母のタイムスリップ日記
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認知症発症って診断に至る数年前だろうと考えると 母の認知症暦はおそらく もう18.9年になるのだろう。 グレーゾーンも含めてということである。 MRI検査を受けてからだと17年くらいになるのかなぁ〜。 検査を受ける時は 父が闘病中であり 母の病を告知できなかった。
でも 母が父を心配して くどくど生活習慣に口を出すので 静かな父が時折母を怒った。 怒られると母は落ち込み この状態をみて 父に母の病を告知した。 父は 黙って聞いていた。聞いた後もコメントは何もなかった。
父は 限りなく優しかったが 病ゆえに母の言葉が耳障りになってきていたのだった。 母の病を告知後 父は母を怒らなくなった。 自分と母に残された時間を想像して 自分が先に行くだろう事を予測した形跡が後になって判った。
父に告知したことが良かったのかと 思う時がある。 自分の事を後回しにして 母のために踏ん張った。
父の最後の入院の時には 母は看病のため父のところに通った。 熱が上がると 水枕の氷が解ければ替えたし 額に当てるタオルをうるさいほどに替えていた。 それでも 父は 母の為すがままを黙って受け容れていた。
父と母の病について話したことはないが 父は 母を誰に託すべきかを考えていたようだった。 最後まで 母の事を思っていたのだった。 それは 見事と言うしかないほどの姿だった。
以前にも記したが 徒歩5分で行ける病院に 母の薬を取りに1時間以上をかけて 休みながら出かけていた。
今日 ふとそんな光景を思い出したのは お盆が近いと言う事もあるのかも知れない。
それにしても 認知症とわかってからこんなにも時間が経過するとは 予想していなかった。 あの当時 介護の本を読むと認知症になると他の病が併発するので 10年も生きないとあったのだ。
父の亡き後 母を呼び寄せての生活が始まって 認知症になって10年ほどの頃 母の元気ぶりにひょっとしたら90歳を越えるのでは…と予測した。 今年92歳となった母。 また少し病が進行したなぁと感じる。 でも 多くの高齢者は 足腰が弱って認知症がなくとも歩けない人がいる事を考えれば 認知症こそあれ 何とか歩けるのだから たいしたものだと感じる。 介護が始まった時に こんな日が来るなんて考えたこともなかったので ある意味で感動している。
これまでの時を共に歩んできて 母に寄り添う介護が出来たのかと問われれば 全く自信がない。 初期の頃は 特に「自分の生活も大事」と母にいろいろ干渉した。 今だって母の思いを想像し手探りで介護する日々だから 母にとって快適なのか…?
今日「認知症」をネットで検索すると凄い勢いでヒットした。 介護日記を記録し始めた頃 これほどはヒットしなかった。 介護保険だってなかったしなぁ〜。 地元に介護者の会だってなかった。
ネットで出会った介護者の方たちも介護卒業なさっている方が 大分増えた。
これから母と歩む道は 突然に命が絶たれない限り まだ 暫く続くだろう。 進行と共に介護は変遷するので 何処まで行っても ある意味で介護は初体験となる。 母の心を出来る限り読み取りながら 手探り介護は続くのだなぁ〜。
果たして 今の母「それでいいんだよ」と思ってくれているかな? 父の思いをバトンタッチできているのだろうか?
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