母のタイムスリップ日記
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リハビリの日である。 が 重なるように用事ができた。 介護仲間の相談。
お弁当を持って早目に母の所に出かけて トイレ誘導したり食事介助したり…。 椅子から立ち上がって歩いて貰おうとしたら 膝がカクン 足が思うように出なかった。立ち止まった儘 右足上げて 左足上げて…と向き合って動作を付けて話しかけた。 母は 右足も左足もちゃんと上げられた。 その後 ゆっくり歩くと傾きながらも 介助つきで歩けたのでホッとした。 まだ 足が痛むようだ。
いつもおいでの介護者が今日はお休みだった。 ご自身も体調管理の必要があるので 時に 休まれればいいのに…と思っていたので良かったと思う。
昼食が終わった頃 白内障を手術なさった入所者の方が家族と共に戻られた。 前回は 眼帯の後がくっきり残って痛々しかったが 今回は綺麗だった。 「良かったですね」と話しかけたら「はい ほんとに良かったです」と経緯を軽く話してくださった。 2泊3日の付き添いは 介護者もさぞかし苦しかっただろうと思う。 でも お疲れの筈だが 活き活きとした張りのある表情がとても不思議。 そして ご本人も笑顔に満ちている。
とても難しい方のなのだが…病院での2人3脚の日々が自信に繋がっているように感じた。
リハビリが始まり 母も静かにリハビリを受けていた。 そのときに携帯が鳴った。 介護仲間である。 ご高齢で耳が遠く こちらの話が届かなかった。 「静かなところに移動して 再度電話します」と言われたので 療法士さんと職員に後を託して 直ぐに移動。
介護に詳しい介護仲間に連絡して 先に行ってもらう。 移動中に 再度電話があり 何とか通じたが細かい話は聞きにくいだろうと思ったので 待っている場所を確認して電話を切った。
ようやくお会いできて 話し合う場所に移動し介護仲間と合流。 そこで じっくりとお話を伺う。 介護のお話と思ったのだが…最初の話は 終戦近い頃の体験談だった。 これには 聞く私たちには 戦争体験から何が引き出されるのだろうかとあれこれ想像した。 戦争体験のお話は その方の背負っている重い荷物だったのだ。 介護と同じくらい いやそれ以上にその方にとって 重たいものだったのだ。 留まる事を知らない位にその話は続いた。 でも 介護の話があるはずと思い 途中で「デイは何時までですか?」と切り出してみた。 時間に制約があることを感じてくださり 途中の話を端折りながら介護の話となった。
高齢者世帯なのだが どうもケアマネの対応がおかしかった。
介護についてのお話は あしたにします。
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