟達である。 それは 姉と言う立場もあるけれど介護を担当していている事もある。 母のために必要と思うことは当然のように頼める。 勿論言い難い用件もあるけれど こちらに滞在して労力提供なら遠慮はしない。
それでも 明日は従姉妹の奥さんの法事があるということなので どうしても戻る必要があったみたいだ。
施設に戻って直ぐに弟達は帰った。 昨年 一斉に帰ったら母が大泣きしてしまったので今日は慎重に。
少し居室で母と遊んでからホールに移動し それからゆっくりと施設を後にした。
夫は大分遅くに帰宅したが やっぱりもごもごと文句。 これは 致し方ない。 不出来な弟のため 黙って承った。
自分の兄弟ながらあきれる事だらけなのだ。 苛立つ時期もあった。 だから いまだに許せなくなる夫の気持ちは判る。 ただ ずっと介護しているとそんなことにかまける気持ちの余裕がない。
夫は 私が 弟達に甘いと感じるようだ。 そこに拘ると決着がつかないので黙って話を聴き「すみません」と謝るしかないのだ。基本 母を引き取って経済支援をする夫は弟達より優しいことは 間違いないのだ。
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