母のタイムスリップ日記
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2008年06月04日(水) おかしいなぁ

昨夜 9時半に眠って 12時前に最終トイレ誘導。
朝5時半までひと寝入りだった。
「おかちゃん」の声で トイレ誘導し半分間に合った。
それから再度眠り 7時30分には 起床してもらった。

4日目となると布団からの立位も協力的で 膝を立ててくれた。
こちらから 要求したわけではなく 母が自然に動いてくれた。

朝食を摂ってから 少し休息後 入浴。
入浴前にトイレに入ったら 座る直前に大。
これが 絶妙のタイミングだった。
母のサインを読み取った訳ではない。
ほんとに偶然の事で 驚いた。

排泄に関しては 家に戻っている間 少しづつ毎日出ていた。
今日は 普通量で柔らか気味だが 程よい感じがした。

終わったと思って 脱衣室に移動したら またトイレに逆戻り。
洋服を脱がせた後だったので 服を羽織らせて移動。
それから上だけ着衣し膝には大判のバスタオルをかけた。
寒い時期じゃなくて助かった。

暫く格闘して ようやく入浴。
浴槽に入る時 すこし拒否した。
浴槽に入って「こういうのじゃなかった」と怒った。
きっと「お風呂はいる?」と聞かれて 頷いたのが本意ではなかったと言いたかったのではないかなぁ〜。
ただ お湯に浸かったら 気分よさそうで「お風呂 気持ちいいね」と押し付けた質問をしたら頷いていた。
浴槽への出入りも 割合スムースだった。
湯上りに体を拭いていたら 私の腕を撫でてくれた。

急いで 髪にドライヤーをかけて乾かして 昼食準備。
実は 母は食事を摂ったが 私は家事に走り回って朝食抜き。
ついつい自分のことは後回しになってしまう。
毎日在宅介護している方が そういう具合だったら体を壊してしまうだろう。
期限があるからこそできることなのだと自覚している。

お昼は一緒に食事。
母には うなぎとお野菜と味噌汁である。
私は朝食の残りを 母のうなぎを目で食べた。

そうこうしている内に リハビリの時間が近くなったのでトイレ誘導。
ここでまた大で 時間が掛かった。
ピンポンとチャイムがなり 療法士さんには入っていただいて 少し待って貰った。

療法士さんが言うには 家だと体が柔らかいそうだ。
「おととい 昨日とずいぶん動き廻りましたから そのせいでしょうかね?」とお聞きしたら「それもあるでしょうね。緊張がないということもあると思います」と話されていた。
排泄も済んで お腹も満たされていたと言う事もあるだろう。

家では マグと血圧の薬だけは服用し 後はアロエベラとぬめりのある食品をとり
ラブレ等の乳酸菌を4日で2回のみ飲んだだけなので 腹痛も起きていない。
お腹のキュルキュルはなかった。

リハが済んだら 深く眠りに入った。
療法士さんが帰られ 暫くして目覚めた。
排泄のサインがあったので トイレ誘導。
ここで大小。

荷物を纏めながら 帰り支度をしてタクシーに乗り込み 施設に戻った。
母は黙りこくっていて 少し辛かった。
帰ることが判るのかと思ってしまう。
何処まで 判っているかは 母にしか判らない。

家での様子を職員に報告し 上がりかまちをかくんとならずに上がれたと話し「やはり歩いたのが功を奏したのでしょうかね?」と言ったら「たまたま 調子良かったのでしょう」と言われ ガクッとした。
自慢に聴こえて 嫌だったのかな?
少し言葉を慎まなければならないのだなと思った。

本音の部分では 家族の頑張りをちょっとだけでも認めてくれたら嬉しかったのになぁ〜。だって 一緒にバスに乗った事もないし 小さな段差でも凄く用心深くなってきていると言う事も バリアフリーの施設内では 見えてないと思うのだけれどなぁ〜。

ま 自分と母の間で確信が持てれば それでいいのだ。
今回の事で 母の様子がある程度把握できたので それでいいのだ。

パートさんが「お帰りなさい。お疲れ様」と双方に声を掛けて下さったから まっいいかぁ〜!

母がテレビに見入り始めたので そうっと施設を後にした。
帰路 買い物があり立ち寄った店で 以前 お隣だった方とばったり出会い 立ち話をした。
その後 一人になった時 これから母の所に向かうような錯覚に陥った。
妙な感覚だった。
家について「かたずけなきゃ」と思いながら「なぜ 母がいないのか」なんて思ったりしてまた 妙な感覚に陥った。
いずれも 程なく消えた感覚だけれど 始まっちゃったかな?


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