母のタイムスリップ日記
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2008年09月16日(火) 判っていたんだね♪


先日 弟達は 母にふるさとの芋煮を食べさせたいと沢山の材料を運んできた。
たくさんな訳は みんなが集っているので その分も…ということだ。

当日は 施設側で準備もありキッチンはてんやわんやだろうから無理といったら 家で作って運ぶとも言ったのだが ご馳走もかなりある筈だから…とストップをかけた。

材料は 我が家の冷蔵庫に納めていた。
できれば 昨日 作りに出かけようとも思ったのだが 昨日は 1人になっている時間が長く 依頼されていることの準備に使いたいと思ったので取りやめた。

そんな訳で 今日 早目に出かけて職員の了解を得て キッチンで芋煮を作った。
とはいっても 昼食の準備でキッチンを使うだろうと思い 家で芋だけは火を通して 材料を切って運んだ。

大きなお鍋で無事芋煮を作った。
母のフロアの方と職員の皆さんで食べられるように…。

「はなさん 聞いている?敬老会の日の事?」と職員から聞かれた。
「昨日は 来てないので何も伺っていませんよ」と答えると…。
「あの日ね。ご家族が帰られたあと お母様 涙をぽろぽろ零されてわぁわぁ泣かれたの。あんなに泣かれたのは初めてで…」と話してくださり 話す職員の目が ウルウルしていた。

母は 弟達と言葉を交わしたけれど 殆ど意味の通じない話で 弟は「なに?」と聞きなおす程だった。
ただ 笑顔だけは 輝いていた。

それでも 私たちは 母がどの程度理解できているかは 判らなかった。でも やっぱり 母は判っていたのだ。
そして嬉しかったのだ。ついでに言うなら 一緒に帰りたかったのだろうと思う。

これまで 弟達は何回か来ているけれど 訪問回数は確実に増えて来ている。

初期から中期にかけては 弟が来ると「また何か 言ったのか?」と哀しそうな顔をする母だった。

こちらもある時期からは 弟のことは意識から外すように努め 母にはこちらのもやもやした思いは話さないようにしていた。

時を経て 母は 弟の心配事は 忘れたように思う。

今回の弟達は 朝から昼過ぎまで母のそばで過ごした。
これまで来た時と比べると 1番長いし 過去数回の面会時間を合計した分位いたはずである。
きっと ゆっくりと母の意識がタイムスリップして 血のつながりを思い出したのだと思う。

認知症と言う病は 記憶が繋がらないと言われるけれど こちらが思っている以上に理解しているような気がした。
ただ 言葉を発することはかなり難しそうだけれど…。
あるサプリメントを使ったら 認知症が改善されたとネットのあちこちで見かけるので気になっている。
そのサプリメントについては 認知症の著名な医師に教えてもらう事になっている。
それを受けて 使うかどうかを決めようと思っている。

言葉を発せないことが あまりに辛そうに思えるので 改善できるなら使うことも視野に入れておこうと思うから…。

さて そんなこんなで 今日は 母の食事介助とトイレ誘導をして終えた。
食事介助の時 母は箸で人参を挟んで口に運んでいた。
嬉しくて 思わず「自分で食べられるじゃないののよ…」と頭を撫でてしまった。

そうそう 入所者に 芋煮を作るお手伝いを一つだけ準備した。
それは こんにゃくちぎり。
こんにゃくちぎりは 母はもう出来なかった。
持たせると直ぐ口に運んでしまうのである。
ちぎりかけたものを渡したら 少し左右に引っ張っていたが「まかせる」みたいな言葉を発して 私に返してきた。
母以外の方は 手伝ってくれた。
一人の方は 丁寧に直線になるように手でちぎってくれた。
別の方は こちらの思いを受けて味のしみやすいようにちぎってくれてた。

時間が許すなら じっくりとみんなで芋煮を作りたかったのだけれど…。


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