母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
NPO法人の事業所の方が母の訪問介護の契約に見えるので早目に母の所に向かった。
今月は 利用者さん訪問が2回入っていて それを外すわけには行かない。 母が家にいた頃からずっと活動しており この活動が自分にとって気分転換になっており 更に学ばせて戴いている貴重な機会だと感じてきているからである。 母の食事介助をその事業所の方にお願いするのだ。
紹介されて 私には記憶がなかったが 仲間から情報を得て私も1度お会いした事があるとかすかに思い出した。
お会いした時 そのことを告げたら 記憶に残っていない様子だった。 もう20年前のことであるから無理もない。
施設に着くと母は車椅子に座ってテーブルに着いて頭を垂れて居眠り。今日は 立ち上がり 歩行が困難だと報告を受けた。 直ぐ車椅子から立ち上がって貰って両手介助で居室に入った。 この行動は 職員にとって気分の良いものではないだろうなといつも思ってはいる。 でも 母との約束がある。 職員に同じようにしてくださいと言わないけれど 私には約束を守る義務があるので 許して貰うしかない。 悪意ではないと伝わっていればいいのだけれど…。 この辺が 職員と家族の微妙な立場の差。 職員と同じようにしたら 今度は私がやるせない気持ちになってしまうのだから…。
トイレ誘導後 左傾斜が強いので 肩を抱いて右側にゆっくり延ばしてみた。「痛い!」と母は半泣き。 今がチャンスと思って 母にゆっくり話した。 左側に傾いているので このままにするとだんだん左側を動かし難くなってくること。今 少し痛いけれど 頑張れば少し改善できると思うこと。出来る限り歩きたいなら 痛みを少し我慢して見ないか? 話している間 じっと私を見つめて聞き入り 静かに頷いた。 了解を得たと感じた。 それから幾度か右側を伸ばして見たが 「痛い」とは言わなくなったので受け止めてくれたのだと思う。
訪問があるまで多少の時間があったので 外履きに履き替えて外出してみた。 車椅子から立ち上がる時には 立ち上がりも歩行も不安定だった。 でも外に出る頃には 母が私の両腕に掴まるだけで歩行できた。 ただ 今日は風が強く「寒い」といったので 少し歩いて引き返した。 気がつけば 母はしたズボンを着用していなかったのだ。 「これじゃ 寒いよね」と謝った。
程なく 事業所の方が見えて説明を受けて契約した。 ホールでは 昼食が始まったのでホールに移動した。 そこから 食事の様子を見ていただく。 今日は うどん。 何だか いつもより量も多くてちょっとびっくり。 少ないと感じる時もあるのだけれど…。 これを60分で食べられるかと心配になったが ほぼ全量を食べることができた。 途中 事業所の方と話し始めたら 母居眠りしそうになった。 食介のリズムって大事なんだとつくずく感じた。 話しかけ 確認は 母にとって必須だ。
その後 事業所の方は 歌を唄ってくださった。 そのうちに母は 確実に手でリズムを取るようになった。 笑顔は見えないけれど 確実に快の動作が出来た。
居室に移動して 口腔ケアとトイレ誘導をしたがその様子も見てくださった。 更に居室でも歌ってくださり 母は信頼しきった表情をしていた。 でも この方が訪問くださるわけではないのだが…。 個別にびっしりつけば ここまで改善できるのだな。 お正月家ですごした時もそうだった。
事業所の方が帰られて 施設のトイレ誘導の介助。 残りの時間でボール遊びをしてくださった。 母が声を立てて笑っていた。
その後 私も一時的に家に戻った。 夫が会議で着替えをして出かけるといっていたので仕方がない。 洋服はアイロンを掛けてつるしてきたのだが…。 気温次第で選ぶようにして置いたのだが…。 家に あと一息と言うところで夫の車が角を曲がっていくのが見えた。 夫を自立させてないのは 私なんだなぁ〜とつくずく感じた。
洗濯物を取り込んで夕食の支度を途中まで。 夕食介助のため施設へ。 夕食が始まっていた。 職員とバトンタッチして 夕食介助。 母はしっかり覚醒しており 食事も軽快。 55分ほどで食事が済んだ。 その後 水分補給。
口腔ケアを済ませて トイレ誘導しホールの椅子に座ってもらう。 興味が他に移ったのをみてそうっと施設を後にした。
今日の収穫は 母の意思確認が出来た事。 やはり 生活の質の維持は 母の意志なんだ。 それを出来る範囲で支えるのが私の役目なんだろう。 多少の気まずさは 仕方ないんだなぁ。
|