母のタイムスリップ日記
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2009年03月14日(土) 自立の1歩


 引越しの荷物を運び出す日の娘。
少し前から マンションの契約をしたり 家財をあれこれ探して運び込み始めていた。

自立の1歩なので 極力手伝わないようにと最初から意識していた。
勿論 娘も親の力を借りるという意識はなかったが…。

仕事で朝帰りが続き 可哀想かなとも思い始めたが 母の介護を抜く訳にも行かなくて とうとう何にもできなかった。

今朝もいつも通りに 母のところへ行こうとしたら「私も行く」と娘。
母は ソファーにすわり両膝の間に頭を挟むほどに前のめりになって眠っていた。
娘が声を掛けてもなかなか目覚めなかった。
それでも 顔を上げた時には ニコニコ笑顔を見せてくれた。
立ち上がりは 困難だったが 何とか立ち上がって居室に 歩いて移動した。
それからは パッチリ目を開けてニコニコ笑ってくれた。
笑顔がこんなに長続きしたのは 本当に久しぶり。

娘は 母の様子を次々にカメラで写していた。
娘が帰る時に 玄関まで送って行った。
しきりに手を振る娘にだんだん下唇を突き出して不安そうな表情となり しまいには涙を浮かべていた。
ふと 母が元気な頃に私たちが帰省して 帰る段になるといつも涙を零していたなぁと思い出した。
今でも 別れは辛いと感じているのだなと思った。
それだから 私もいつも母に「帰る」といえないのだけれど…。

施設では その後昼食が始まった。
今日も良いペースで食べられた。
食事の時間 いつも居眠りが始まるのは気温の影響はないかと気になっていた。だから 今日は ちょこっと窓を開けて気温を調節してみた。みんなが寒いと感じない程度の調整。
それが影響したのか たまたま良かったのか 60分足らずで食べ終えた。
口腔ケアをして 水分を更に摂取し トイレ誘導して 室内歩行。

今週は 水木金土と母に接する人が多かった。
それが 母の状態が改善されたのだろうと思う。
人に拠っては そこまでしなくとも…と思うのだろうけれど 接し方で改善できるなら やはり寄り添っていたい。
思い込みと思われる方もいるのかもしれないのだけれど…。

落ち着いているので そうっと施設を後にした。

家で娘と遅い昼食を摂った。
二人で「眠いね」と。
娘は「少し寝たら」といい残して 作業を始めた。

「手伝うよ」といったら「大丈夫」というので ちょこっとお昼寝。
昨日からカタカタと身体に震えを覚えていた。
「寒さ?」と思っていたが 布団に入って眠ったら震えが消えた。
疲労の信号が身体から発信されていたことは自覚していたが 震えもその一つだったのかな?

夕刻 娘の友人が大きなワゴン車で見えて 荷物を詰め込む。
テレビや鏡等の梱包 テーブルの持ち出し等を手伝って 6時ごろ送り出した。

ちょこっと息抜きに お便りの返事を書けないでいた友人に電話をした。電話の向こうから 新たに再スタートした職場で奮闘している元気な友人の声が聴こえた。
お互い 身体に無理は利かなくなっているけれど でも取り組んでいる事で喜びを見出せることは幸せだよねと言う話になった。
取り組んでいる事は違うけれど 困難の中で覚える幸せ感は格別だと…。


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