母のタイムスリップ日記
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| 2009年01月10日(土) |
在宅10日間のあれこれ その1 |
昨夜 布団に入って直ぐに寝息を立てて深い眠りに入った母。 確しかめてみた事もないのだが スムースに眠れると目覚めも良いのだろうか? 6時少し前に目覚めてトイレ誘導し 再度眠った母だが 7時過ぎには覚醒していた。スキッとした表情だった。 7時半には トイレ誘導し起床してもらった。 今朝も冷え込みはきついが 元気いっぱいの母。
熱いタオルで顔を拭いて 朝茶を飲んで貰って入れ歯を装着。 夫用にと ゆで卵を半分にカットしてお皿に載せてテーブルに置いた。 他の準備をしてテーブルに戻った時 ゆで卵の皿が母のそばに引き寄せられた。 「ははぁ〜ん」と思って またキッチンに戻って作業をして戻ったら ゆで卵を手に持って食べ始めていた。 お腹が空いているということが判るし 自分で手を伸ばして口に運べると言う事は素晴らしいので更に様子を見ていた。
食事の支度が出来て テーブルに運び夫を呼んでテーブルに着く頃には ゆで卵1個を1人で食べ終えていた。
夫が 母の手が汚れていると言ったのでお手拭で綺麗に拭いたら 母が頭を下げた。 手で食べることが 行儀は良くないなんて母は考えないだろう。 元気な頃なら夫も私も「箸があるでしょ」と一言発しただろう。 でも 自力でたべることのない今 1人で食べたと言うことにえらく感心するのである。
それから 食事介助しながら朝食。 夫は ゆっくり目に仕事に出かけた。
母の食事は 続き投薬し水分補給して その後ゆったりタイム。 施設に戻す衣類を纏めたりしながら 洗濯機を廻した。
トイレ誘導し 大小排出。 そこに娘が起きてきて 施設まで送ってくれると言う。
昼ごはんに間に合うように施設に戻ると伝えてあった。 配膳が始まる時間に施設へと滑り込んだ。
多少の違和感はあるだろうけれど 顔見知りなじみの場所なので酷く落ち込む事もなかった。 少しの間 視線で私たちの姿を追っていた。 が昼食が始まり 職員に介助して頂き 多少興味が緩和された様子だった。
看護担当の職員に 家での様子や健康に纏わるお話を伝え そうっと施設を後にした。
今回の一時帰宅でのひやりハット。 一つは 転倒。 お散歩に出ようとして 玄関前の階段で転んだこと。 危険は十分承知しているので両手を介助していた。 が 母が玄関脇においてある自転車に触れて その手を離して貰おうとしている間に母が足を踏み出した。 私もバランスを崩して 母を支えきれなくなった。 危ないと察知していたので 自分の身体のバランスを取れるぎりぎりまで踏ん張り 最後の少しで力尽きてドシン。 「いたい!」と言う母の声に「しまった」と思った。 立ち上がって貰って 動きを確かめたが 歩行で痛む様子はなくホッとした。 けれど トイレ介助の時左腰の少し上のところに触れたら「痛い」というので打ち身はあった。 でも青くなるようなことはなくてホッとした。 通院も考えたが 通院しても痛み止めと湿布薬が処方されるとわかっていたので 家にあるもので対処した。 毎日変化を見ていたが 特別大きな変化もないので 安心した。
次は 錆びた釘で出来た傷。 傷自体はたいしたことはなかった。 実は浴室のすのこが古くなって釘が少し飛び出していた。 普段通過せずに済むところなので注意を払えば何とかなる場所。 ところが その日 入浴時拒否が多くて出る時にトタパタとし母は浴室内で腰をおろそうとした。 体が冷えたら...とおもい 強めに誘導し引きずる形となり 釘のある場所の方に足が行ってしまった。 踏んだ訳ではないのだが 少しすれてしまって出来た傷。
判っていることだから きちんとしておけばこういうことは起きないで済んだ事である。母には 悪い事をしたと思う。
もう一つは 夜間のトイレ誘導。 以前なら 起こすうちに目覚めてくれたので誘導の際には母の協力が得られた。 今回は 軽い眠りのように見えても 目が覚めきっていないと膝を立てると言う行為の協力が得られなくて身体を起こしても腰が立たない状態となってしまうことが2度ほどあった。 だから とんとんと軽く肩を叩いて母を呼んで目覚めなければ 立ち上がっての誘導は避けるようにした。
そのために 夜間8時過ぎの水分補給は中止。 日中に水分補給を多めにした。 母のトイレタイムで朝方に尿量が増えるようだったので朝には注意を払うように努めた。
お布団から起きる時に 母は膝を立てて立ち上がるための協力が出来るようになってきている。 これは 介護する者には 助かる。 自分で膝を立てない時には こちらで膝を曲げてあげるとよいみたいだった。
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