母のタイムスリップ日記
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2008年11月20日(木) 約束

母の元職場から 50周年の式典のしおりが送られてきた。
母の写真が仲間と共にあった。
母に見せて欲しいという配慮である。
写真は こちらにもあるものだが しおりに掲載されているところが重要かな?
さて 母はどんな反応を示すだろう。

女学校の3人組も 職場の3人組も残っているのは 年長者の母のみである。

病の発症は一番先。
他の方は 認知症以外の病。
認知症になると合併症で亡くなるといわれていたのだが…。

母の仲間で認知症発症の方がおいでだが 皆さん 母より後に発症して先に亡くなってしまった。

神経質で心配性の母が1番長生きできている。
私には それが不思議である。

根拠のない単なる勘だが 93歳というのが次の節目と考えている。
これを難なくクリアできたら また暫く共に過ごせそうな予感がある。

来年がその時。
機能低下が目に付くが どうか 生活の質が保たれて過せます様に…と願う日々である。
「歩けること」「食べること」というのが 守ってあげたい事の基本なのだ。
母のフロアでは 介助は全面的に必要だが…それが出来ているのは母一人。(普通食と限定すれば)
おそらく 母が通ったデイの初期の仲間の内でもいないだろう。

認知症になった母と約束した事は ぎりぎりまで歩けて食べられるように協力するからねと言うことだった。 
母の頑張りと周囲の協力があったからこそ 今日の日があるのだと思う。

脳出血 転倒骨折紆余曲折を経て「良くぞここまで…」と感じている。


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