母のタイムスリップ日記
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2009年04月14日(火) 慣れ親しんだ味


昼食前に着いたら 母は久々に目覚めていた。
荷物を置いて母の所に戻ったら 居眠りを始めそうな気配。

立位介助して トイレ誘導。
肩を抱いて安定を図って 腰を上げようとする母の自発の力を引き出しながら立位してもらう。
この時 椅子に浅く腰掛けなおして 母の身体を前に引くように起こすと母自身の力が誘発されるように思う。
床に着いた足を良く見てから 両手介助に切り替える。
安定しない時やこちらの体勢が整わない時は すぐ行動に移さないようにして双方の安定を探る。

そういった事を教えてくださったのは 療法士さん。
其のまま行っているわけではなく 母の力の入り具合に合わせながらである。

そこまで踏ん張っても 左傾斜が強い時は どうしてもこちらのバランスも欠きやすい。
左わきの下に肘まで腕を回して背中を支える。
そうすると 母の左傾斜が改善される事が多い。

母自身が 傾斜を直す事は難しい状況である。

食べる事も 歩く事も 大変な時期に差し掛かっている。
まだ 母に立ち上がる意志や歩行の意志があると感じている。
出来る限り意志は尊重してあげたい。

食事介助の時 私のお弁当に筑前煮の中にゴボウがあった。
かなり柔らかく煮たので母も食べられるだろうと思った。
でも一度目は 噛まなかった。
2度目の時 少し歯で噛めた。
「ゴボウのような黒い顔の〇ちゃん?」と聞くと首を横に振った。
「豆腐のような白い顔の〇ちゃん?」と聞くと頷いた。
ふふふ こちらの質問判っているんだわ♪
こんな風に 母の意思表示の返って来るのを頼りにしながら 母の意思を確かめている。

食事は 順調に進んだ。
少し 時間は掛かるのだがマイペースでゆったりと普通食で…。
今日は ふるさとの味。ウルイとニシンの煮びたしを持っていった。
ニシンはちょっと危ないので避けたが ウルイの煮びたしを食べた時の母は 嬉しそうだった。
一度だけなら偶然とも考えられるが 口に運ぶたびに嬉しそうな顔を見せてくれた。
味もまだ感じられていると伝わってきた。

歩行出来なくなって 直ぐに寝たきりになる訳ではないし 車椅子での生活にも活路はあるだろう。出来る限り起こしてあげる工夫を凝らせると思う。
食べる事もいずれ刻みになったり ミキサーになったりすると思う。
それだって 母の意思を見ながら…だろう。

母の言葉は確実に消えつつある。
でも たまたま居室を離れて戻った時「どこさ 行ってたの?」と母は言えた。母の言葉は 今日はこの一回だけ。
質問に言葉で答えることは難しくなっているけれど 自発の言葉は時折発せられる。ありがたいことである。

長い時間が残されている訳ではないだろう。
できる範囲で母の意思を汲み取りながら行くしかないのだよね。


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