母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
| 2008年06月03日(火) |
「どっちにしたらいいか判らないねえ〜」だって! |
昨夜は零時半に最終トイレ誘導。 早朝 4時半に「おかちゃん」の呼ぶ声で 誘導した。 その後 6時に「おかちゃん」で誘導。
そこで 今日は起床して貰う事にした。
寒くないように椅子に腰掛けてもらって 母の傍を離れて 家事をした。 離れる時は「すぐ 戻るから待っててね」と言い残し 笑顔と頷きを得て離れるのだけれど…。数分後に戻ると 涙を浮かべている。 「あれ 泣いちゃったの?」と聞くと頷いて「判らなくなるの」と言うのだった。 勿論 記憶に残らない事は重々承知している訳で 言い訳をして離れるのは 母に対してでなく 自分に対して言っているのだなと感じたりした。
家に戻ると 不明な言葉も多いけれど 結構 単語で適切な言葉を発している。施設だと 介護者がずっと傍にいる訳ではないので 聞き取れないと言う事もあるので話さなく成ってしまうのかなぁ〜。
母の意味のわからない言葉に返事するようになって 母が自信をもって訳のわからない話をしているような気がする。 病の進行と言う事もあるのだろうけれど 落ち込んでいくよりも良いのじゃないかなとも感じる。
午後介護者の会があり 朝から土砂降りの雨で気持ちが萎えてしまい 今日は休んでしまおうかと考えた。 私の無理を通してしまうことも母にとって迷惑かも知れないし…。
が 娘が今日は少し遅く出勤すると言うので 母の分だけ急いで昼食を作り大急ぎで身支度を整え 娘の車に乗って出かけた。 昨日も書いたけれど 外出の足は いろいろ気遣いがあって悩むところである。
雨にぬれずに外出できてホッとする。 みんなが集うまでの間 母にゆっくり食事介助。 初参加の方が見えて 母の様子を見ながら「はなさんも お母様もお幸せです」と言われた。 昼は 水分も噎せることなく飲めた。
母は 比較的機嫌が良かった。 大勢の方に声を掛けていただき 笑顔を送って頂いたおかげである。 もう3泊目で 殆ど一人介助でヘルパーもデイもない状態なので エネルギーも減少気味だったのだが 元気にして貰えた。
今朝 夫が「あんな格好で歩かせたら本人は 苦しい筈だから車椅子を使うべきだ」と知り合いから言われたと話してくれた。 それも 微妙に疲れを増幅させた。 そういう言葉も 心の隅にしまっておく事は必要だと思う。 でもその場で聞いていた一人の方が 90歳も越えて歩かなくなったら あれよあれよと言う間に寝たきりになってしまい 命を失っていくと経験を話されていたそうだ。 確かに 歩くのが苦痛であれば 無理をさせることはストレスになるので 無理はいけないと思う。 適度の距離で判断して行かなければいけないだろう。 母の場合 歩く事が好きなので 酷い無理を強いているつもりはないのだけれど…。
会が済んで 残れる仲間と会食。 母も同行し 個室でお食事。 皆さん 介護している方なので 母の状態を理解してくださっていたので母も安心して笑顔で食べていた。 ただ 後半 少し噎せが出て 食べる事飲むことを嫌がった。 仲間は 気にせずにゆっくり食べさせてあげてといってくれたけれど そういう問題でもないので 無理をさせずに切り上げた。
お店を出て仲間とは別れて トイレ誘導してからタクシーに乗って帰宅。 家に戻って ご飯を出したら 結構食べて フルーツやらアロエベラも美味しいと言ってた。 お腹がいっぱいになったら「もういらない」といったので終了。 水分摂取は 母初体験 ほうじ茶にとろみ剤をいれてみて様子をみた。 母は 違和感がないようで安心して飲んでいた。 ほうじ茶だから 良かったのかもしれない。
「お風呂どうする?」 「入る?」「入りたくない?」と聞いてみるが 両方に頷く。 「どっちかなぁ〜」と聞いてみたら「どっちにしたらいいか判らないねえ〜」だって!
でも 昨日遅くまで起きており 朝は早い起床だったので 眠いだろうと想像できたので入浴は明日に廻す事にした。
昨日 大分歩いたので足の具合を見たが あまり影響がないみたい。 帰ってきてから 玄関の上がりかまちを両手介助を受けながら上がれた。 この段差 バスのステップどころの騒ぎではない。 痛みが消えている気配はないが 痛み止めは使わず過ぎている。
起床時の立ち上がりも 膝の屈伸をさせた後だと自然に膝を曲げて立位に協力体制をとってくれている。 「疲れたでしょ」は 寝ていなくとも言ってくれて…不思議体験をしている。
9時半には 布団に入った。 未だ起きているかなと思っていたが ものの数分で寝息を立てて眠り その後10分置きに様子をみたがぐっすり眠っている。
昨日は 良かれと思って塗った薄荷油で 興奮させてしまったのかもしれない。 今日は 緩やかな雰囲気で楽しかったのだろうか?
|