母のタイムスリップ日記
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2009年07月05日(日) 掴まれた腕


 凄い力だった。
散歩の後 母の様子を見守りながら 居室で片づけをしていた。
ロッカーの中を片付け母のそばに行って話しかけ トイレ掃除しては母のそばに行く…そんな風に居室で過ごしていた。
今日の母は 感情失禁があるようで時折 涙ぐむ。
何処か調子が悪い所があるのかなと感じてはいたのだが…。
洗面台に行こうと立ち上がり母に背中を見せた途端 左腕をがっちり掴まれた。「私を置いていくな」という強い意志を感じた。
散歩後は日がそろそろと西に傾き始める頃である。
置いていかれる時を察知しているように思えるのだ。
こんな時は心の内側で「ごめん」と謝る。
でも 母に向かっては「大丈夫 まだいるからね」と話しかける。
嘘つきな私。

施設に着いた時「はなさぁ〜ん」と通り向こうから呼ぶ声が聴こえた。
この辺りで私の名前を呼ぶ人に心当たりはないので「気のせいかな」と思ったのだが…。声のしたほうを見てみるとご家族だった。
「あれ 今日は車椅子に乗ってお出かけできるくらい元気になられたのだ」と嬉しくなった。が 車椅子の人はふくよかで 本人ではなかった。
なかなかお散歩に行けない方を散歩に連れ出してあげていたのだった。
このご家族は昨夜から 施設に一泊なさった様子だ。
いろいろの試練がある。乗り越えるための道のりなんだろうなぁ。

昨日朝日新聞に 宮司と精神科医をつとめる方のお話が載っていた。
最後のほうにターミナルケアの事が記されていた。
関係者それぞれの死生観が異なっていても ケアする者が死に行く者の死生観を尊重する立場で関わるならば、両者のはざまに「生きた死生観」が立ち現れ より「豊かな死」がもたらせるかもしれないー。とあった。

頭の隅っこにふかぁく仕舞い込んだ。

母はホールに1人 ソファーで腰を90度に折って 頭をまっすぐ前に降ろして
深く寝入っていた。
幾度呼んでも目覚めなかった。暫くして目覚めて「ぐふふ」と笑顔を見せてくれた。立位介助したが長く座っていたのだろう腰がずっしり重たかったし安定に欠いた。肩を抱いて居室に入った。
「大」「小」排出。
その後 昼食誘導し食事介助。
野菜カレーとキャベツのミモザサラダ トマトの代わりに赤いミニゼリー。福神漬けとラッキョウ。ピーチの缶詰 卵スープ もう1つあったような気もするが…。
全量食べきった。1時間半に少し足りないくらい。
後半はラッキョウを丸ごと1個口に運んだ。暫くころころと口の中で転がしていた。冷たいゼリーを食べて貰ったり 柔らかな人参を食べて貰ったりして噛んでいるうちにラッキョウは咀嚼されて 食道へと下がっていった。

日曜恒例のNHKののど自慢。
この時間は 施設の審査委員長と共に見ている。
最近は ベットで寝たきりの方が 居室のテレビを観ながら審査員として参加する。男性なので 女性に甘い。
みんなで大笑いするので母もつられて笑っている。
共通のことで沸く笑いって 楽しい風景。

食後 「今日の訪問介護はありませんので 有料で対応します」と職員が言われた。つまり 外出OKということか。
いろいろの思いが残るが ありがたく母と私の有益な時間として使わせていただく。今日の散歩 良く踏ん張った。
結構スタスタと。ただ 後半はバランスを取るのが大変になったようだ。

「きょうね… ほにゃらら」きょうねの後が続かないのだ。
でもはっきりと 今日の事を話そうとした事だけは伝わってきた。
外出効果だなぁ。

「夕刻には 家に戻れると思う」と言って仕事に出かけた夫なので 急いで家路に着いた。至らぬ妻なのに 母の介護で更に夫を放置している。
早目に帰宅するってわかって 用事もない時は夕餉のかおりを立てて出迎えてあげたいものね。


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