母のタイムスリップ日記
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2009年04月02日(木) 安全第一で...


「認知症のみで 要介護4 93歳で 嚥下力を調べられる病院はあるでしょうか?」とお聞きしたつもりだったが「嚥下力を調べる」が一人歩きしてしまった。
その事に気がついていたが この先の事を考える上で何らかのヒントに出会えるかもしれないと思って 今日の通院となった。

あの時は 母も大変な状態で「何がおきているの?」という不安でいっぱいだった。

結局のところ 今は問題はないという事で落ち着いた。
認知症になれば 飲み込み方を忘れること歩く注意力がなくなり転倒も起きますという説明だった。

「検査は 指示通りの動きが出来る事が条件になります」という説明も最もな話。
入れ歯も 噛みあわせを見られないとぴったりの入れ歯を作ることは難しいのと一緒である。
「噛んで下さい」といわれて噛めない人は 難しい。

気長に取り組んでくれる医師があれば出来る事だろう。

つまりは 認知症後期になると介護者が様子を見ながら対処して支えるという事になるのだろう。

通院のため 早目に施設を出た。
昼食は 近くのファミレスで摂った。
春休みで 子供連れが多く 賑やかだった。
最初は緊張していた母が 子供の声や動き回る姿に笑顔を取り戻した。2時間近くゆっくりとすごしたが ずっと笑顔だった。
夫が行きの道は 連れて行ってくれるというので 甘えさせて貰った。
夫の車が着いた時「ほら」と車の中の夫の事に気がついたようだ。

病院で診察を受けて 帰り道 電車で戻ることにした。
タクシーを呼んで駅まで向かって トイレ誘導して...。
そうそう 今日はファミレスと病院と駅とで勢いのある「小」が間に合った。施設を出る前にも「大」「小」ともしっかりタイミングがあった。
ついでにいうなら 施設に戻ってもタイミングがばっちりだった。

さて 駅でエレベーターを使ってホームに下りた。
ここまでは 順調だった。
が 電車が入ってきた時 車体とホームの段差が 通常使う駅段差が倍以上あって 母はその段差に躊躇した。
丁度通り掛かった 職員にお願いして介助して戴いた。
その時に 助けに来てくれた方がいた。
無事乗車できた事を見届けて 離れた場所に移動なさった。
ちょっと若めのお兄ちゃんだった。

降車する時 人がみんな降りてからゆっくりと降りようとしたら さっきのお兄ちゃんが 何処からかスッと現れて「お手伝いします」と。
この見守りに頭が下がる思い。

今時 こういう青年もいるのだなぁ〜。
ひょっとして施設の職員かなぁ〜。
エレベーターの場所まで教えてくれた。
勿論 勝手知ったる場所で判っていたけれど「ありがとうございました」とお礼を伝えた。

こうして無事改札を出て 両手引きでとことこ歩き出して 空いているすし屋さんに入った。
「夕食を食べてから戻ります」と施設には伝えてある。

昼・夕の食事を外で摂る事で 追い込まれずにゆったりとした時間をすごすことができた。
やはり 時間の制約を感じながらの食事は 味気ないものだとつくづく感じる。

一時間ほど掛けて 食事をしてお店を出て タクシー乗り場まで歩いた。母も大分疲れたみたいだった。
それでも お腹も満たされて落ち着いて車に乗れた。

施設に戻って 着替えをして口腔ケアを済ませて 投薬。
後は 職員にお任せして 施設を後にした。

外出時間は 先日より長いが 先日のような酷い疲れはなかった。
お天気がよければ お花見もしたいところだったが 北風が強いので諦めた。

そうだ。前回と今回の大きな違いは 私のバック。
前回は トートバックだったが 今日はリュックにしたのだった。
背中に自分の荷物。肩に母用のショルダー。
これも良かったのだろうと思う。
母と一緒の時には しゃれてなんていられない。
安全第一で ちょっぴり無理しなくちゃね♪


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